第7話「白黒の大男と高慢な女」

 真夜中の森の中、明かりを放つ屋敷。その屋敷を、3人の男女が木陰から見つめている。

「今回の標的が、あの屋敷に…」

 そう呟いた男は、レオナルト。団員としての初任務に、彼は緊張していた。

「そや。あそこにおる」

 返事をしたのは、もう1人の男。彫りの深い緑色の眼が屋敷を捉えている。

 彼の名前は、アルフォンス・ルルー。黒のローブに、黒の軍靴。そして、右手には光沢を放つ黒のフランジメイス。

 これまで見ると、黒一色の人物。しかし、そんな格好の中で目立つ特徴がある。それは、背中まで伸びた白髪で、艶があって美しい。

 白と黒。相反する色同士が混ざり合っており、特別な存在感を放っている。

「鉛玉をぶち込んでやるわ」

 そう意気込むのは、一人の女性。アルフォンスの後ろに立つ彼女の名前は、ナタリー。レオナルトと共に任務を命じられた団員である。

「改めて確認や。標的はこの男」

 アルフォンスが白黒の顔写真を懐から取り出す。レオナルトとナタリーは、その写真に注目する。

「コスム・クセハラ。有力議員のヤオジ・クセハラの一人息子や」

「ろくでもない面ね」

 ナタリーが顔を顰める。

 レオナルトは彼女が抱く印象に共感を示す。顔写真に映る人物は、彼にとっても良い印象ではないからだ。

 上に逆立つ金色の髪に、左目尻のピアス。目つきの悪さ、悪巧みを企むような笑みといい、特徴全てが犯罪組織の一員を彷彿とさせる。

「こいつは親の権威をつこて好き放題しとる。女性を別荘に連れ込み、性的暴行に及んどる」

「その別荘が、あれというわけですか」

 レオナルトが屋敷へ再び目を向ける。彼の視線を追ったアルフォンスが頷いてみせる。

「あらヤオジが建てた別荘。コスムはそこで犯行に及んどる」

「今夜も誰かが被害に?」

「可能性は高い。団長の話やと、2週間に1回の頻度でやっとるんやって」

「だったら、今すぐにでも」

「そうやな。そやけど、コスムには2人の護衛がおる。その内の1人があいつだ」

 3人が屋敷に注目する。屋敷の前に立つ1人の男。カーキ色の軍服を着ている角刈りの男の右手には、手斧が握られている。

「あいつはドミニク。アドラ帝国軍内で、"手斧のドミニク"と呼ばれとる」

「もう1人は中にいるってことね?」

「おそらくな。もう1人は、イーヴォ。すぐに銃をぶっ放すことから、"狂犬イーヴォ"ちゅう異名で呼ばれとる」

 アルフォンスの返事を受け、ナタリーが口角を吊り上げる。

「すぐ噛み付くワンちゃんには、お仕置きが必要ね」

「てか、なんで外にいないんですかね。トイレとか?」

「賄い?」

 レオナルトがアルフォンスに問い返す。

「そや。護衛として金を貰えると同時に、女を抱ける。奴らからしたら美味い話やから、"賄い"と呼ばれとる」

「そんな胸糞悪い…」

 レオナルトは嫌悪感に眉根を寄せる。一方のナタリーも、彼と同じ反応を示していた。

「作戦について話すど。ええな?」

 アルフォンスの確認に、レオナルトとナタリーが頷く。そして、作戦会議が始まる。

 それからしばらく経ち、作戦が決まった3人が立ち上がる。そして、実行へ移す。




 雲に半分覆われた月。そんな光景をぼーと眺める男の名前は、ドミニク。有力議員であるヤオジ・クセハラから息子の護衛を受けた彼は、ヤオジの屋敷で大きな欠伸をする。

 ドミニクは振り返り、別荘を見つめる。そして、口角を吊り上げる。

「俺の番はまだかなぁ。今日はどんなことをしようかなぁ!?」

 ドミニクの言葉が途切れる。彼の頭が、何者かの鈍器によって首元まで潰れたせいだった。

 グラグラと前後に揺れる身体。やがて前のめりに倒れると、首元から血の海が形成されていく。

 痙攣する全身。頭を失ってもなお、まだ生きていることを示しているような身体に、アルフォンスは冷たく言い放つ。

「われにはもう、今日はあらへん」

 その言葉を機に、身体の痙攣が止まった。

 アルフォンスの右手にあるメイスの先からは、ドミニクの血がたくさん滴る。そして、草を赤く染めていく。

「さすがね、アルル」

 そう称賛するのは、ナタリー。レオナルトと共に木陰から出てきた彼女は、屋敷のドアへ目を向ける。

「次は私の番ね」

「わしはここで増援が来んか見張っとる。ナタリー、レオナルト。仕留めてこい」

 レオナルトとナタリーが頷く。

 ナタリーが屋敷のドアに近づき、ドアノブをゆっくりと捻る。鍵がかかっているのでは。レオナルトがそう思うも、ドアノブは最後まですんなり回った。

「鍵かけないなんて、よっぽど信頼してたのね」

 ナタリーが背後の死体を見る。そして、小馬鹿にするように鼻で笑った。

「侵入が楽で助かるわ。ところで新入り君、足引っ張らないでね」

「はい…」

 ナタリーの鋭い目線にレオナルトは萎縮する。そして、これから先の未来が不安でしょうがなかった。




 暗い廊下に差し込む小さな光。リビングに通じるドアの隙間から漏れているその光は、レオナルトとナタリーを照らす。

 ナタリーがドアを静かに開ける。少しだけ開かれたドアの向こうでは、悍ましい光景が広がっていた。

 部屋の左奥にあるカーペット。その上には裸体の男女。男は、仰向けの少女の首を絞めながら腰を振っている。少女の顔は腫れており、頬にはあざがある。彼女は苦痛に顔を歪ませながら、首を絞める男の手を両手で掴んでいる。

