第1章 「Ⅳ:超越者」

第15話「修行」

 有力議員であるヤオジ・クセハラの討伐から3日。 

 アルバが拠点とする屋敷の中庭。空は晴れ渡り、雲から覗く太陽の日差しが中庭の草に反射する。

 その場に立つレオナルトは竹刀を握りしめ、中段の構えを取る。彼の正面に立つのは、同じ構えのアルフォンス。そして、両者の間にはクラウスが立っている。

 両者の真剣な表情と気迫が辺りを包み込む。

 クラウスが右腕を上げる。そして、左右の2人を交互に見やった後、口を開いた。

「始め!」

 右腕が振り下ろされ、開始の合図が鳴る。それと同時に、レオナルトは竹刀を頭上に上げ、突き進む。そして、アルフォンスの頭を目掛けて振り下ろす。

 アルフォンスは冷静に見ていた。攻撃がどこに向かっているのかを見てから、身体を左へずらして躱す。

 最初の一撃を躱された。そう認識したレオナルトは、すぐさま追撃を試みようとする。

--わしが左に避けたとなると、斜め上への切り上げといったとこか。

 アルフォンスは相手の動きを読んでいた。そして、彼の読み通り、レオナルトは斜め左上へ竹刀を振り上げた。彼は後ろへ半歩引いて、あっさりと躱した。

「振り上げ後が隙だらけや」

 アルフォンスはそう言い放つと、竹刀を頭上に上げる。そして、レオナルトの頭を目掛けて振り下ろす。

「くっ!」

 レオナルトは驚きながらも、瞬時に竹刀を頭の前に構えた。横一直線に構えられた刀身に、凄まじい力が加わってくる。その力は両手に振動を与え、身体を少しのけ反らせる。

 両者の鍔迫り合い。レオナルトは押し負けないように、全身に力を込めて踏ん張っている。

 一方のアルフォンスは、平然とした顔でいる。彼の余裕ある態度と力強さに、レオナルトは歯を食いしばる。

「防がなんだら、死んどったな」

「そうですね。だから、ここで押し負けるわけにはいかないんですよ、はああ!」

 レオナルトは声を張り上げ、さらに力を込めていく。しかし、アルフォンスを動かすには至らず、表情に変化も見られない。

--この人、どんだけ力強いんだよ!

「これがわれの全力か?ほったら。そやけど…」

 アルフォンスが剣から右手を離した。そして、レオナルトの両眼目掛けて目潰しを放ってきた。

「なっ!?」

 予想外の動きに、レオナルトは動揺する。しかし、咄嗟に顔を横にずらしたことで躱せた。だが、正面のアルフォンスから注意が逸れてしまった。

「目逸らしたな」

 アルフォンスの一言に、レオナルトはハッとさせられる。咄嗟に正面に向き直るも、すでに遅かった。

 パシン!

