第3話「仇」
人気の無い路地裏。左右に並ぶ家屋から明かりは消えており、街灯が暗い道を照らす。
レオナルトはそんな場所で、建物の陰から一人の男を見つめていた。ダミアン・クラウゼという巨漢が前を歩く。背中には黒いメイスを背負っており、見るからに怪しい雰囲気を出している。
レオナルトは陰から静かに出る。足音を立てないように、慎重に忍び寄って行く。
ダミアンとの距離が縮まっていく。それと同時に緊張と不安が大きくなっていき、心臓の鼓動が速まっていく。
とても落ち着いていられない状態。しかし、レオナルトはクラウスに借りた剣の柄を強く握る。
ダミアンは背後の存在に気づかない。そして、先にある街灯の下を通り過ぎようとする。
--今だ。
機を図ったレオナルトは、剣を引き抜こうとする。その時だった。
「ん?」
ダミアンが急に立ち止まった。突然の行動に、レオナルトは意表を突かれて身体が固まる。すると、ダミアンがばっと振り返った。
「何だ、お前」
ダミアンの怪訝な表情が向けられる。レオナルトは驚きで目を見開く。
--何で気付かれた?
頭に疑問が浮かび上がると、焦り始める。
「質問に答えんかい」
ダミアンが怒気を込める。不審者に向ける怒りの目は、レオナルトに恐怖を与える。しかし、彼は恐怖を振り払うように剣を引き抜き、表情を引き締める。
「友人の仇、取らせてもらうぞ」
「何言ってんだ、お前。まあ、いいや。俺に剣を向けるってことは、敵だ」
ダミアンが背中に背負ったメイスを右手に持つ。
「部下を殺されてむしゃくしゃしてたんだ」
「ジャックたちのことか?」
「何で知ってんだ」
片眉を上げるダミアンに、レオナルトは口角を上げて答える。
「俺が殺したからだよ」
「へぇ、お前みたいなガキがねぇ。ははは。冗談でも笑えねぇな」
ダミアンの笑みがすぐさま引っ込む。そして、メイスを持つ手に力を込め始める。
怒りを剥き出しにする巨体の男。まるで、猛獣と対峙しているような緊迫感に、レオナルトは息を呑む。しかし、彼はそんな恐れを振り払うように足を踏み出す。そして、ダミアンまでの距離を一気に詰めると、袈裟斬りを放った。
「おっとぉ!意外と早いじゃねぇか」
ダミアンが半歩引いて躱す。しかし、レオナルトはすかさず右に薙ぎ払う。その攻撃は、ダミアンの腹を小さく裂いた。
ダミアンの腹に数cm程度の切り傷が、赤く浮かび上がってくる。
--いける。
手応えを感じたレオナルトは、闘志を燃やす。すると、ダミアンが口角を上げる。
「なかなかやるじゃねぇか。だがな、調子に乗られるのもそこまでだ!」
そう言い放つと、一気に前へ駆け出した。巨体からは予想できない速さに、レオナルトは面を食らう。
「次は俺の番だ!」
声を張り上げると、右手でメイスを頭上から振り下ろす。レオナルトは動揺しながらも、後ろに飛び跳ねて躱す。
ダミアンの放った一撃は、石造りの道を砕いていた。石を砕くほどの破壊力。それを目の当たりにしたレオナルトは戦慄する。
ダミアンが振り下ろしたメイスを上げる。メイスの先から石の破片がパラパラと落ちていく。そして、左へ思いっきり振る。
「おらぁ!」
「くっ!」
レオナルトは顔を顰めながら、慌てて後ろに下がる。
ダミアンの猛攻が始まった。狂気的な笑みを浮かべながら、狂ったようにメイスを左右に振り回し続ける。その姿は彼の異名である「暴れ牛」、そのものだ。
レオナルトは怒涛の連撃を間一髪で躱していく。しかし、躱してばかりで反撃することができないことに焦る。
「ふん!」
ダミアンがメイスを右に振り回す。レオナルトは、また後ろに下がって躱す。その時だった。背中に硬いものがぶつかった。
--しまった!壁に追い詰められてたのか。
レオナルトの焦りが最高潮に達する。
「砕けろぉ!」
ダミアンがメイスを頭上から振り下ろす。その一撃を前に、レオナルトは必死に頭を巡らせる。
--躱せないなら、これしかない!