「いいねぇ!その表情、たまんねぇな」

「がぁ…」

 少女の苦しむ声。そんな彼女を嘲笑するのは、今回の標的であるコスム。

 ナタリーは銃を握る手に力を込める。その時、彼女の耳に女のか細い声が届く。

「こ、殺さない…で。お願い…」

--このままだと彼女が…。

 ナタリーの感情が怒りと焦りで綯い交ぜになる。

「…あんたはここにいて」

「え?でも…」

 レオナルトは困惑する。しかし、そんな彼をよそに、ナタリーはドアを開いた。そして、凶行に及んでいるコスムに拳銃を向ける。 

「このクズが…」

 ナタリーは歯を食いしばりながら、引き金を引いた。

 1発の銃声が部屋に響き渡る。秒も経たないうちに、今度はコスムの悲鳴が響き渡る。

「あああ!!」

 左腕を押さえながら悶えるコスム。ナタリーが放った弾丸はコスムの左上腕部を貫き、白いカーペットを赤く染める。

「今度はあんたが苦しむ番よ」

「ちょっと、ナタリーさん!…っ!」

 レオナルトは気配を感じ、立ち止まる。殺気に似た嫌な気配は、リビングの右奥にあるトイレからだった。下着姿の男がナタリーの背中へ拳銃を向けている。

「ナタリーさん!」

 レオナルトは大声で呼びかけ、駆け寄る。

 レオナルトの呼びかけに、ナタリーは我に変える。そして、すぐさま振り返る。その時、1発の銃弾が部屋に響き渡った。

「ぐっ!」

 苦悶の声を上げたのは、レオナルト。ナタリーの前に立った彼は、右脇腹に銃撃を受けていた。

「新入り!」

 ナタリーがレオナルトに駆け寄る。そして、正面にあるトイレに立つ男へ引き金を引く。しかし、男はすぐさまトイレに身を隠した。

「ナタリーさん!こっちです」

 レオナルトはナタリーの肩を掴む。そして、すぐ側にあるソファーの裏に連れて行く。

「ナタリーさん。怪我は?」

「馬鹿じゃないの!?自分の心配しなさいよ!」

「大丈夫ですよ。これくらいなら…」

「撃たれたのよ!平気なわけな…、えっ?」

 ナタリーは目を瞬かせる。右脇腹に受けた傷口の血が、すでに止まっていたからだ。

「どういうわけか、治りが早いんですよ。弾が貫通して良かった」

 レオナルトは不幸中の幸いに胸を撫で下ろす。そんな彼の様子に、ナタリーは唖然とする。

「これって、ボリスと一緒じゃ…」

「おい!イーヴォ!!お前、何してたんだよ!!ああ!?」

 そう怒鳴り声を上げたのは、コスム。彼は、レオナルトたちが隠れているソファーの向かいにある別のソファーへ身を隠していた。2つのソファーの間にあるカーペットには、弱り果てた少女がいる。

