第31話 ドートンヴォーリ川

 みなさんお待ちかね、勇者エリアフの生い立ちについてインタビューしていきます。


 彼は台車を利用して、石材を運んでいるので、その作業を邪魔しないように、VITのマイクを向けました。


「勇者エリアフが人格者に育った秘訣はなんですか?」


 勇者エリアフは、ガラゴロ台車を押しながら、爽やかに答えました。


「人格者だなんて大げさだ。ただ俺は自分なりに魔王退治ってやつと向き合ってるだけだよ」


 まるで太陽みたいに真っすぐで明るい答えを浴びて、私の汚れた魂が消し飛んでしまいそうでした。


 それでも、うちの配信にぶらりと訪れた勇者ファンをゲットするために、負けじと

ドキュメンタリーを作っていきますよ。


「謙遜よりも、具体的な背景を知りたいですね。勇者がどんな場所で育って、どんな人生を歩んできたのか」


「両親は早々に亡くなってしまったんだが、育ての親である剣術の師匠がすごい人でね。その人に厳しく育てられたんだ。武器の使い方から、心の使い方まで」


「たしか昔読んだ新聞によれば、剣聖と呼ばれる剣術の達人に育てられたとか?」


「そう、剣聖カシューだよ。VITが普及してからは、野球観戦おじいさんになっちゃったけどね」


 以前、公共放送チャンネルには競馬中継があることを説明しましたが、あれと同じぐらい人気の番組が野球中継です。


 どうやら剣聖みたいな偉い人でも、野球中継は楽しいみたいですね。


 うちの母親も野球中継が好きですし、なんなら指名手配犯の父親も野球ファンですよ。


 そのせいで野球に興味のない私ですら、どんなチームがあるのか覚えてしまいました。


 となれば、ドキュメンタリー番組における一つまみの清涼剤として、応援チームの質問も許されるでしょう。


「ちなみに剣聖カシューの応援チームはどこなんですか?」


「ハーンシーン・ダイギャース」


「うわっ、ガラ悪そう……」


「そう思われても仕方ない客層ではあるんだけどさ、師匠は本来ああいうノリが好きなんだよ。ダイギャースが優勝したときだって、ドートンヴォーリ川に飛び込んだし」


 えっ、よりによって剣聖が川への飛び込みやったんですか?


 皇帝がわざわざ『ドートンヴォーリ川の飛び込みは危険だからやめようね』って通達を出したのに。


 コメント欄のお客さんたちも、大騒ぎです。


『皇帝のお触れで、ドートンヴォーリ川への飛び込みはやっちゃいけないはずだよな』『おいおい、配信で言っていいのか、その情報』『でも剣聖カシューだし、皇帝も怖くないのかもよ』


 いやぁ、コメント欄の雰囲気がおかしなことになってきましたね。


 皇帝に堂々と逆らうなんて、帝国領土内では御法度もいいところですし。


 しかし勇者エリアフは、あんまり気にしていませんでした。


「むしろちょうどいい機会だったんじゃないか。うちの師匠、剣聖なんて肩書きを捨てて、普通のおじいさんをやりたいみたいだし」


「いや、普通のおじいさんは、皇帝のお触れを無視して、ドートンヴォーリ川に飛び込まないと思うんですよ」


「たとえ皇帝のお触れがあっても、球団が優勝したときの喜びは止めらない。それが人間ってものさ」


 いや、その理屈はおかしい。


 と言いたいところなんですが、うちの両親もそうなんですけど、応援しているスポーツチームが優勝すると、心のブレーキが壊れるみたいなんですよ。


 うーん、勇者エリアフも、その師匠も、人間臭いところがあるってことかもしれませんね。


 勇者の生い立ちがわかったので、彼へのインタビューはいったん切り上げましょう。


 せっかくドキュメンタリーをやっているんですから、勇者パーティーを支えるスタッフにもインタビューするべきですよ。


 というわけで、次回の更新からは、スタッフのみなさんに取材していこうと思います。こうご期待!


 ***CM****


【剣聖カシューの剣術道場・門下生募集中】拙者は、虎式古流剣術の正統後継者だ。剣術も大事だが、心の成長を指南している。かの勇者エリアフも、この道場から巣立っていった。


 ああそうだ、ハーンシーンファンは大歓迎だ。野球中継を観戦できるように大型VITモニタを道場にセットしてあるから、応援グッズを持ってくれば一緒に応援できるぞ。

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