レオナルトは剣を頭上に掲げる。剣の先を左手に添え、防御の構えを取る。そして、ダミアンのメイスがレオナルトの剣へ直撃する。
これで防げるはず。しかし、レオナルトの読みは外れた。その一撃は刀身を砕き、彼の左肩へ直撃した。
「がっ!」
強烈な衝撃に悲鳴を漏らす。それは全身に痛みと痺れをもたらし、彼はその場に膝を突く。そして、背後の壁にもたれ掛かる。
「ほお。頭を狙ったのに、当たる寸前に身体をずらしたのか。大した反応だ」
ダミアンがメイスで肩を叩きながら呟く。
「だが、俺の攻撃をモロに受けたんだ。もう立てんよ」
下卑た笑みを浮かべ、レオナルトを見下ろす。その姿は、弱者を痛ぶる強者の立ち姿のように見える。
レオナルトとダミアンが激闘を繰り広げている頃。彼らの近くにある家屋の屋根から、クラウスとエルザは彼らの戦いを見ていた。
「あちゃー!あれまずいんじゃない?」
あぐらをかいているエルザが、目と口を半開きにする。彼女の視線の先には、剣を砕かれ、左肩にメイスの打撃を受けたレオナルトの姿がある。
一方で立ったままのクラウスは眉根を寄せ、ため息を吐く。
「あのバカ。打撃武器を剣で防いだら砕けるに決まってんだろ」
「もろに攻撃食らっちゃって立ててないよ。剣も折られちゃったし、おしまいね」
エルザは憐れむように目を細め、眉根を上げる。
「ねぇ、クラウス」
「何だ?」
「どうして、あの子にやらせようと思ったの?」
「…」
クラウスが無言で応じる。エルザは気にすることなく続ける。
「背後から奇襲かけようにも、影で気づかれる。明るいところでやろうとしたのがダメだったね。それに、躱すばかりで攻撃がろくにできてない。まあ、ちゃんと剣を振れてるのはすごいけど。でも、明らかに戦闘慣れしてない人がダミアンに勝てっこないでしょ?なのに、どうして?」
エルザの問いに、クラウスはしばし黙り込む。そして、数秒の間を置いてから口を開く。
「あいつの目だよ」
「目?」
「友人の仇を取りたいって言った時の、あいつの力強い目が気に入ったんだよ」
「それだけ?」
「ああ」
「変なの」
エルザが不満そうに頬を膨らませる。すると、彼女が何かに驚くような声を上げる。
「あっ。トドメ刺されちゃうよ。どうする?助ける?」
「いや、ここで見ていよう」
「気に入ったって言ったじゃん」
「ここでやられるようじゃ、この先はあっという間に終わる」
「あんた、それって」
エルザの言葉に、クラウスは笑みを浮かべる。彼の考えに気づいたエルザは、ふっと口角を上げた。
仇敵であるダミアンの前に平伏すレオナルト。彼の右手から刀身の砕けた剣が放される。
剣は折れたものの、レオナルトの心は折れていなかった。彼は急いで立ち上がろうとする。しかし、ダミアンから受けた一撃で思うように動けなかった。直撃した左肩の激痛と全身を蝕む痺れに顔を歪める。
ダミアンがレオナルトを見下ろす。そして、メイスをレオナルトの頬に擦り付ける。金属の冷たい感触が伝わってくると同時に、冷や汗が滲んでくる。
「楽に死ねると思うなよ。俺の部下を殺したんだからな。ジャック共を殺れたからって、隊長の俺も殺れると思ったのか。みくびるな!」
ダミアンが怒鳴りつける。すると、レオナルトが震える唇で呟く。
「お前だけは、絶対に倒す…」
「は、下らねぇ。役に立たないゴミを有効活用してやってるんだ。むしろありがたいだろ」
「何?」
レオナルトはダミアンを睨みつける。しかし、ダミアンは臆するどころか鼻で笑った。
「強がんな、雑魚。俺らには捌け口が必要だったんだよ。日々の警備や雑務で鬱憤が溜まるんだよ。だから、俺は考えた」
次の瞬間、ダミアンが下卑た笑みを浮かべる。
「田舎もんのガキだ。こいつらなら、どうなっても誰も文句は言わない。兵士になれると甘い言葉で誘えば、簡単に付いて来やがる。我ながらいいアイデアだ!ヒャハハハ!」
ダミアンの愉快な笑い声。彼の笑い声を耳にしながら、レオナルトは歯を食いしばる。
「でもまあ、訓練兵の指導で一緒に行けなかっただけで、こんなことになるなんてな。これからは俺一人でやればいいか。ヒャハハハ」
「黙れ」
レオナルトは小声で怒りをぶつける。そして、顔を下に向けながら、ゆっくりと立ち上がる。
「俺の一撃を受けて、立てるだと」
ダミアンが驚きの表情を浮かべる。
「お前だけは…」
「あ?」
「俺が殺す」