「坊ちゃん、すいません。手洗ってた時に銃声が聞こえたもんでね。へへへ」

「すいませんで済むか、ぼけ!!さっさと、こいつら殺せ!!」

「はいはい」

--いちいちうるせぇんだよ。バカ息子が。

 イーヴォは顔に笑みを張り付かせたまま、心中で主を見下す。

 イーヴォが辺りを見渡す。彼から見て右奥には、レオナルトたちが隠れるソファー。向かいの左奥には、コスムが隠れるソファー。そして、2つのソファーの間にはカーペット。

 カーペットの上には、少女が横たわっている。そこで、イーヴォは悪魔的な発想に至る。

「大人しく出てこいよ!じゃなきゃ、その女が的になるぜ」

「外道が!」

 レオナルトは憤慨する。

「穴だらけの的にさせたくないだろ!?ははは!!」

 イーヴォの下卑た笑い声が響き渡る。

--くそ。一体、どうすれば…。

 ナタリーは焦りを抱き始める。そんな彼女に追い打ちをかけるように、イーヴォが言葉を重ねる。

「1分だ!それまでに出なかったら、まずは左脚に穴を開ける!60!59!」

「くそっ!」

 イーヴォのカウントダウンに、ナタリーは大きな舌打ちをする。

 ナタリーは左方面にあるカーペットへ目を向ける。その時、少女と目が合った。恐怖に顔を歪め、唇を震わせている少女は涙を流しながら訴えかける。

「死にたく、ない…」

「…くっ」

 ナタリーは歯を食いしばり、眉を八の字にする。

--一体、どうすれば。

 深刻な状況に、頭を悩ませるナタリー。打開策が浮かばず苦しむ彼女に、レオナルトが声をかける。

「ナタリーさん。俺に作戦があります」

「何よ」

「手短に話します。…」

 ナタリーはレオナルトの話に耳を傾ける。


 レオナルトの話が終わると、ナタリーが異を唱える。

「正気なの!?それじゃ、あんたが死ぬよ!」

「迷っている場合じゃない!」

 レオナルトの強い口調に、ナタリーは気圧される。

「大丈夫。俺は死にませんから」

 レオナルトはそう言うと、ソファーの裏から飛び出した。そして、反対にあるソファーに駆け出して行く。

「さーん!にー…、おっとぉ!」

 イーヴォが素早く反応し、標準をレオナルトへ変える。

「ひぃ!」

 コスムの悲鳴が上がる。ソファーの陰から様子を窺っていた彼は、尻餅を着きながら身体を震わせている。

 レオナルトは剣を抜き、コスムとの距離を詰めていく。一方のイーヴォは、タイミングを見計らっていた。

--攻撃した後の隙に、頭をぶち抜いてやるよ。坊ちゃんには悪いけどな。

「イーヴォ!!助けろぉ!!」

 コスムの強気な命令。しかし、イーヴォは無視して、時を計る。

 レオナルトは剣を振り上げ、袈裟斬りを繰り出そうとする。

 こいつを倒す。これ以上の犠牲者を出さないために。そう強く思った瞬間、レオナルトの両眼が茶色から黄色に変わる。そして、額に雪結晶のような紋様が浮かび上がる。

「うおおお!」

 レオナルトが声を振り絞りながら、剣を振り下ろす。迫り来る刃を前にして、コスムはただ泣き喚く。

「や、やめろぉ!!」

「くたばれ!」

 レオナルトの袈裟斬りが、コスムの身体を切り裂く。左肩から右脇腹までの深い斬り傷から大量の血を吹き出すと、コスムは呆気なく前に倒れ伏した。

