第23話「役目」

 ヴェルナーの屋敷正門は、騒然としていた。悲鳴を上げながら、玄関から飛び出していく人々。彼らはヴェルナーの誕生日パーティーの参加者で、館内で火事が起きていると聞いて、一目散に逃げ出しているのだ。

 クラウスは玄関近くにある茂みから、参加者たちが逃げ出していく様を見ていた。そして、作戦が上手くいったのだと一安心する。

 参加者全員が出て行き、静寂が訪れる。それから程なくして、屋敷前の通りからカーキ色の軍服を着た兵士10人が駆けつけてきた。

 10人からなる小さな軍団は、正門で立ち止まる。軍団の中で一際目立つ男がいる。他の兵士より頭一つ抜けていて、丸太のように太い身体の筋骨隆々な大男。彼は右肩に乗っている両刃の斧を屋敷に向けると、背後にいる兵士らに告げる。

「いいか、てめぇら!!1人残らず叩き潰せ!!」

「おお!!」

 大男の掛け声に、兵士らは各々の武器を掲げて応じる。

 遠目で見ているクラウスは、軍団の武器を確かめる。士気を上げた大男の武器は、両刃の付いた大きな斧。そして、他の兵士たちはサーベル。

 兵団が屋敷へ入ろうとする。敵の武装と人数を確かめたクラウスは、気持ちを落ち着かせるために深呼吸をする。

--敵は全員で10人。ここで食い止めるのが、俺の役目。俺ならできる。

 気持ちを奮い立たせ、腰に提げた剣を引き抜く。そして、軍団の前に飛び出していった。

 目の前に突然現れた青年—クラウス。右手に剣を持つ彼を見て、兵団は素早く武器を構える。兵団が戦闘状態に入り、相手の出方を窺う。すると、大男がクラウスに尋ねる。

「おい、ガキ。お前は何者だ?」

「悪者を退治しにきたヒーローだが?」

 クラウスは仏頂面で返す。すると、大男は鼻で笑った。

「奇遇だな。俺も実は、悪人をやっつけるヒーローなんだよ」

「それはおかしいな。俺が本物だけど?」

「ほざいてろ。テメェは国を荒らすイかれた連中だろうが」

「御託はいいから、さっさと来いよ」

 クラウスは剣先を前に向け、右足を半歩前に出す。戦闘態勢に入った彼は、目つきを鋭くする。

 クラウスの前方に立ち並ぶ兵士たち。皆はサーベルを前に構えながら、彼へじりじりと迫っていく。そこへ、大男が声を張り上げる。

「てめぇら!!その生意気なガキをぶっ殺せぇ!!」

「おお!!」

 兵士全員が声を張り上げる。そして、一番前にいる兵士2人が駆け出して行った。

 迫り来る2人の兵士。クラウスは慌てることなく、敵の動きを注視する。

--斜め左に1人と斜め右に1人。左のやつの方が少し速い。なら…。

 クラウスは斜め左から迫る兵士に標準を定める。その兵士は距離を詰めていく最中、サーベルを持つ右手を突き出した。

 クラウスの胸元目掛けて放たれる突き。しかし、彼は身体を左へ半歩ずらして躱した。そして、身体を少し屈めてから、剣を斜め右下から振り上げた。

 クラウスの反撃は、兵士の腹を深く切り裂いた。その兵士は傷から大量の血を噴き出しながら、前のめりに倒れていった。

 1人目を倒したクラウスは、反対側にいる兵士を仕留めにかかる。その兵士は、頭上に上げた剣を振り下ろそうとする。しかし、振り下ろす寸前に、クラウスが放った横薙ぎの一撃を受ける。

