第25話「疑問」

 ヴェルナーの屋敷一階にある部屋に、カーキ色の軍服を着たレオナルトがいた。

 そこは、玄関から見て右側の廊下にある洋室。中は広々としており、ソファーやテーブル、そして絨毯といった家具らが整っている。

 レオナルトは部屋の中央に立ち、入り口を睨みつける。そこには、右目に黒い眼帯を付け、煌びやかな金色の長髪が靡く《なび》女—アインスがいた。

 レオナルトは彼女がただ者ではないと悟る。冷たい表情に鋭い眼光、そして全身から放たれる雰囲気が強者のものだと感じたからだ。

 アインスが抑揚のない声で問う。

「貴様は何者だ」

「革命軍アルバの一員だ」

 レオナルトが答えると、アインスの眼光に鋭さが増す。

「軍人の格好をしてまで、なぜこんなくだらないことを?」

「あいつに苦しめられる人が、二度と現れないようにするためだ」

「ヴェルナー様のことか?」

「ああ。そういう君は何者なんだ?」

「私はアインス。ゴドナの副将の一人だ」

「副将?」

 レオナルトは目を見開く。それから彼は、苦笑いを浮かべながら呟く。

「まさか、ニコラと同じ強さの人と対決するなんて」

 アインスの片眉がわずかに上がる。

「ニコラを知っているのか?」

「ああ」

「奴を殺したのは、貴様か?」

「僕じゃない」

「そうか」

 アインスは左腰に差している剣の柄を掴む。

「どちらにせよ、貴様を始末することに変わりはない」

 アインスはそう呟くと、刀を引き抜いた。そして、右脇構の態勢を取る。

--あれは確か、ユリコの祖国にある"ニホントウ"という剣。それに、あんな構えは見たことがない。

 レオナルトの緊張感が高まっていく。彼は膨れ上がっていく不安に抗うように、剣を握る両手に力を込めていく。そして、剣先を前に向けて、集中力を高めていく。

 両者はその場からじっとしたまま、攻撃の機会を窺う。室内が静寂に包み込まれていく中、先手を打ったのは、レオナルトだった。

 レオナルトは一気に距離を詰めると、アインスの左肩目掛けて剣を振り下ろした。それに対し、アインスは刀を振り上げ、レオナルトの剣を弾いた。

 刀が弾く音が響き渡る。アインスは刀を振り上げてすぐさま腰を捻り、両手を左腰に持っていく。そして、次の切り上げへと繋げた。

 レオナルトは後ろに半歩引いて、斬撃を躱す。そして、ガラ空きとなっているアインスの腹へ横薙ぎを放とうとする。しかし、彼の手はすぐに止まった。彼女の振り下ろしが目の前まで迫っていたからだ。

「くっ!」

 レオナルトは咄嗟に剣を胸の前に持っていって、鍔で防いだ。

「ぐぅ、おおお!!」

 レオナルトは声を張り上げながら、剣を押し返す。それにより、鍔迫り合いへと発展する。

 2人は剣を握る手に力を込め、押し返そうとする。レオナルトが険しい顔でいるのに対し、アインスは平然とした顔でいる。そんな彼女を見て、レオナルトは思わず口角を上げる。

「力強いね。まるで男と力比べしてるみたいだ」

「…」

 レオナルトが称賛するも、アインスはぴくりとも反応しない。

「もしかして、話すの得意じゃない?」

「最後の言葉にしては、つまらんな」

 アインスはそう返すと、後ろへ一歩下がった。下がったと共に、互いの剣が離れる。その瞬間、レオナルトはバランスを崩し、前のめりになる。彼は一歩前へ踏み出し、体勢を立て直す。その瞬間だった。

「終わりだ」

 アインスはそう告げると、レオナルトの右肩へ刀を振り下ろす。

--まずい!

