第5話 異世界への勧誘
「異世界の、学校に……俺が、ですか?」
ひどく関心を引き寄せられるその内容に、かすかに早鐘を打つ胸を鎮めながら、陽斗はそう聞き返す。
対面に座るリサは、緊張した面持ちの陽斗を茶化すようなことはせず、小さく、しかしはっきりと頷いた。
「
でも、と一呼吸おいて、リサは言葉を続ける。
「とても薄いとはいえ、地球にもかすかに魔力は存在してるのは事実でね。そして、そのわずかな魔力に感応する形で、魔力に目覚める地球人っていうのも、ごく稀にだけど存在するんだ」
そう言って差し出された携帯端末の画面に写っていたのは、見知らぬ少女の写真。
写真の隣には、陽斗が見たこともない文字の羅列やグラフが表示されており、その内容を窺い知ることはできない。しかし、直前のリサの言葉と照らし合わせれば、それが「過去に存在した同様の事例の該当者のデータ」なのであろうことは、ぼんやりと理解できた。
「そういった例が見つかった場合、貴重な戦略になりうる存在として積極的に保護して魔導機士とするべし……っていうのが、魔導機士協会の方針でね。本人の意思を尊重した上で、魔導機士養成学園にスカウトする決まりになってるんだ」
リサの説明にへぇ、と声をこぼす陽斗だったが、ややあって疑問に首を傾げる。
「でも俺、リサさんみたいな魔法なんて使えませんし、そもそも魔法の使い方もわからないんですよ? なのに、魔導機士なんて……」
そう言ってから「落胆させてしまうだろうか」と不安に駆られる陽斗だったが、対面のリサがその言葉に動じた様子はない。ゆっくりと首を横に振りながらも、彼女の瞳には、揺るがない期待の眼差しが煌めいていた。
「いいや、君は確かに魔法を使える素養を持ってるよ。――さっきの戦闘中、君の方に流れ弾が飛んで行った時があったでしょ?」
その言葉で、陽斗は脳裏で流れ弾を喰らいかけたあの時の光景を――眼前に現れた光の壁が、自身を守ってくれた光景を思い出す。
「は、はい……今思うと、アレってリサさんが魔法で俺のことを守ってくれた、ってことなんですよね」
「いやいや、あれはあたしの魔法じゃないよ?」
「え?」
思わぬ返事に、陽斗の口から素っ頓狂な声が漏れる。
「あたしたちの使う魔法っていうのは、意外に融通が効かなくてね。あの一瞬で、あれだけ離れた場所にいる相手に対して魔術を行使する……なんて芸当は、正直な話、不可能に近いんだ。つまり、あの時君を守った魔力の壁は、あたしが出したものじゃない。君が自分自身を守るために出した、れっきとした〈魔法〉だよ」
続く説明を受けて、しかしそれでも陽斗の胸中から疑念が消えることはない。
「あの時起きた超常現象が、実は自分が引き起こしたものだった」などと言われても、すぐには受け入れられないのが実情だった。
「で、でも、俺はリサさんが使ってたような魔法なんて知らないですし、魔力の操り方みたいなのも知らないです。なのに、そんなことできるわけ……」
慌てて釈明する陽斗だったが、やはりリサはゆっくりと首を横に振る。
「今主流になってる魔法っていうのは、近代技術によって簡易化されてるんだけど、本来の意味の〈魔法〉っていうのは、『術者のイメージ』で発動するものなんだ」
「イメージ、ですか?」
「うん。発動には『強い意思で魔力を励起させる』ってプロセスが必要になるけど、そこには機械の杖も、発動のための詠唱も必要ない。極論を言えば、術者が身一つで魔力を操れるだけの才能があれば、あたし達みたいな工程を踏まずとも、魔法を使うことはできるんだ」
電卓で計算するか暗算で計算するかみたいなものかな、と例えを出しながら、リサは続ける。
「流れ弾が飛んで行った時、君はとっさに自分の身を守ろうとしてたでしょ? あの時、君が『目の前の流れ弾に当たりたくない』って強く思ったことで、あの周辺に満ちていた魔力が励起させられて、君を守る盾を形作ったんだ」
「そんなことだけで、魔法が……?」
