第19話「奇怪な男」
灰色の雲が覆い、今にも雨が降ってきそうな空。曇り空の日中のこと、レオナルトはクラウスと共に、帝都—グルトへやってきていた。
レオナルトはクラウスの後ろを歩きながら、街中を見渡していく。
彼らが歩いている大通りは石畳で舗装され、ゴミ一つない。左右には、家屋や商店が所狭しと並んでおり、多くの人が行き交っている。
正面の遠くに、一際大きな建物が見える。ここから小さく見える、その建物は帝王が住む城。街中で1番大きいため、かなり目立っている。
遠くの城を見つめていると、レオナルトの表情が引き締まる。その城には、アルバの最終標的である現皇帝がいる。そう思うと緊張感が生じ、それが表情に現れたためだ。
理由はそれだけではない。通りの左右には、何人かの軍人が立っていて、監視されているように感じる。
カーキ色の軍服を着た男たちの左肩には、自動小銃が掛けられている。彼らは硬い表情で、不審人物がいないか見逃さないように、左右を見渡している。
これまでやってきた街よりも、警戒が強いのが見て取れる。ここが王の住む場所であるからだと考えると、納得がいく。
前を歩くクラウスが足を止める。そして、振り返ったと同時に、レオナルトへ告げる。
「着いたぞ。ここだ」
「ここ?団長が言ってた場所って」
レオナルトはクラウスの目を追って呟く。彼らの視線が向いているのは、右側にある5階建ての宿屋。レオナルトは、その宿屋を見上げながら尋ねる。
「本当に、ここなの?」
「ああ。この宿に情報屋"シャッテン"がいる」
「この宿に情報屋が…」
「アジトを出る前にも言ったが、とにかく不気味な男だ。気をつけろよ」
「う、うん」
レオナルトは戸惑いながらも頷く。そして、クラウスと共に宿屋へ入っていく。
受付を通り、レオナルトたちは5階の端にある部屋へ着く。
この部屋に目的の人物がいる。どんな人物なのだろうかと想像するだけで、レオナルトの緊張感が高まっていく。
クラウスがドアを2回ノックする。すると、内側からガチャッと解錠の音が聞こえた。彼はドアノブを下げ、ドアを前に押して開いた。
クラウスに続いて、レオナルトが入る。中に入った途端、彼の目に飛び込んできたのは異様な人物だった。
その人物の顔は、少し口角の上がった白いゴムマスクで覆われており、頭には黒いシルクハックが乗っている。ゴムマスクの双眸から覗く少し影のかかった茶色い瞳を見て、レオナルトは少し怖気付く。
格好は赤いネクタイを締めた白シャツに、グレーのスーツ姿。綺麗に磨かれた茶色の革靴から、それなりに裕福な人物だろうとレオナルトは感じる。
予想外の出立ちに、少し面を食らっているレオナルト。一方のクラウスは、平然とした顔のままである。
「久しぶりだな。シャッテン」
「クラウス。久しぶりじゃないか」
シャッテンから不気味な声が発せられる。普段とは違うふざけた声を出す感じに似ていると、レオナルトは思った。
「前に会った時よりも、身体が仕上がったんじゃないか?」
「無駄話をするつもりはねぇ」
「相変わらずつれないねぇ。君の努力が実ればいいけどねぇ」
「うるせぇよ」
クラウスは苛立たしげに答える。しかし、シャッテンの態度は変わらず、飄々としている。
シャッテンの視線がレオナルトに向けられる。
「さっきから気になってるんだけど、その子は新しい子かい?」
「はい。最近入りました」
目が合ったレオナルトは、緊張しながら答える。すると、興味を示したシャッテンが一歩近づく。
「可愛らしいねぇ。名前は?」
「レオナルトです」
「レオナルト君ねぇ。すでに聞いてると思うけどぉ、私は情報屋"シャッテン"。本名じゃないよ。普段はこんな顔だけど、変装のプロなんだよ」
「そうなんですね」
「私の後ろにあるテーブル。そこに何かあるでしょう?」
そう言われ、レオナルトはシャッテンの背後を見る。そこには、椅子付きのローテーブルがあり、足元には黒いカバンが置かれている。
「そこに、いろんな顔のマスクが入ってるんだ。人には見せられないけど。それに、このマスクの下もねぇ」
「そ、そうなんですね」