 兵士の胸は深く切り裂かれ、唖然とした表情のまま倒れていく。そこへ、別の兵士がクラウスの背後から斬りかかろうとしていた。

 クラウスは素早く振り返る。そして、直前まで迫っていた凶刃を刀身で受け止める。剣を剣で止める受け止める音が、辺りに響き渡る。

「こんなんじゃ、俺は倒せねぇぞ」

「くっ…」

 兵士は悔しそうに歯を食いしばる。そして、クラウスとの鍔迫り合いに発展する。

 両者の睨み合いが続く。すると、別の兵士が剣を斜め上に構えながら、クラウスの背後へ迫って行く。

「死ねぇ!」

「させるかよ」

 クラウスは剣へ力を一気に込めていく。すると、目の前の相手が動揺し始める。

「な、なんだ!?この力は!?」

「おらぁ!!」

 クラウスの怒号と共に、兵士の剣が上へ弾かれた。剣を弾いてすぐさま、クラウスは半歩退がる。それにより、彼の背後へ迫った凶刃は空を裂いた。

 奇襲に失敗した兵士に、力負けした兵士。二人が呆然としている中、クラウスは口角を吊り上げる。そして、右へ大きく薙ぎ払った。

 その一撃は兵士2人の腹を深く切り裂いた。二人は目を見開き、腹から大量の血を吹き出しながら崩れ落ちていった。

 4人の兵士を斬り伏せたクラウス。彼は右肩に刀身を乗せると、残りの兵士らを睨みつける。

「さっさとかかってこいよ。格好がつかないぜ?」

「ぐぅ…」

 兵士らは苦い表情で呻くだけで、微動だにしない。

 敵の強さに圧倒され、意気消沈しかけている兵士たち。クラウスと彼らの間に、沈黙が流れる。両者共に出方を窺っていると、大男が前へ出てきた。

「何ビビったんだ、テメェら。調子に乗っていられるのも、ここまでだぜ。ガキが」

「はっ。やっと大将のお出ましか」

 クラウスは鼻を鳴らし、剣を再び前に構える。大男は斧を右肩に乗せながら、クラウスに告げる。

「俺は"大斧のヨーゼフ"。俺の前で軽口を叩けるのは、今のうちだけだぜ?」

「そうかよ」

「相変わらずムカつくガキだ。真っ二つにしてやる」

 ヨーゼフは眉間に皺を寄せる。そして、地面を蹴って前へ進む。

 剣を身構え、様子を伺うクラウス。ヨーゼフは間合いに達したところで、斧を両手で思いっきり振り下ろした。

 クラウスは後ろに跳んで躱す。ヨーゼフの斧は地面を大きく抉り、砂埃を撒き散らした。

 最初の一撃を躱されたヨーゼフ。しかし、彼には秘策があった。

--これくらいは簡単に避けられるだろうな。だが、こいつはどうかな?

「おらぁ!」

「ああ!?」

 クラウスは驚きで目を見開く。地面に刺さったままの斧が二つの片手斧へ分解したからだった。そして、右手に持つ分解した片手斧がクラウスの胸元を切り裂いた。

 後ろに下がったクラウスは、体勢を立て直す。裂かれた服の胸元から、赤い筋が浮かび上がっていく。彼は傷の痛みを気にすることなく、ヨーゼフを睨みつける。両手に片手斧を持つヨーゼフは、下卑た笑い声を発する。

「げははは!!さっきの驚いた顔、面白かったぜ!」

「ちっ」

 クラウスは顔を顰めながら、舌打ちをする。

「斧が二つに分かれるとは、予想外だったよ」

「だろうな。これは二つの斧に分解できる特注品でよ。俺に挑んだ奴らは皆、こいつに驚く。その時の表情がたまんねぇんだよなぁ!」

 ヨーゼフの笑い声が響き渡る。彼の下品な笑い声に、クラウスは気分を害される。しかし、彼は冷静さを保ちながら、ヨーゼフに告げる。

「だから何なんだ」

「あっ?」

 ヨーゼフの笑みが消え失せる。クラウスは彼の目を見て、はっきりと告げる。

「敵の不意を突けただけで、そんなに喜べるなんてよ。さてはお前、弱いだろ?」

「このクソガキが…」

 ヨーゼフの顔が紅潮していく。目を怒らせ、歯を食いしばりながら前へ進み出る。

 ヨーゼフは間合いまで詰めると、右手の斧を振り下ろした。クラウスは澄まし顔で、身体を左に捻って躱す。そこへ、今度は左手の斧が振り下ろされる。しかし、クラウスは斜め後ろに半歩引いて、躱してみせた。