 竹刀の打つ音が響き渡る。アルフォンスの竹刀がレオナルトの額を強く打ち、意識を途切れさせる。

「がっ…」

--片手で防いでいる間に目潰しなんて…。

 完全に意表を突かれた。そう感じながらも、レオナルトはすぐさま意識を取り戻す。そして、その場に踏み止まると、左手で額を押さえる。

「いったぁ…」

「真剣やなかっただけええやろ。こんくらいで死ぬほど、やわとちゃうやろ」

 アルフォンスは竹刀を右肩に乗せながら呟く。

 頭に受けた衝撃がまだ残っている。レオナルトは身体をふらつかせながら、その場に尻餅をつく。その様子を見たアルフォンスは、呆れたように鼻で笑った。

「この程度じゃ、わしを倒すんはまだまだやな」

「くぅ…」

 レオナルトの口から情けない声が漏れる。

 傍で見ていたクラウスが近づいてくる。そして、レオナルトの前にしゃがみ込むと、肩に手を置いた。

「お疲れさん。どうだ?アルルの一撃は」

「打たれた時の衝撃がまだ残ってて、頭がくらくらするよ…」

「それで済んでるだけ、マシな方だ。本気だったら、お陀仏だぜ」

「うっ…。そういえば、僕の初任務で相手の頭を一撃で粉砕してたような…」

 レオナルトの口から、乾いた笑い声が漏れる。そして、今の自分では到底倒すことができない存在なのだと思い知らされた。

「でも、感心したぜ」

「どういうこと?」

「お前がアルルに修行つけてくれって頼むなんてよ」

「…この間の任務は、エルザがいたから達成できたんだ。彼女がいなかったら、僕は間違いなく死んでいた。もうそんなことがないように、強くなりたいんだよ」

「いいじゃねぇか」

 クラウスが肩を強く叩く。レオナルトが叩かれた痛みと衝撃に顔を顰めると、クラウスは口角を上げて言った。

「女に助けられたまんまじゃ、格好がつかねぇもんな」

「ああ。だから強くなるんだ」

「よかったやんけ、クラウス」

「アルル。どういう意味だよ」

 クラウスは振り返って、反応する。会話に入り込んできたアルフォンスは、しゃがんでいるクラウスを見下ろす。

「おんなじ目標を持つ仲間ができてや。早うユリコに振り向いてもらうためやさかいな?」

「なっ!ユリコは関係ないだろ!」

 クラウスは顔を真っ赤にして立ち上がる。そして、物言いたげにアルフォンスを睨みつける。しかし、アルフォンスは面白おかしく鼻で笑った。

「おもろい反応やな、相変わらず。おちょくりようがある」

「ぐぬぬ…」

--クラウスって、こんな反応するのか。何だか、可愛いな。

 仏頂面のクラウスが顔を赤くし、恥ずかしがっている。レオナルトは驚きつつも、ギャップ萌えのような魅力を感じていた。

「まあ、ユリコは強いからな。わしでも冷や汗が出るくらいやからな」

「えっ?ユリコってそんなに強いんですか」

 傍で聞いていたレオナルトは驚く。

「ああ。今のわれらよりはよっぽど強い。そやから、変に逆らわん方が身のためだぞ」

「確かに、そうですね。優しい口調ですけど、殺気のようなオーラは尋常ではないですからね…」

「ユリコの話はもういいんだよ。それより、一休みしようぜ」

 クラウスが割って入るなり、提案する。

「そうやな。しばし休憩にするか」

 アルフォンスは小さく頷くと、その場に座って胡座をかく。2人も後に続くように、その場で胡座をかき始める。


 休憩に入った途端、力が抜ける感覚に襲われる。レオナルトは疲れた身体と心を癒すように、深呼吸をする。そして、2人を交互に見遣ってから口を開く。

「実は、前々から2人に聞きたいことがあるんですけど」

「あ?何だよ」

 両手を後ろに置き、胡座をかいたままくつろいでいるクラウスが反応する。一方のアルフォンスは、胡座をかく両膝に手を置いたまま、レオナルトをじっと見ている。

「アルバのみんなは、"ミーミルの血"を受けた者たちなんですか?」

 口に出した途端、2人の表情が固まる。

 目を大きくしたまま黙っている2人。予想外の質問であったと思わせる反応に、レオナルトは少し不安になる。

--エルザとの任務で知ったんやろな。

 アルフォンスはそう考え、真顔に戻す。そして、レオナルトに答える。

「そや。われのいう通りや」

 レオナルトは驚き、目を見開く。驚くレオナルトをよそに、アルフォンスは話を続ける。

「ミーミルを知っとるとなると、"成異者ディファー"や"超越者エクシーダー"のこともすでに知っとるんやんな?」

「はい。ダヴィドさんから聞きました」

「そうか。さっき、全員がそうなのかて聞いたけど、そうとちゃうやつもおる。テオドールとナタリーや。ほて、いつからそうなったのか、どういった経緯かはおんなじとちゃう」