 危機を悟ったレオナルトは、咄嗟に剣を振り上げた。

「はああ!!」

 レオナルトが声を張り上げた後、剣が弾かれる音が響く。剣を弾かれたアインスは、目を大きくする。そこへ、レオナルトが踏み込んで横薙ぎを放つ。

「っ!」

 アインスは咄嗟に後ろへと下がった。そして、レオナルトから距離を取ると、その場に立ち尽くす。

 アインスは目線を下げ、自分の腹を見る。すると、腹の真ん中ら辺が浅く切れていることに気づいた。

--完全に避け切れなかったか。思った以上にやるな。

「ねえ。一つ聞いてもいい?」

 レオナルトが剣を前に構えたまま尋ねる。アインスは目線を上げて、彼を見る。

「何だ」

「お前たち帝国軍と戦っていく中で、気になるようになったことがある」

「…」

「君は、どうして帝国軍の兵士をやっているんだ?」

「何?」

 アインスが怪訝な顔をする。

「平和を守るためか?なら、どうしてヴェルナーの護衛をする?」

「…」

「ヴェルナーがどういう奴か知ってるはずだ。女性たちに酷いことをして、何人も殺してる。そんなクズを、君はどうして護るんだ?」

 レオナルトの問いかけに、アインスは口を閉ざしたままでいる。

「兵士は、民の平和を守るために戦う人のはずだ。なのに、それを脅かす人を守ってどうなる?どんな悪事を行ってきても、国の重要人物なら許されるのか?俺はそんなの認めたくない!」

「…何が言いたい?」

 アインスが重たい口を開く。度重なる質問に嫌気が差し、彼女は眉根を寄せる。

「自分の行いに懐疑的だと答えればいいのか?残念だが、そんなものはない」

 アインスは虚な目で答える。レオナルトは衝撃を受けていると、彼女が続ける。

「だが、ヴェルナーがクズだと思う気持ちは同じだ」

「そう思うのならどうして!?」

「使命だからだ」

「何?」

「兵士は国の平和のために戦い、人を護るのが使命。初めから両親のいない私は、幼き頃からペンの代わりに剣を握り、訓練を行ってきた。兵士になることを強いられ、どんなに痛く、苦しくても耐えてきた。そうして兵士となった私は、望まれるがままに使命を全うするだけだ」

 アインスの答えに、レオナルトは顔を顰める。

「守る人がどんな奴でもか?」

「警護対象がどんな人物かなんてどうでもいい」

「…」

 レオナルトは口を閉ざし、顔を俯く。勢いを無くした彼を見て、アインスは鼻で笑う。

「悪人が説教なんて笑わせる。おしゃべりはお終いだ」

「…なんてかわいそうなんだ」

「何?」

 レオナルトの呟くに、アインスは片眉を上げる。

「どういう意味だ」

「君が都合のいい駒にしか見えなくて、かわいそうだと言ったんだ」

「…何?」

 アインスは眉根を寄せ、不快感を露わにする。彼女の顔が険しくなっていくも、レオナルトは構うことなく続ける。

「命令されたことに疑問を抱かず、ただ動くだけ。そうするように強いられたからか?護衛対象がクズだと思っているのに。国に動かされるだけの駒、そのものじゃないか」

「…黙れ」

 アインスが静かに告げる。彼女は怒りで歯を食いしばると、レオナルトを睨みつける。

「知ったような口を利くな」

アインスは右目の眼帯に触れる。それを取り外すと、橙色に光る右眼が露わになった。そして、彼女を纏う雰囲気が禍々しさを帯び始める。

 怒りを込めたオッドアイがレオナルトを睨みつける。彼女は刀を持つ右手を頭の高さまで上げ、水平に構える。剣先に左手を添え、左脚を前に出して腰を落とす。そして、息をゆっくりと吐くと、一気に駆け出した。

「っ!」

 敵の踏み込みに目を丸くするレオナルト。驚く彼に向かってアインスは、顔目掛けて左手を突き出した。

「くっ!」

 レオナルトは顔を逸らし、突きを躱す。しかし、反応に遅れたため、彼の右頬に切れ目ができた。

--なんて速さだ。さっきとは比べ物にならない。

 レオナルトは敵の速さに肝を冷やす。次の瞬間、アインスの横薙ぎが襲いかかる。彼は咄嗟に剣を顔の横に持っていき、鍔で受け止める。

「消えろ」

 アインスはそう告げると、刀を上げる。次の瞬間、彼女は刀を両手に持ち替えると力一杯振り下ろした。

 レオナルトは歯を食いしばりながら、剣で振り上げた。アインスの刀を辛うじて弾くも、彼の両手に痺れが生じる。しかし、今の彼に気にする余裕なんてなかった。アインスの無情な攻撃が止まらないからだ。

 剣が弾く音が一定の間隔を空けて響き渡る。アインスの怒涛の連撃に対し、レオナルトが剣で防ぎ続ける。

 アインスの刀を受けるたびに、剣を握る両手に痺れが生じてくる。防戦一方のレオナルトは、焦りを抱き始める。

--一撃が重い。このまま受け続けるのは無理だ。だったら、あれしかない!