静かにそう言い放つと、レオナルトは顔を上げる。怒りで大きく開かれた彼の両眼は、茶色から黄色に変わっていた。そして、額には雪結晶のような黒い紋様が浮かび上がっていた。
「何なんだ、お前。もういい、殺してやるよ」
ダミアンがメイスを頭上に振り上げる。そして、レオナルトの頭を目掛けて振り下ろす。
レオナルトは冷静に窺っていた。反撃のタイミングを。
「砕けろぉ!」
ダミアンの怒号が響き渡る。レオナルトは身体を右に捻って躱す。そして、右手を握りしめると、ダミアンの顎を殴り上げた。
「かっ…」
顔を打ち上げられたダミアンから、短い声が漏れる。そして、身体をゆらゆらと揺らし、右手からメイスが離れる。
レオナルトはすかさずメイスを拾う。そして、頭上に振り上げる。
友を弄ばれた挙句、殺された元凶を作った人物。レオナルトは憎しみと怒りを込めて、一気に振り下ろす。
「うおおお!!」
「ちょっとまっ…」
ダミアンが目を見開きながら呟く。しかし、言い切る前に、彼の頭は叩き潰された。
レオナルトの一撃は強烈だった。ダミアンの頭は首元まで押しつぶされ、原型すら残っていなかった。
ダミアンの首元から大量の血が流れ、前後にふらふらと揺れる。辺りに血を撒き散らした後、前のめりに倒れていった。
ダミアンから血の海が形成されていく。レオナルトはメイスを手放し、友との記憶を思い出
す。
それは、スプ村周辺の森での一場面。青い空の下、トーマスがレオナルトに語りかける。
「見ろ!これが俺の必殺技だ!」
そう言った後、握りしめた右手を振り上げて見せた。
「ふーん」
レオナルトは興味なさ気に反応する。あぐらをかきながら見ていた彼に、トーマスが咎めるような目を向ける。
「おい!ちっとは興味持てよ。顎にこの一撃を受けた奴は、どんな奴も倒れるのさ!」
「実際は剣や銃での戦闘で、あまり役に立たないんじゃない?」
「武器が無くなったらどうするんだよ。そうなったら拳しかねぇだろ」
トーマスが握りしめた右手を左の手の平に打ち付ける。
「まあ、確かに」
「だからこういうのも、大事なんだよ」
トーマスが自慢気に語る。しかし、争いを好まないレオナルトにとっては、興味ある話ではなかった。その後の話でも、彼は空返事で応じることしかしなかった。
友が誇らし気に語っていたこと。それを思い出したレオナルトは、ヒリヒリと痛む右手を握りしめる。
「役に立ったよ。トーマス」
寂し気に微笑むと、空を見上げる。
「ゆっくり休んでくれ」
空に向かって、友への別れを告げる。すると、彼の目から一雫の涙がこぼれ落ちた。黄色だった彼の両眼は元の茶色に戻り、額の紋様は消え去っていた。
レオナルトの元に、クラウスとエルザが現れる。涙を流すレオナルトを見たエルザが悲し気な表情を浮かべる。
一方のクラウスは、相変わらずの仏頂面でレオナルトに近づく。そして、彼の肩に手を置いた。
「よくやったな」
クラウスが労いの言葉をかける。
「これで終わったんだな」
「ああ」
「これからどうしようか」
「何?」
「村に戻っても、また同じ生活だ」
レオナルトがぽつりと呟く。すると、クラウスが鼻で笑った。
「そんなもん決まってんだろ」
「えっ?」
「俺らの仲間に入る以外あるのかよ」
クラウスの返事に、レオナルトは目を瞬く。
「5人も軍人を殺したお前に逃げ場はない。まだ追手は来ないだろうが、そのうち捕まえて惨たらしく殺すさ」
「そんな僕はもう、革命軍に入るしかないって?」
「そっちの方が1日でも長く生きられるだろうな。けどよ、本当のところはもう決めてんだろ?」
考えを見透かすような発言。レオナルトは特に驚く素振りを見せず、淡々と話す。
「トーマスの一件はこれで終わった。けど、他にもいろんなことで苦しんでいる人たちがいるんだろ?」
「ああ」
「だったら、僕はやるよ」
レオナルトは真剣な眼差しで答える。返事を聞いたクラウスは、静かに頷いた。
「決まりだな。じゃ、アジトに戻るぞ。いいよな、エルザ?」
「反対なーし」
エルザが笑顔で応じる。
「とっととずらかるぞ」
クラウスはそう言うと、エルザと共に前へ歩き出した。
レオナルトは涙を拭い、ぼそっと呟く。
「やっと見つけたよ。自分のやりたいこと」
「何か言ったか?」
「いや。何でも」
クラウスの問いに、レオナルトは嘘をついた。怪訝な表情を浮かべるクラウスをよそに、彼は前へ歩き出した。
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