「とにかくよろしくねぇ」
「よ、よろしくお願いします」
「ああ。目が綺麗だねぇ」
「はい?」
「まだ闇に染まっていない目。くり抜いて拝めたいねぇ」
シャッテンはそう言うと、顔をレオナルトの目の前まで近づける。ゴムマスクの目から覗く双眸が不気味に感じ、レオナルトは顔を引き攣らせる。
会話のやり取りを聞いていたクラウスが割って入る。
「そいつのことはいいから、さっさと本題に入るぞ」
「はいはい。相変わらずせっかちだねぇ、君は」
シャッテンは愉快そうに呟くと、後ろに振り返る。その先のテーブルにある椅子に腰掛けると、レオナルトたちに手招きをする。彼らは招かれるように、彼の側まで近づいていく。
シャッテンは椅子に深く腰掛けながら、話し始める。
「今回は大物だねぇ。国の大臣であるヴェルナー・ヴァーグナーを暗殺しようとは」
「こいつは、すぐさま消さないといけねぇからな」
「おお、怖い怖い。私も気を付けないとねぇ」
シャッテンはクラウスを見ながら、わざとらしく身体を震わせる。
話題に上がった人物は、アルバの次なる標的。レオナルトは標的であるヴェルナーについて、ある程度知っていた。裏で奴隷売買を手がけ、地方の貧しい少年少女を連れ去って、富裕層に売り捌いている男だと。
売られた少年少女のほとんどは、買い手である富裕層によって悲惨な目に遭っている。ろくな食事や睡眠を与えられずに働かされたり、性欲の対象になっている。そして、加虐思考のある者によって暴行や拷問をされ、最悪命を落としたりしている。
ヴェルナーもまた、歪んだ考えの持ち主である。奴隷売買を手がける中で、気に入った少女を真っ先に買い取って、痛ぶっているのだ。
買った少女を名前ではなく番号で呼び、家政婦のように働かせる。何か粗相をすれば、"躾"と称して拷問したり、性欲の捌け口にしたりと好き勝手やっている。その結果、これまでに9人の犠牲者が出ているのだという。
その話を聞いた時、レオナルトは顔を顰めずにはいられなかった。その時の感情が蘇り、顔に出そうになる。しかし、彼はそれに堪えながら、シャッテンの話に集中する。
「約3週間後。ヴェルナーは帝都にある自宅で、自身の誕生日パーティーを開くみたいだよ」
「自分で自分の誕生日パーティを開くか。クズのくせに、気に入らねぇな」
「ひっひ。相変わらず口が悪いねぇ」
シャッテンは不気味な笑い声を上げて呟く。
「奴の護衛には、誰が付く?」
「それは、フェルナンド・ムルシアという"ゴドナ"の1人だねぇ」
「フェルナンド?誰だ、そいつは」
「恥ずかしいけど、私も全然分かってないんだよねぇ。今分かってるのは、ゴドナに七人いる大将の一人で、『魔槍』という異名を持っていることだねぇ」
「魔槍?それは一体どんな?」
レオナルトがすかさず尋ねる。
「
「すごい槍使いなんですね」
「まあ、そんな異名が付くくらいだからねぇ。君なら、あっという間に串刺しにされちゃうかもねぇ」
「串刺し…」
「そのまま炙れば、アルバの新人焼き。美味しいのかな?なんちゃって」
シャッテンの言葉に、レオナルトは顔を引き攣らせる。そして、口から乾いた笑い声が漏れる。
シャッテンに惑わされているレオナルト。クラウスは、そんな彼の様子を見て、ため息を吐く。
「凄腕の槍使いなのは分かった。それで、奴の異能は何なんだ」
「それが分からないところなんだよねぇ」
「分からない?どういうことだ?」
「異能を使っている姿を誰も見ていないからだねぇ」
「誰もいないだと?」
「うん。見た者がいないんだったら、どうしようもないよねぇ」
「そういうことか」
クラウスは眉間に皺を寄せて呟く。
「一つ気になることがある」
「何だい?」
「今回はなぜ、そのフェルナンド・ムルシアという奴なんだ?」
「ああ、それはねぇ。フェルナンドの父がヴェルナーと付き合いがあるからだよ」
「親父を通して知り合ったというわけか」
「そういうこと。それに、もう一つあるみたいだよ」
「何だ」
「部下であるニコラ・アルドルの仇を取りたいかららしいよ」
「っ!」
--ニコラが、フェルナンドの部下?
