第20話「出発」

 ヴェルナー・ヴァーグナー暗殺作戦会議から約3週間。晴れ渡る空の下、レオナルトはアジトの屋敷門にいた。

 暗殺決行まで3日と迫った今日。今回の作戦には、レオナルトの他にボリス、クラウス、エルザの3人が加わることになった。彼ら4人はそれぞれ、違う人物たちの見送りを受けている最中である。

 ボリスの正面に立つのは、ナタリーとアルフォンス。アルフォンスは落ち着いた顔をしている。しかし、対するナタリーは不安げな顔をしている。そんな彼女に、ボリスは優しく微笑みかける。

「お嬢。心配そうな顔しないでくださいよ」

「そんな顔してないわよ。何言ってるの」

「顔にはっきり出とるど」

 アルフォンスに指摘され、ナタリーは顔を赤くする。

 ボリスは何も言わず、彼女の頭を優しく撫で始める。すると、ナタリーがムッとした表情を浮かべる。

「主人の頭撫でないでちょうだい」

「失礼しました。こちらの方がいいかと思いまして」

 ボリスは彼女の頭から手を離す。しかし、ナタリーは離れていく彼の手を優しく掴み、上目遣いで呟く。

「…絶対帰ってきなさいよ」

「もちろんです。お嬢の命令は絶対ですから」

 ボリスがそう答えると、ナタリーは口角を上げた。

 2人のやりとりを見ていたアルフォンスは、ナタリーの頭を撫で始める。突然の出来事に、彼女は戸惑いの表情を浮かべる。

「ちょっ、アルルまで止めてよ」

「男2人に慰めてもらえるわれは、幸せな女や」

「…何よ、それ」

 ナタリーはそう呟くと、恥ずかしそうに顔を伏せた。そんな彼女の反応を見て、ボリスとアルフォンスはクスッと笑った。


 クラウスとエルザの前に立つのは、ユリコとノア。クラウスは、ユリコとノアに堂々と告げる。

「それじゃ、行ってくるぜ」

「クラウス。突っ走って死なないでよ。君は力強いけど、頭はそこまで良くないからさ」

「おい、ノア。見送る相手に言うセリフじゃねぇだろ」

 クラウスは目つきを鋭くする。鋭い目を向けられたノアは身体を震わせ、クラウスから目を逸らす。

 ノアは逸らした目をエルザに向けると、口角を上げて話しかける。

「エルザちゃんは大丈夫だと思うけど、どうか気をつけてね」

「うん。ありがとうね」

 エルザは小さく微笑みながら返す。

 ノアは、彼女の態度に違和感を覚える。無理して笑顔を取り繕っているように見えたからだ。

 そう感じたのは、彼だけでなくユリコもだった。彼女は、最近のエルザを心配していた。ヴェルナーの話が出た時から、あまり笑わなくなっていたからだ。

 エルザはきっと、ヴェルナーへの憎しみと任務への不安で心が押しつぶされそうになっている。そう感じているユリコは、彼女の目の前まで近づく。

 エルザは目の前のユリコに、戸惑いの表情を見せる。すると、ユリコは突然、エルザの両頬を掴んだ。そして、無理矢理引っ張って笑顔の形にする。

「ちょっ、いきなり何よ?」

 エルザは発音を乱しながらも、制止を呼びかける。そのままユリコの手を掴んで、引き剥がそうとしている時だった。

「あなたらしくないですよ」

「えっ?」

 突然の言葉に、エルザは手を止める。

「あなたがいつも通りでないことくらい、見れば分かります。私の仲間で、友人なんですから」

「ユリコ…」

「いつも明るく、心の底から笑うあなたが好きなんですよ。だから、いつも通りでいてください」

 ユリコは優しく微笑みながら、そう告げる。

 エルザは心が温まっていくのを感じる。そして、これまで団員たちに余計な心配をかけていたと思うと、申し訳なさを感じる。