「どういうことですか?」

「ちょいと複雑やねや。クラウス、まずはわれらの方から説明してや」

 アルフォンスがクラウスへ目を向ける。クラウスは鼻息を大きく吐くと、口を開いた。

「俺がアルバに入ったのは、8年前。そん時は、まだガキでよ、兄貴も一緒だった」

「そんな前から活動していたのか…」

「ああ。その年にはユリコ、ノア、エルザが加わった。そして、団長から渡された赤い液体を飲み、力を手に入れたんだ」

「その液体がミーミルの血だったと?」

「ああ。その液体が何なのか、ダヴィドから聞かされた時は信じられなかった。だが、そん時の俺は強くなりたかったから、受け入れた。悔いはないさ」

 クラウスが顔の前に左手を翳す。そして、ゆっくりと手を握り込むと、まじまじと見つめる。

「…そんな背景があったんだね。でも、団長はどうして普通なんだろ」

「さあな。本人に聞けばいいじゃねえか」

「それもそうか。そしたら、ナタリーは?」

「あいつは4年前に、ボリスと共にやってきた。その時にはミーミルの血はもうなかったから、ナタリーは常人のまんまだ」

「クラウスたちで使い切ったってこと?」

「だろうな。だが、

「どういうこと?」

「それは、アルルに聞いた方が早い」

 クラウスの言葉を受け、レオナルトはアルフォンスに目を向ける。話を振られたアルフォンスが語り始める。

「わしは5年前。アドラ帝国の大臣であるアルフレートからもろた液体を飲んで、そうなった」

「…えっ?今、何て?」

「ああ、そうか。われはまだ知らんもんな。3""14

「ええっ!?」

 驚きのあまり、レオナルトの口から大きな声が出る。

「元ゴドナの2人が、どうしてここに…?」

「国のために戦うんが嫌になったからだ。ボリスは直接聞かんかい」

「は、はあ…」

--驚きの連続で、頭が追いつかない…。

 レオナルトの頭は混乱していた。これ以上の情報は脳の負荷になる、そう思いながらも話を聞く姿勢を保つ。せっかくの機会を逃さないために。

「ゴドナに入ってからは、苦悩の日々やったわい」

「苦悩の日々?」

「ああ。常人離れした力を手に入れてから、国に反旗を翻す者たちを殺し続けた。中には幼い子供がおったけど、わしは国のために容赦のう殺した。人のことなんか考えんと、自分中心の連中のためにな」

 アルフォンスがふっと口角を上げる。レオナルトにはその笑みが、自虐の意味がこもっているように見えた。

「『そんな連中のために、命をかけてまで戦う理由があるんけ?こいつらが豪遊しとる間に、何人の命が飢えで死んどるやろに』。そんなんを思い続けとるうちに、アルバに出会うた。それで、アルバに入ったちゅうわけや」

「そんな過去があったんですね」

 レオナルトは何度も小刻みに頷く。

 アルフォンスに備わっている強さ。それは国の最高戦力として戦い続けた過去があったからなのだと知れ、レオナルトには改めて心強い存在に思えた。

「残るはダヴィドさんとアデリーナさんですけど。彼らはどうなんですか」

「あの2人は自分のことを話したがらない。だから、未だに謎だ」

「そうなんだ」

 レオナルトは少し残念に思う。しかし、前々から気になっていたことを、少しは知ることができたのは良かったと感じる。

「あれ?」

 レオナルトは眉根を寄せる。すると、クラウスが首を傾げて尋ねる。

「どうした?」

「いや。アルフォンスさん」

「なんや?」

「さっき、アルフレートから液体をもらったと言いましたよね?」

「そうやが」

「だとしたら、どうやって手に入れたのかが気になりますね」

「なんやと?」

「ダヴィドさんから話を聞いた時は浮かばなかったんですが、ミーミルはまだ生きているんでしょうか?」

 レオナルトの呟きに、クラウスとアルフォンスは顔を見合わせる。困惑する2人をよそに、レオナルトが独り言を始める。

「生きているとしたら、帝国に協力してるってことなのか?それなら、何のために?それだと、団長はどうやって手に入れたんだろうか。…うーん、分からないなぁ」

「おーい、レオ」

「ん?何、クラウス」

「一人で何ぶつぶつ言ってんだ。気色悪りぃ」

「あ、ごめん」

 レオナルトは眉を八の字にし、2人に謝る。

「てか、お前も超越者エクシーダーなんだろ?」

「うん」

「だったら、何で異能が使えねぇんだ?」

「…僕にも分からないんだ」

 レオナルトは自信なさげに答える。

「何じゃ、そりゃ」

「全くだよ。どうやったら使えるようになるのかな」

 レオナルトは深々とため息を吐いた。

 超越者エクシーダーなのに、異能が使えない。それはレオナルトの頭から離れず、悩ませる問題であった。

--何かを思い出せば、使えるようになるのかな。

 これまでに何度も浮かんだ考え。根拠はないし、ただそう思っただけとしか言えないことに、もどかしさを感じる。

 レオナルトが考え事をしていると、アルフォンスが立ち上がった。そして、手を叩いて2人に告げる。

「休憩は終わりや。修行に戻るど」

「はいよ」

「はい」

 クラウスとレオナルトが立ち上がる。そして、アルフォンスに向き合う。

「レオナルト。今からクラウスと一緒に、筋力トレーニングをしてもらう」

「筋トレですか?」

「そや。今のわれに足らんには、筋力や。わしに片手で押されとったやろ?」

「うう…。そうですね」

「そやから、まずは腕立てからだ」

「何回ですか?」

「数だけこなしたらええのか?われは」

 アルフォンスの眉間に皺が寄る。彼の表情と物言いから怒りを感じたレオナルトは、慌てて訂正する。

「いや!そういう意味じゃなくてですね…」

「やったら、腕がちぎれるまでやらんかい」

「は、はい…」

--相変わらず怖いなぁ…。

 レオナルトは身体を小さく震わせながら、こくりと頷く。

「ほんなら、始めるど」

 アルフォンスの合図に、2人は頷く。そして、腕立ての準備を始める。

 こうしてレオナルトは、クラウスと共に修行を再開した。もっと強くなるために。

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