「まぁ、できた理由はただの推測だけどね。でも、実際に起きた現象――魔力の盾を生成できたことは、紛れもない事実だよ。それはつまり、杖を使うことなく魔力を、魔術を行使できるくらいの『才能』を持ってるってこと。だから、あたしは君をアレートの学園に勧誘しようと思ったんだ」
知る由もなかった秘めたる才能を賞賛されて、陽斗はなんとも言えない気持ちになる。
そんな煮え切らない感情の一方で、まるで漫画の中に迷い込んだかのような出来事の連続によって、陽斗の心は、リサの提案に強く惹かれていた。
「というわけで、どうかな。魔導機士学園、入ってみない?」
軽やかな笑みと共に今一度問われ、陽斗はかすかに息を呑む。
――しかし、高鳴る気持ちとは裏腹に、陽斗はその手を取ろうとはしない。しばしの逡巡を挟んでから、陽斗は遠慮がちに口を開いた。
「……少し、聞いてもいいですか」
「もちろん。あたしに答えられる範疇ならなんでも教えるよ」
空のコップにピッチャーを傾げながらそう答えるリサに小さく頭を下げてから、陽斗は改めて口を開く。
「じゃあ、えっと。…………学費って、どのくらいかかります?」
「……へ?」
そうして飛び出た発言に、リサは中途半端にコップを傾げたまま硬直した。
「学園に行くってことは、制服とか教科書とか、いろいろと用意しなきゃいけないんですよね」
「ま、まぁそりゃ必要になるけど……どうしてそこで学費の話が?」
目を丸くしながら首を傾げるリサにそう聞かれると、陽斗は恥ずかしそうに苦笑を漏らす。
「俺、今お金持ってないんですよ。だから、もし仮に異世界の学園に行くとなると、その辺のお金をなんとかしなきゃいけないんです」
そう言って、陽斗はもう一度苦笑する。
対面を見やれば、そこに座るリサは相変わらず……というよりは、信じられないものを見るような眼差しをしていた。
「いや、いやいやいや。なんでそこで自分でお金用意するって発想が出てくるの? そういうのって、普通親御さんに出してもらうものでしょ?」
「まぁ、本当ならそうなんだと思います。ただ、俺の場合は、ちょっと事情があって」
「事情?」とおうむ返しに呟くリサに、小さく首肯を返す。
「俺――両親いないんですよ」
端的に事実を述べ、それから陽斗は、とつとつと過去を語り始めた。
*
陽斗の両親が亡くなったのは、あまりにも不運な事故だった。
遡ることおおよそ5年前。郊外に新設されたショッピングモールへ買い物に出かけるために、家族3人で街の只中を車で走っていた、その途中。
交差点を超えて、頭上に走る高架橋の真下を通ろうとしたその時、降り注いだ瓦礫によって、彼の両親は帰らぬ人となった。
老朽化による、高架橋の崩落。
そう結論付けられた大事故は、近隣にいた人々を巻き込んで、かなりの規模の被害をもたらしていた。
崩落した高架橋の瓦礫や、巻き込まれた車両の破損によって副次的に発生した火災など。自然災害の絡まない事故としては上位に入るほどの凄惨な事故で、陽斗は両親と死に別れる結果となったのだ。
*
「5年前……そっか、あの事件の……」
陽斗の過去を聞いて、リサは苦虫を噛み潰したような顔を見せる。
「リサさんも、あの時の事故を知ってるんですね」
「まぁ、ね。当時、たまたま魔導機士の仕事でこっちに滞在しててね。ニュースは見てたんだ。……まさか、君があの時の当事者だったとは。ごめんね、辛いこと思い出させて」
我が事のように表情を曇らせるリサを宥めるように、陽斗は苦笑を交えながら首を横に張る。
「大丈夫ですよ。もう5年前の出来事ですし、気持ちの整理はとっくについてますから」
「そっか。強いんだね、ハルト君は」
感心の表情を見せるリサだったが、そこでふと、彼女は頭上に疑問符を浮かべた。
「……でも、それと学費に何の関係があるの? 未成年なんだったら、親族さんのところなり孤児院なり、どこかに身を寄せてるはずだよね?」
「ええ。母方の伯母さんのところに居候してます」
「だよね。じゃあ、そのおばさんに学費は出してもらえるんじゃないの?」
そう問われるが、陽斗の口からは「まさか」とという諦念混じりの言葉が出る。
「親戚って言っても、あの人からすれば俺は家族でもなんでもないですから。中学校までは義務教育だから通わせてもらってましたけど、高校への進学費用なんて『不必要なお金』は出してもらえないんです」