 レオナルトは気持ちを落ち着かせるために、深呼吸をする。それから集中力を高めていくと、彼に変化が訪れた。

 両眼が茶色から黄色へと変わり、額に黒い六角形の雪華模様が浮かび上がった。すると、攻撃を繰り出し続けるアインスが反応を見せる。

「両眼の変化に、額の紋様。貴様は…」

「負けるわけにはいかない!」

「っ!」

 レオナルトは勢いを盛り返すように、剣を思いっきり振る。彼の変化に気を取られたアインスは、咄嗟に後ろへ飛んで躱した。

 アインスは距離を取って体勢を立て直すと、レオナルトに向き直る。すると、彼が口角を上げて呟く。

「驚いたか?特別なのは君だけじゃないんだ」

「…ああ、驚いたよ。だから、

「何?」

 レオナルトは首を傾げる。

「予定変更って、どういう意味だ」

「本来なら殺すつもりだったが、連れて帰る」

「連れて帰る?まさか、拷問にでもかけようって?」

「貴様は何も知らなくていい」

 アインスはそう告げると、剣先を前に向けて構える。その瞬間、レオナルトは場の空気が張り詰めていくのを感じる。

--ただの"'成異者ディファー"じゃない。この強さは、一体どこから…。

 レオナルトは固唾を飲む。アインスの動作を注意深く観察し、次に備える。

 アインスは刀を握る両手に力と共に、闘気を込めていく。そして、腰を落として一歩踏み出そうとする。その時だった。

「っ!」

 アインスが何かに気づき、目を見開く。左斜め前にある入り口へ向くなり、剣を振って何かを弾いた。

 レオナルトはアインスの足元を見る。そこには、小さな1本のナイフが落ちていた。

--ナイフ?一体、誰が?

 疑問に思ったレオナルトは、背後にある入り口に振り返る。すると、彼は驚きで目を見開き、その人物の名を呟く。

「ボリス?」

「レオ。無事か?」

「あ、ああ」

「それは良かった」

 ボリスは安堵の笑みを浮かべ、レオナルトに歩み寄る。青色の優しい目つきに、柔和な笑顔。レオナルトは彼を見るなり、強張った顔が緩む。

「ボリスこそ、大丈夫?」

「見て通りピンピンさ。心配してくれて、ありがとな。ところで、向こうのお嬢様はただ者じゃないね」

 ボリスは正面にいるアインスに目を向ける。すると、アインスが彼を睨みながら問う。

「貴様は何者だ」

「彼と同じ、アルバの一員だよ」

「そうか。なら、ここで始末する」

「うーん、困ったなぁ。まだ"成異者ディファー"がいたのかぁ。それに、お嬢と同い年ぐらいの女の子とは、やりづらいんだよなぁ」

 ボリスは眉を八の字に、頭を掻く。それに対し、アインスは目つきを鋭くする。

「私を女子おなごだと甘く見た男は、皆死んだ」

「そうかい。だったら、しょうがないね。レオ」

「何だ?」

 ボリスの呼びかけに、レオナルトは反応する。

「あの子は俺が引き受ける。お前は客間へ行け」

「えっ?」

「ヴェルナーを護るフェルナンドは強敵だ。エルザちゃんは強いけど、一人じゃ心細いだろ?」

「…そうだな」

「それじゃ、頼んだぜ」

「分かった」

 レオナルトが承諾すると、ボリスは優しい微笑みを向けた。

「ボリス」

「ん?」

「あの子の剣術には気をつけろ」

「忠告ありがとよ」

「また後で会おう!」

 レオナルトはそう告げると、その場を離れて行った。

 ボリスは腰元のマチェットナイフを抜き、戦闘態勢に入る。向かいにいるアインスもまた、刀を前に向けて構える。

「よくも邪魔をしてくれたな」

「そいつは悪かったね」

「ここで死ね」

 アインスはそう告げると、前へ大きく踏み出した。それと同時に、ボリスも踏み出して距離を詰めていく。そして、二人による対決が始まった。

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