--今だ!

「死ね!」

 イーヴォは口角を吊り上げると、引き金にかける指に力を込める。そして、部屋に1発の銃声が響き渡る。

 その銃声は、彼の銃からではなかった。ソファーの陰から覗いていたナタリーの銃から発せられ、銃弾はイーヴォの眉間を貫いていた。

「私のこと忘れないでくれる?」

 ナタリーが銃口を向けたまま呟く。

 眉間に穴が空いたイーヴォは、目を見開いたまま前のめりに倒れる。

 部屋に静寂が訪れる。レオナルトは振り返り、ナタリーと目を合わせる。

「お見事です。ナタリーさん」

「二度とごめんよ。こんな無謀な作戦」

「あはは。そうですね」

 レオナルトは苦笑いを浮かべる。そんな彼の両眼は茶色に戻り、額から紋様が消えていた。




 任務を終えたレオナルトたちは屋敷を離れ、森の中を歩いていた。

 レオナルトの前には、アルフォンス。彼はコスムたちに傷を負わされた少女をおぶっている。

 一方のナタリーは、レオナルトの後ろを歩いていた。そんな彼女は、もやもやした感情に苛ついていた。

「ちょっと!新入り!」

 呼ばれたレオナルトは立ち止まり、後ろを向く。アルフォンスも同様の反応を見せる。

「どうして何も言わないの!?お前がちゃんと冷静でいたら撃たれることなんてなかったって、怒ってるんでしょ!?」

 怒鳴り声を上げるナタリー。彼女の目線は、レオナルトの右脇腹へ向けられている。イーヴォの銃撃を受けたせいで、白シャツが赤く染まっている。

「最初からコスムの頭を打っていれば、こうはならなかった!苦しめて殺そうなんて考えたから!護衛のことが頭から抜けていたから、あんたが…」

 ナタリーの勢いが失速する。

 彼女は自分の過ちを悔いている。そう判断したレオナルトは、微笑みを浮かべる。

「ナタリーさん。誰だって、冷静でいられなくなる時はあります。それでさっきのようなことになりましたけど、あなたに怒りなんてないんですよ。むしろ感動しました」

「…どういう意味よ」

「あの女の子を助けたいという気持ちが、あなたの行動から見られたからです」

 レオナルトがアルフォンスにおぶられている少女を見る。そして、微笑みを向けた。

 自分のことより、他人を心配するレオナルト。そんな彼の姿に、ナタリーは見惚れる。しかし、すぐさま頭を振り払って話を再開させる。

「あんたに言いたいことはまだある」

「何ですか?」

「…あんたが居てくれて良かった。いらないみたいなこと言って、悪かったわ。それに、助けてくれてありがと」

 顔を赤くするナタリー。レオナルトはそんな彼女につい照れてしまい、目を逸らす。

「それと、タメ口でいいから。でも、"さん"付けは絶対!いいわね?

「あ、僕のこと名前で。おお!」

 レオナルトは明るい調子で答える。認められたような気がして、彼は嬉しかった。

 後ろで仲良さげに話すレオナルトとナタリー。そんな彼らに向けるアルフォンスの目線は、穏やかなものではなかった。

--クラウス、エルザ。とんでもないものを拾うたな。

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