 エルザは、ユリコの手をゆっくりと引き剥がす。そして、笑みを浮かべながら彼女に告げる。

「ありがとう、ユリコ。どうかしてたね、私」

「ええ。

「何それ。うけるー」

 エルザはケラケラと笑い始める。いつもの彼女らしい声音と話し方だと感じたユリコは、安堵する。彼女だけでなく、クラウスとノアも安堵し、笑みを浮かべる。

 ユリコの身体がクラウスに向く。

「クラウスも、どうか気をつけてくださいね」

「気遣いありがとよ。けど、俺は死なねぇからよ」

「それは頼もしいです」

 ユリコは満面の笑みを浮かべる。クラウスはドキッとしながらも、それを顔に出さないように努める。

 ノアとエルザは、クラウスを見ながら意味ありげな含み笑いを浮かべていた。

 

 レオナルトの前に立つのは、アデリーナとダヴィド。緊張と不安で顔が強張っているレオナルト。そんな彼に、ダヴィドは明るく話しかける。

「そんな辛気臭い顔すんなよ」

「そう言われても…」

 レオナルトは自信なさげに答える。

 今回の作戦では、ニコラより強い人物が現れる。全力で戦っても、ニコラには勝てなかった。その過去が自信の喪失と不安に繋がり、レオナルトの心を巣食っていた。

 自信なさげに俯くレオナルト。ダヴィドは小さくため息を吐くと、違う話を持ちかける。

「今日までずっと、アルフォンスと修行してたんだろ?あいつの修行は相当キツかったろ?」

「ええ。まあ」

「あいつ、褒めてたぜ」

「えっ?」

 レオナルトは少し驚くと、顔をゆっくりと上げる。

「『あいつはここまでようついてきた。大した男や』ってな。お前さんに直接言わなかったのは、調子に乗るだろうからってさ」

 ダヴィドは顔を左へ向ける。彼の視線の先には、ナタリーやボリスと話しているアルフォンスがいる。

 レオナルトはアルフォンスを遠目で見る。いつも厳しい彼が、自分をそんな風に思ってくれていたなんて。それが嬉しく感じ、口角が自然と上がっていく。そして、さっきまでの不安が緩和されていくのを感じる。

 固い表情が解れてきたレオナルトは、アデリーナに話しかける。

「アデリーナさん」

「なんだ」

「今回の作戦が終わったら、あなたが知っていることを話してくれませんか?」

「っ!」

 アデリーナは、驚きに目を見開く。

「知ってるんですよね。僕が何者なのかを」

「…ああ。だが、なぜ今になって」

「正直、怖かったんです。知りたいと思う反面、今の自分が消えちゃうんじゃないかって思うと。それに、思い出さなければよかったって、後悔するんじゃないかと思って…」

「それでも、今は知りたいんだな?」

「はい。アルバのみんなに、本当の自分を知ってもらいたいって思うようになったからです」

「…そうか、分かった。なら、絶対に生きて帰って来い」

「はい!」

 レオナルトは元気な声で応じる。しかし、アデリーナは少し寂しそうな笑みを浮かべている。

--本当の自分、か。


 レオナルトたち4人は、横一列に並ぶ。正面には、今回の任務に参加しない団員たちが並んでいる。真ん中に立つのはテオドールで、レオナルトたち一人一人に目を向けてから告げる。

「レオナルト。ボリス。クラウス。エルザ。君たちの健闘を祈る。頼んだぞ」

「「「「はい!!」」」」

 レオナルトたち4人の声が重なり、辺りに響き渡る。

 彼らは後ろに振り向く。そして、団員たちの声援を受けながら、帝都—グルトへと向かって行く。




 アジトを出発して、3日後の夜。帝都—グルトにて、アドラ帝国軍の軍服を身につけたレオナルトは、物陰からヴェルナーの屋敷を覗き見ていた。側にはクラウス、ボリス、エルザがいる。

