第7話 ゼランで求人・ゼランで高収入♪ 後編

 さて、大量の石ころをぶつけられて瀕死になったゼランなんですけど、スーツの裏地や靴底に隠してあった回復軟膏を塗って、普通に生き延びました。


 なんてタフなやつ。っていうか、なんでそんなに回復アイテムを持ち歩いているんでしょう。


 うーん、生存能力に特化した人間って、本当にいるんですねぇ。


 そんなタフの権化であるゼランですが、これだけ痛い目に遭っても、私たちを勧誘することを諦めていないようです。


「お前らに薬代を払わせたいところだが、今回はこっちの儲けも多いんでな。まったく諦めるつもりがないぜ」


 さっさと諦めてほしいんですが、話をややこしくする事態が起きました。


 魔法ギルドのサブリーダー・妖艶な中年女性ソジュンがやってきたんです。彼女は豊満な肉体を揺らしながら、不気味な笑みを浮かべました。


「ゼランはたしかに信用できないでしょうが、私であれば信用できるでしょう。どうでしょう、やりませんか、ダンジョン配信。新規事業ですから、成功すれば、先行者利益を独占できますよ」


 ダンジョン配信という言葉、実は勇者と魔王の時代においても、初めて聞く言葉ではありません。


 錬金術師たちが、遠距離通信可能なマジックアイテムを開発中で、それを使って実験をやっているんですよ。


 それも世界各地でやっているので、ありとあらゆる組織で、これはもしかして技術革命が起きるんじゃないか、と話題になっています。


 当然、冒険者たちの間でも、噂話として流れていました。


 そんな実験のリストに、ダンジョン配信が含まれていました。


 つまり魔法ギルドは、実験中の技術を使って、新規事業を立ち上げようとしているわけですね。


 前例がないどころか、未知の技術を使うあたり、ハイリスク/ハイリターンでしょうね。私たちだけじゃなくて、魔法ギルドも。


 新しい技術の開発が失敗しても赤字になるし、たとえ新しい技術が標準化しても、ダンジョン配信という事業そのものが失敗するかもしれません。


 だがしかし、本当に事業が成功するのであれば、先行者利益によって、大儲けできます。


 だからこそ、ゼランは一生懸命なんです。こんな感じで。


「ほら、魔法ギルドの偉い人が出てきたんだから、今回がまっとうな商売だってわかったろう? さぁこの儲け話に乗るのかい、乗らないのかい、どっちなんだい?」


 ゼランの鬱陶しい売り文句はともかく、魔法ギルドのサブリーダーが出てきたのであれば、私たちは小声で会議を始めました。


 まず私から発言です。


「ケツモチが魔法ギルドっていうのは、実際悪くない条件なんです。でも、ゼランみたいな信頼のない手配師と組んだってことは、なにか後ろめたいことがあるはずですよ」


 僧侶のレーニャさんは、こめかみに指を当てながら、悩みました。


「うーん、うーん、おいしい話だとは思うんだけど、あたしたち一度騙されてるからなぁ……」


 そう、ゼランには前科があって、私たちが被害者でした。


 それなのに、ちょっと条件が変わったからといって、なんの対策もせずに儲け話に乗っかっていいはずがないんです。


 戦士のアカトムさんは、渋い色合いの茶髪をかきむしりながら、空っぽの財布を握りしめました。


「ボクたちにお金があるなら、悩む必要もなく断ればいいだけなんだけど……」


 ずっと金欠病ですからね。もしチャンスがあるなら、5000ゴールド欲しいですから。


 武道家のシーダさんは、軽快な足取りでシャドーボクシングしました。


「前金だけ奪って帰ればいい」


 物騒な発想なんですけど、ある意味で真理ですね。


 というのもですね、これだけ実験的な新規事業を、私たちだけでやるはずがないんですよ。


 十中八九、他のパーティーも実験に参加しますね。


 しかもダンジョン配信ということは、クエストを受注して参加するはずです.


 つまり前金5000ゴールドだけを目的にした場合、ダンジョン配信の出だしで、わざとクエストを失敗して、さっさと帰ればいいんです。


 そうすれば、この案件に潜んでいるあろう未知のリスクをすべてキャンセルして、前金だけを稼げる。


 成功報酬が手に入る確証はないんですから、確実性を優先すれば、前金オンリーが合理的ですね。


 ふむふむ、もしやこの案件、なかなかおいしい仕事なんじゃないでしょうか。


 という私の頭の中身を、パーティーのみなさんに話しました。


 なぜか戦士のアカトムさんが、シクシク泣き出しました。


「やっぱり君は、胡散臭い山師側の人間だねぇ……でもそんな君に頼らないと、ボクたちは、この手の案件の安全性を読み取れない。なんて情けないんだ」


 いやあのアカトムさん、あなたさらっと私のこと見下しましたね。


 ふーん、まぁいいでしょう。彼女が持っている騎士の身分は、なにかと便利ですから、持ちつ持たれつというやつですよ。


 僧侶のレーニャさんは、前金5000ゴールドが楽しみらしく、僧侶の杖を天高く掲げながら、大声で叫びました。


「よーし! 前金だけもらって帰るわよ! ――もがもが」


 私は慌ててレーニャさんの口をふさぎました。


 なんでこの人は、依頼主の前で、わざとクエストを失敗すると宣言しているんですか。そんなことしたら、前金もらう前に、お断りされちゃうじゃないですか。


 まったくもう、こんな調子だから、うちのパーティーには、世間知に優れた私が必要なんですよ。


 さて武道家のシーダさんは、ふんふんと鼻息を荒くしながら、シャドーボクシングを加速させていました。


「そんなまどろっこしいことをしないで、いますぐ殴った方が早い」


 …………この美少女、ちょっと脳筋極めすぎて、発想が山賊っぽいですね。


 もちろん殴ってお金を奪ったら普通に強盗罪なので、シーダさんをやんわり説得してから、ダンジョン配信のテストモデルを始めることになりました。

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