「……不必要? 高校進学が? その人本気でそう言ってるの?!」
「少なくとも、俺から見たあの人は本気で言ってると思います。そもそも、俺を引き取ったのも、両親の遺産を相続するためだったみたいですし。……あ、でも一応、春から知人のお店で働かせてもらうことになってるんです。だから、ちょっと時間を置いてもらえれば、学費は用意できると思います」
どのくらいかかるんだろう、と顎に手を当てて考える陽斗の姿を見たリサは、そこでとうとう片手で顔を覆い、天を仰ぐ。
「……ハルト君。本当はこんな強制じみたことを言うのは良くないんだけど、君は絶対に魔導機士学園に行くべきだよ」
「え? いやでも、さっきも言った通り学費は……」
「あのね、ハルト君。君みたいな学生がそんなこと気にするなんて、そもそもからおかしいんだよ。君の周りに、進学のための学費を気にしてる同年代の子達なんていた?」
「まさか。……そりゃ、俺だって昔からこうだったわけじゃないし、変なこと言ってるなって自覚はありますよ。でも、俺にとってはれっきとした『気にしないといけない問題』なんです」
そう言って力無く笑うと、リサはかなり大きなため息を漏らす。
「……会話の節々になんかズレがあると思ったら、そういうことか。この国も末だなぁ」
「え?」
「いやいや、ただの独り言。……まぁとにかく、君の質問に答えるなら、学費は当然かかるよ」
ですよね、とやや落胆した風に笑う陽斗だったが、「でも」とリサが続ける。
「魔導機士学園には、こっちで言う特待生制度みたいなのもあるんだ。なにせ、フォーヴスはどこにでも無限に湧いてくるからね。優秀な人材なんて、あればあるだけ欲しい……って言うのが実情なんだ」
「ってことは、それを使わせてもらえたら、学費も免除されるとか?」
「完全免除ってわけじゃないけど、向こうの世界の一般市民にも苦じゃないくらいの金額になるね。仮に使えなくても、いざとなれば別の手段はいくらでも取れるし……なんにせよ、君が金銭的な心配をする必要はないから、そこは安心していいよ」
「な、るほど……」
その言葉で最大の懸念が解消されたことで、陽斗の心は一気に傾く。
「なら――行ってみたいです、異世界に。異世界の学校に」
そもそも、異世界の学園に通うという案は、陽斗が抱える諸々の事情を鑑みても、相当に魅力的なものだったのだ。「必要な経費の捻出ができない」という問題がなくなった以上、陽斗が首を縦に振るのは、必然的ともいえる帰結だった。
「うん、その言葉を待ってたよ。……いやー、それにしても勧誘を受けるか悩む理由が『自分でお金を払えないから』なんて人、初めて見たよ」
「あ、はは……ごめんなさい、変なことばっかり聞いちゃって」
「いやいや、人には人の事情ってものがあるからね。こっちこそ、話しづらいだろうに無遠慮に突っ込んじゃってごめんよ」
苦い笑みと共に謝罪を口にするリサを宥めていると、まるでタイミングを見計らったように、店員が注文していた料理を運んでくる。
「まぁとりあえず、今できるお話はこのくらいかな。
「はい、大丈夫です。料理も冷めちゃいますからね」
「ふふふ、話がわかるね。ここのギョーザとカラアゲは熱々が美味しいから、早めに食べないとなんだよ〜」
先ほどまでの真面目くさった表情を早々に投げ捨てたリサは、緩み切った表情を隠そうともせずに、割り箸から小気味良い音を鳴らす。
「あ、2人前ずつ頼んだから、半分は君の分ね」
「え? いやでも、そんなにたくさん奢ってもらうわけには……」
「何言ってるの。食べ盛りの男子中学生が遠慮してたら大きくなれないよー。もう頼んじゃったし、2人前全部は流石のあたしにも食べきれないからさ。人助けと思って食べてよ」
「う……じゃあ、いただきます」
どーぞどーぞ、と人懐っこい笑みを浮かべるリサに促されるまま、陽斗はやや遠慮がちに唐揚げを頬張った。
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