 ヴェルナーの敷地は広大で、屋敷は高い壁に囲まれている。左右に隣接する建物はなく、家の前の通りを歩く通行人はいない。

 正門には2人の軍人。奥の正面玄関には2人の軍人が立っている。それを確認したボリスは、レオナルトたち3人を見る。

「改めて作戦の確認をする。いいな?」

 ボリスの確認に、3人は静かに頷く。

「まず、正門の4人をエルザが突破する。君の能力—"透過"を使ってね」

「私に任せあれ!」

 エルザは自信ありげな表情で頷く。

「その時、俺はこの家の屋上から奴の屋敷2階に侵入する」

 ボリスは、正面にある屋敷を見上げる。そこは2階建ての屋敷で、明かりが灯っていない。

 その屋敷の屋上を見上げながら、クラウスが呟く。

「ボリスには、うってつけだな」

「ああ。それで、エルザが正門の4人を突破した後、レオとクラウスがそこへ向かう。そして、壁の内側にいる護衛たちを片付ける」

「おう。任しとけ」

「うん。確か、屋敷の左右に2人。それから裏に2人だったよね?」

 レオナルトの問いに、ボリスは頷く。

「エルザが能力を使って見てきてくれたからな。ほんと助かるよ」

「いやぁ、それほどでも」

 エルザは恥ずかしそうに顔を赤くする。

「奴のパーティー会場は、1階の客間。2階から侵入した俺が玄関に向かって、レオとエルザを中に入れる。この時、エルザには"透過"を使ってもらう。クラウスには荷が重いかもしれないが、外で迎撃を頼む」

「何人来ても、返り討ちにしてやるぜ」

「頼もしいな。それで、俺はこいつらを使う」

 ボリスは右腰のウエストポーチを弄る《まさぐ》。中から出てきたのは、2つのハンドグレネード。彼はそれらを見つめながら、話を続ける。

「客間には、3つのドアがある。玄関の正面、玄関から左右に続く廊下に一つずつだ。この2つを左右の廊下に投げ、煙を発生させる。すると、ドアの隙間から客間に煙が入っていく。そうなれば、中にいる参加者はパニックになる。そこに、さらなる追い打ちをかける」

「兵士に扮した僕が玄関に真っ直ぐ出るドアを開けて、「火事だー!」って報せるんだよね?」

「そういうこと」

 レオナルトの問いに、ボリスは頷いてみせる。それから、ふっと口角を上げた。

「室内に入ってくる煙に、"火事"と報せを聞けば、会場にいる参加者たちは間違いなくパニックになる。そうなれば、煙が入ってこない扉から逃げ出そうとする。パニックってる参加者たちを落ち着かせるのは、護衛たちにとって難しいもんだ」

「そのどさくさに紛れて、透明になったエルザが客間に入る。そして、ヴェルナーを討つ」

「その通りだ、クラウス。全く、団長は嫌なこと考えるね」

 ボリスは思わず苦笑する。すると、クラウスが難しそうな表情で呟く。

「ヴェルナーの側には、フェルナンドがいるんだよな?」

「ああ。間違いなくいる。ヴェルナーを討つのは簡単じゃない。フェルナンドの相手は、俺とレオがすることになるだろうな」

「うん」

 レオナルトは力強く頷いた。彼の反応をみたボリスは、安堵したように優しく微笑む。

--頼もしくなったな、レオナルト。

 ボリスは、心の中でレオナルトを称賛する。それから、3人の目を見て告げる。

「ここまで確認したが、何かしらのアクシデントで思い通りに行かないことはある。だが、俺たちならできる。そうだろ?」

「もちろん!」

「あったりめぇーだ」

「うん。僕たちならできる」

 エルザ、クラウス、レオナルトは前向きな姿勢を見せる。それに安堵したボリスは、再び安堵の笑みを浮かべる。

「よし、それじゃ行くよ」

 ボリスの合図に、3人は静かに頷いてから屋敷に向き直る。そして、彼らの作戦が始まりを告げる。

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