 攻撃を軽々と躱されていく。敵の身軽さと反応の良さに、ヨーゼフは苛つきを募らせていく。そんな時、次の一手を思いつき、思わず口角を吊り上げる。

「これならどうだ!?」

 ヨーゼフは右足で地面を蹴り上げた。それにより、砂や小石がクラウスの顔面へ飛んで行った。

「くっ!」

 クラウスは咄嗟に左手で目を覆う。視界が遮られた彼に、二つの斧が振り下ろされそうになる。

「真っ二つになれぇ!」

 ヨーゼフは嬉々として表情で、両手の斧を振り下ろした。しかし、二つの斧は大きな音と共に、途中で止まった。クラウスが伏し目ながらも、頭上へ水平に構えた剣で受け止めたからだった。

 クラウスは両手で剣を支えたまま、ヨーゼフに告げる。

「テメェの考えることなんざ、読めるんだよ」

「バカな!」

 ヨーゼフは目を白黒させる。両手に力をさらに込めるも、クラウスの剣を押すことができない。

--こんな力、一体どこから?

「俺はな、普通の人間じゃねぇんだよ」

「何?」

「だからよ。お前みたいな身体がデカいだけの卑怯な奴には、負けるわけにはいかないんだよ」

 クラウスは顔をゆっくりと上げていく。彼の顔には変化が起きていた。元々青かった左眼が赤へと変色していたのだ。右眼は元々の青色で、左眼は赤色のオッドアイになった彼は、ヨーゼフを睨め《ね》上げる。ヨーゼフは目が合った途端、背筋に冷たいものが走った。

--何だ、こいつ。急に眼の色が変わりやがった…。それに、さっきよりも強くなってる気が…。

「終いにするぜ」

「なに!?」

 クラウスの言葉に、ヨーゼフは動揺する。動揺していると、両手の斧が徐々に押し上げられていくことに気づく。

--こんな力、一体どこから!?

 ヨーゼフは驚きながらも、歯を食いしばって対抗する。

「ぐぅおおお!!」

「おらぁ!!」

 クラウスは声を張り上げると同時に、一気に押し上げた。彼の渾身の力により、ヨーゼフの両手が上へ弾かれた。

 突如襲った圧倒的な力。ヨーゼフは唖然とし、身体を固まらせる。そこへ、クラウスは素早く袈裟斬りを放った。その一撃はヨーゼフの胸から脇腹まで大きく切り裂いた。

「かっ…」

 ヨーゼフの口から弱々しい声が漏れる。そして、切り傷から血飛沫を辺りに撒き散らしながら、前のめりに倒れていった。

 血の海に臥す《ふ》ヨーゼフ。側で見ていた兵士たちは呆然とし、彼の死体をただ見つめている。

 クラウスは左手を握りしめると、ぽつりと呟く。

「アルルみてぇに片手で防ぐのは、まだ無理か。まだまだだな」

 己の未熟さを痛感し、苦笑いを浮かべる。

 クラウスは気を取り直し、残りの兵士たちを睨み付ける。兵士たちはざわつき、顔を固まらせる。クラウスは剣先を彼らに向けて告げる。

「さあ、次はどいつだ?まとめてかかってきてもいいぜ?全員叩っ斬ってやるからよ」

「うう…」

 兵士たちは情けない声を漏らし、その場に固まる。すると、遠くから複数人の声が聞こえてきた。

「次の増援か。やってやんよ」

 クラウスは意気揚々とした気持ちで、口角を上げる。そして、剣を再び構えると、残りの兵士たちへ近づいていった。




 一方、ヴェルナーの屋敷玄関にて。ボリスは白煙が立ち込む館内にて、黒い軍服姿の男3人と対峙していた。

 不気味なほど容姿がそっくりな3人。彼らはニヒルな笑みを浮かべながら、ボリスを見つめている。ボリスは腰元のマチェットナイフを抜き、戦闘態勢へと入る。

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