レオナルトは驚きで目を見開く。表情が変わったことに気づいたシャッテンは、レオナルトに目を向ける。
「もしかして、君が殺したのかい?」
「いや…」
「証拠を突きつけられた犯人みたいな顔をしてるけどぉ、本当ぉ?」
「そいつは戦ったが、殺したのは別の団員だ」
クラウスが割って入る。レオナルトは動揺しながら彼を見つめる。
「ふーん、そうなんだぁ。てことは、負けたのかい?それじゃあ、君はすぐに死ぬだろうねぇ。ニコラより、はるかに強いからねぇ」
「…っ!」
レオナルトは何も言えず、沈痛な顔を浮かべる。シャッテンに何も言い返せず、俯き始める。すると、クラウスがレオナルトの肩に手を置いた。そして、シャッテンを見ながら告げる。
「そんなことはねぇぞ」
「んん?」
「アルバに弱い奴なんていないからさ」
「大した自信だねぇ」
「クラウス…」
レオナルトは心が温まるのを感じる。顔をゆっくり上げると、クラウスと目が合う。そして、彼は優しく口角を上げた。彼の笑顔を見たレオナルトは安堵し、微笑み返した。
シャッテンは、テーブルの足元にあるカバンに目を向ける。中から茶封筒を取り出すと、クラウスに差し出した。
「これは奴の屋敷図だよぉ。報告は以上だねぇ」
「ああ、ありがとよ」
クラウスは茶封筒を受け取ると、礼を言った。そして、ドアへ向かおうとする。
「邪魔したな」
「また今度話そうねぇ。できれば、女の子連れてきてほしいな」
「…聞いてみるよ」
--全員断るに決まってる。お前のこと嫌ってるからな。
クラウスは本音を心に押し留める。そして、レオナルトと共に部屋を出て行った。
帝都に行ってから3日後。大雨が降っている夜中、レオナルトはヴェルナー暗殺の会議に参加していた。
場所は、アルバのアジトである屋敷1階の客間。赤いテーブルクロスが敷かれている長テーブルにある11個の席は、全て埋まっている。
入り口から見て左側には、レオナルトと4人の女性。入り口の手前からレオナルト、エルザ、ナタリー、ユリコ、アデリーナの順となっている。
向かいの右側には、5人の男性。手前からノア、クラウス、ボリス、アルフォンス、ダヴィドの順となっている。
団長であるテオドールは、アデリーナとダヴィドの間にある短辺に座っている。
団員たちの顔が険しい。それは、テオドールからヴェルナーの悪事を聞いたためであった。
テオドールが団員一人一人に目を配る。全員の反応を確認したところで口を開く。
「標的には、ゴドナに七人いる大将の一人、フェルナンド・ムルシアが就く。能力がまだ明らかになっていない分、強さは未知数で脅威だ」
「わしの後釜に入ったくらいやからな。恐ろしい異能でないことを祈るしかあらへんな」
アルフォンスは両手を組みながら、ため息混じりに呟く。
それを聞いたノアは眉を八の字にし、不安な顔を浮かべる。
「凄腕の槍遣いで、未知の能力?とんでもない相手じゃないか…」
「ああ。全くだ」
「…クラウスもそう思うの?」
--あれっ?いつもなら、「弱音吐いてんじゃねぇ」って噛み付いてくるのに。
クラウスの反応に、ノアは少し驚く。
室内が静まり返る。厳かな雰囲気に包まれる中、エルザが呟く。
「関係ないよ」
「えっ?」
ノアが反応する。エルザは俯くように、目の前の机を見ながら続ける。
「そいつがどんなに強い奴でも関係ない。ヴェルナーだけは、私が殺す」
そう語るエルザの目は、鋭く光っている。
何かに張り詰めているような表情。眉間に皺を寄せ、細められている目には怒りが籠っているように見える。普段の明るい彼女からは想像できない表情で、レオナルトは恐ろしく感じる。
テオドールはエルザと目が合う。彼女の強い意思を感じ取った彼は、静かに頷いて見せた。そして、団員たちに告げる。
「当日の作戦について話をしていくぞ。いいな?」
テオドールの確認に、団員全員が静かに頷く。そして、当日の作戦についての話し合いが始まった。
作戦会議の最中、レオナルトはずっと気がかりだった。エルザがヴェルナーに敵意を向ける理由とは、何なのかと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます