第1章 Ⅱ:「革命軍アルバ」
第4話「試験」
ダミアン・クラウゼを討伐してから2日。レオナルトは山道を歩いていた。
アドラ帝国の北部と中部の境目にある山中。木々が生い茂る山中をひたすら歩くレオナルトは、疲弊していた。暑い中、どれだけ進んでも抜け口が見えてこず、彼の疲労に追い打ちをかける。
「アジトまであとどれくらいなんだ」
レオナルトが険しい表情で尋ねる。すると、彼の前方にいる女、エルザが振り返る。
「もうすぐだよ」
そう答えるエルザは涼しい顔をしている。彼女の隣にいる男、クラウスも涼しい顔で黙々と歩き続けている。
--どうなってんだ。この人達の体力は。
劣等感を抱くと、思わずため息が出た。
3人は足を止めること無く、歩き続ける。四方は相変わらず草木が生い茂っているだけの光景。いつになったら抜けられるのか、レオナルトがそう失望しかけた時だった。
「見ろ。抜け道だ」
「えっ?」
クラウスの呼びかけに、レオナルトは遅れながら反応する。前方には、開けた場所が微かに見える。
3人が森を抜け出す。抜け出した先は、草原が広がる丘陵だった。遠くには川と山、そして緑に覆われた台地が見える。
「きれい…」
「見ろ。あれだ」
クラウスがレオナルトの肩を叩く。山の自然に心を奪われていた彼は、クラウスが指す方を方を見る。そこには、壁に囲まれた2階建ての白い屋敷があった。
敷地前には、黒い屋敷門。左右の門柱には顔を上げ、翼を広げている黄色い鳥のオブジェがある。空を見上げているような2体の鳥は、互いの目を見ているように見える。
「これが、アジト…」
「そうだ。ここが俺たちのアジトだ」
驚くレオナルトにクラウスが答える。そして、門を押し始める。ギィと音を立てながら門を開くと、振り返ってレオナルトに促す。
「先に入れ」
レオナルトは静かに頷き、敷地内へ入る。屋敷を目の当たりにした時から抱いている緊張感が高まっていく。
エルザとクラウスが先に進んで行く。彼らの背中に追うと、庭園が見えてくる。
庭園には、紫やピンクといった様々な色の花が咲いている。近づくにつれて、花たちの良い香りが漂い、レオナルトの心を癒す。
庭園を抜け、屋敷の玄関に辿り着く。すると、玄関のドアが突然開かれる。レオナルトが驚いていると、中から一人の男が現われた。
右手に杖を持ち、顎髭を生やした男。男の赤い双眸がクラウスに向く。
「ただいま戻りました。団長」
--えっ、団長?
横目で見ていたレオナルトは驚きを隠せず、目を大きくする。
「クラウス、エルザ。ご苦労だったな」
「ありがとうございます」
「それほどでも~」
2人の返事を受け、団長と呼ばれる男がゆっくり頷く。
きちんと締められた赤いネクタイと黒いスーツに、黒い革靴。そして、前髪を左上に掻き上げている銀色の髪型といった出立ちからは、貴族のような高貴さが出ている。しかし、それを邪魔するような痛々しい箇所が見られる。
それは、額から右頬まで斜めに走った傷。右目を通っているその傷は、刃物でできたかのように細長い。
過去に何かあったのだろうか。それに、杖を突いているのも気になったレオナルトは、勝手な憶測を始める。そんな時、団長がレオナルトの方へ向いた。目が合った瞬間、心臓を鷲掴みにされる感覚に襲われる。
「クラウス。彼が電話で話してた人物だな?」
「はい」
「確かレオナルト君、だったかな」
不意に名前を呼ばれ、レオナルトは顔を強張らせる。
「私はテオドール・サン=テグジュペリ。アルバの団長だ」
「テオドールさん、ですね。よろしくお願いします」
レオナルトは緊張しながらも、右手を差し出す。しかし、テオドールは握手に応じようとせず、彼の顔を見続ける。
「玄関入ってまっすぐのところに客間がある。そこで話し合おう」
テオドールはそう言うと、後ろに振り返った。そして、屋敷の中へ戻った。
「あ、あれ?」
レオナルトは目を瞬く。握手に応じてもらえなかったことへのショック。そして、疑問を感じると、エルザが彼の肩に手を置いた。
「期待してるよ」
「えっ?」
微笑むエルザにレオナルトは訝しむ。すると、クラウスも彼の肩に手を置いた。
「俺も期待してるからな」
「何のこと?」
「行くぞ、エルザ」
クラウスは答えることなく、エルザに声をかける。そして、2人は一緒に屋敷へ入って行った。
「何なんだよ、これ」
レオナルトは呆然とし、その場に立ち尽くす。
これからどうなるのか。そんな不安が彼の心を覆い、中に入るのを躊躇わせる。しかし、ここにいてもしょうが無いと思い直した彼は、ドアノブを掴んだ。
屋敷に入ったレオナルトは、1階の客間にあるテーブルに座っていた。
客間の中央に縦に配置されている長テーブル。左右の長辺にはそれぞれ5席ずつ、奥側の短辺には1席と合計11席ある。レオナルトは入り口から見て右側の1番奥の席。そして、彼の斜め右には、団長ことテオドールが座っている。彼の背後にある窓から日差しが差し込み、不思議と神々しさを醸し出している。
レオナルトは落ち着かなくてしょうがなかった。何を考えているのか分からない相手と2人きりというこの状況。今すぐにでも抜け出したいこの緊張感は、今までの疲労感を吹き飛ばすほどであった。
レオナルトとテオドールの前に、受け皿に乗ったティーカップが置かれている。琥珀色の液体からは湯気が立ち、香ばしい香りが鼻腔を刺す。
「私のお気に入りの紅茶だ。少しは緊張がほぐれるぞ」
テオドールはそう言うと、ティーカップを持つ。そして紅茶を一口含むと、ほっと一息吐いた。
レオナルトはティーカップのハンドルに人差し指を通す。そして、中指から小指を支えにして持ち上げる。
紅茶の香りに、緊張が少し解れるのを感じる。数回息を吹き、よく冷ましてから口に含む。
「美味っ」
レオナルトがぽつりと呟く。茶葉の良い香りと程よい苦味が彼に合っていた。
すかさず2口目に移るレオナルト。すると、ソーサーにカップを置いたテオドールが尋ねてくる。
「さて、レオナルト君。君はなぜ、我が団に入ろうと思った?」
突然の質問に、レオナルトはティーカップをソーサーに置く。
紅茶で緩和されていた緊張が戻ってくる。鼓動が早まり、身体が熱り始める。落ち着かない状態でありながらも、頭に浮かんでいる答えを口に出す。
「友のような犠牲者を、一人でも無くしたいからです」
レオナルトは堂々と答える。テオドールは鋭い目をレオナルトに向けたまま黙っている。そんな彼の目と沈黙が、レオナルトを不安にさせる。
「…なるほど。では、君には命をかける覚悟はあるか?」
「命をかける覚悟?」
レオナルトが問い返すと、テオドールはゆっくりと頷く。
「…あります」
レオナルトは間を置いて答える。
「命を賭ける覚悟はある、か。レオナルト君」
「は、はい」
「私とゲームをしよう」
「はい?」
急な提案にレオナルトは目を瞬く。
テオドールがスーツの胸ポケットに右手を入れる。中から小さく折り畳まれた2枚の白い紙を取り出すと、それらを広げて見せた。1枚には"⚪︎"、そしてもう1枚には"×"と黒字で書かれている。
「見ての通り、"⚪︎"と"×"が書かれた2枚の紙がある。私の両手に一枚ずつ握って、後ろで混ぜる」
テオドールが2枚の紙を折って、元に戻す。そして、左右の手に一枚ずつ握ると、両手を後ろに回す。
彼の背後で紙の擦れる音が聞こえる。その音が何回かした後、握りしめた両手を前に突き出した。
「ここからが肝心だ。実は言うと、君は毒に侵されている」
「は?」
突拍子のない発言に、レオナルトは唖然とする。
「君が飲んだ紅茶。そこに毒が入っているのだよ」
「…えっ」
衝撃の告白に、レオナルトは理解が追いつかない。そんな混乱とした状態の中、自身のティーカップへ目を向ける。
「屋敷の庭園。そこに紫色の花が咲いていただろう?」
「紫色の花…。そういえば」
「あれは"トリカブト"という花で、根に毒がある。症状はまだ出てこないだろうが、舌と全身が痺れ始める。そして、呼吸困難に至り死ぬ」
「…冗談ですよね?」
レオナルトは顔を引き攣らせながら尋ねる。しかし、テオドールは一切の笑みを見せずに告げる。
「私が冗談を言ってるように見えるか?」
レオナルトは絶句する。そして、途端に身体が震え始める。
「ルールの説明だ。"⚪︎"の紙を選べば、解毒薬が手に入り、団員として迎えられる。ただし、"×"を選べば、解毒薬は手に入らず、苦しんで死ぬ」
「…死ぬ」
「君が生き残る道は、もう一つある」
「…それは?」
「選択を放棄することだ」
「…放棄?」
「そうだ。選択を放棄すれば、解毒薬を手に入れられる。ただし、我々の団員として一切認められない」
「そんな」
「私は口先だけの人間が嫌いだ。そうじゃないのなら、ここで証明してみろ」
怯えるレオナルトに、テオドールが冷たく言い放つ。
突如巻き込まれた命がけのゲーム。予想外の展開に、レオナルトはただ慌てふためく。
-こんなのどうすれば。
「私には分かる」
「えっ?」
テオドールの意味深な発言に、レオナルトは面食らう。
「退屈でどうしようもない人生が刺激的なものになればいい。そんな考えだろ?」
「違う」
レオナルトはか細い声で否定する。そんな彼を弄ぶように、テオドールが嫌な笑みを浮かべる。
「正直でいいんだ。友人のような犠牲者を一人でも無くしたいなんて、建前なんだろ?」
「違う!」
レオナルトは声を荒げて否定する。怒りを露わにする彼とは対照的に、テオドールは平然としている。
「だったら掴み取れ。君の覚悟が半端なものでないのならな」
「僕はそんなつもりで…」
「我々のいる世界は戦場なんだ。半端者が立ち入ってはならないのだよ」
テオドールの言葉に、レオナルトは圧倒される。声を荒げて言ったわけではない。しかし、真剣な赤い眼差しと堂々と語られる彼の言葉には、重みが感じられた。
死への恐怖は恐ろしい。レオナルトはダミアンとの戦闘で、それを実感していた。
身体中を襲う痛みと痺れ。そんな状態で、どのように殺されてしまうのかという想像は精神を狂わせるほどであった。しかし、そんな状態であっても、彼には消えなかった思いがあった。
死んででも友の仇を取る。その思いが、絶望的な状況に活力をもたらしたのを思い出す。
レオナルトは瞳を閉じ、心を落ち着かせる。恐怖がまだ心を蝕むも、完全に食われる前に前向きな気持ちを抱き始める。
--必ず掴み取る。
「右手だ」
テオドールの右手を指差す。テオドールが右手を開くと、少し皺の寄った小さな紙が露わになる。
「逃げずに選んだか。だが、50%の確率で死ぬぞ」
テオドールの忠告。しかし、レオナルトは口の端を吊り上げてみせる。
「簡単なことだ。ただ、"⚪︎"を引けばいいだけなんだ」
「面白い」
レオナルトの返事を受け、テオドールが口角が上げる。
「君が開けるんだ」
テオドールの指示に従い、レオナルトは紙を掴む。そして、極限の緊張感を抱きながら広げていく。
--頼む!
必死に祈りながら、広げた紙を見る。中を見たレオナルトは衝撃を受け、目を見開く。
「はっ?"エルザ"?」
「ふふふ」
テオドールのくぐもった笑い声。レオナルトは訳が分からず、呆然とする。
「試験は終わりだ!もう入っていいぞ!」
テオドールがドアに向かって声を張り上げる。レオナルトが背後のドアに振り返ると、クラウスとエルザが入ってきた。
「団長ー。結果は?」
「エルザ。君の勝ちだ」
「やったー!」
エルザが両手を上げ、歓喜の声を上げる。彼女の隣にいるクラウスは悔しそうに顔を歪めると、レオナルトを睨みつける。
「おい。なんで俺を選ばなかった!?」
「はっ?」
怒りを露わにするクラウスに、レオナルトはあたふたする。
「…これは?」
「入団試験だよ。怖がらせてしまってすまない」
テオドールがそう告げるも、レオナルトは釈然としない。
「入団試験?」
「そうだ。団員としてふさわしいかどうかを試したくてね」
「でも、僕は今毒に侵されて…」
「毒が入ってるなんて嘘だよ」
「はあ!?」
レオナルトの口から大きな声が漏れ出る。
「紫色の花のこと、"トリカブト"と言っただろう。あれは"フリージア"という花で、毒はない」
「…よ、よかったぁ」
レオナルトは腰を抜かし、その場にへたれこむ。そして、安堵のため息を吐く。
安心した彼だったが、まだ疑問がある。その疑問の対象であるクラウスとエルザの方を見て尋ねる。
「なんで2人はここに?」
「いやー、ごめんね。実は私たち、賭け事してたんだ」
「賭け事?」
首を傾げるレオナルト。エルザがテオドールの左手にある紙を取り、広げて見せた。
「こっちの紙には"クラウス"。君が持ってる方には私の名前。で、君が引いた紙に名前が書かれている人がワインを奢ってもらえるってこと。これでクラウスに奢ってもらえるから万々歳!ありがとねー」
「…」
--人の入団試験に何てことを。
レオナルトは唖然とし、何も言えなくなる。一方のクラウスはレオナルトを睨んだままでいる。
「レオナルト君」
「はい」
レオナルトがテオドールに振り返る。
「君の覚悟は見せてもらった。だが、これから先は、こんなものより恐ろしい目に遭うことになる。それでも君は戦いたいか?」
テオドールの問いに、レオナルトは口を噤む。しかし、すぐさま決意を込めた目を向けて答える。
「僕が最初に言ったことに嘘はありません。友のような犠牲者を一人でも減らすためなら、どんな道でも進みます」
「そうか。では、歓迎しよう」
テオドールが手を差し出す。
「玄関でのことは失礼した」
「…いえ!とんでもないです」
レオナルトは笑顔を浮かべ、テオドールの手を掴む。そして、彼の助けを借りてゆっくりと立ち上がる。
「良かったね。レオナルト君」
エルザはぽつりと呟く。彼女が握手を交わす光景を温かい目で見ている一方、クラウスは不満げな表情を浮かべている。そんな彼を見たエルザは、ため息を吐く。
「しつこい男は嫌われるわよ」
エルザの注意に、クラウスはいじけたように鼻を鳴らした。
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