第4話 知られざる世界
「やー、悪いね。わざわざ付き合わせちゃって」
大通り沿いに店舗を構える、全国チェーンの中華料理店。そのテーブル席に腰を下ろしながら、女性はそう切り出す。
「こっちこそ、ありがとうございます。お仕事のお邪魔しちゃった上に夕飯までご馳走になるなんて」
「いーのいーの。今回の一件はキミみたいな
お冷を持ってきた店員に幾つかのサイドメニューを注文してから、女性は改めて、陽斗に向き直った。
「さて。今更だけど、まずは自己紹介かな。アタシは〈リサ〉。オトナの事情でフルネームは名乗っちゃいけない決まりになってるから、今はとりあえず、リサとだけ呼んでくれると嬉しいな」
「わかりました。えと、俺は陽斗です。
「ハルト君、だね。改めてよろしく」
互いに名乗り合ってから、陽斗はリサと名乗った女性と握手を交わす。
「それじゃ、どこから何を話したものか。……とりあえず、まずはあたしがどういう人間で、何を目的にしてたのかってところからかな」
そう口にしてから、リサは机上で両手を組み、やや真剣味を増した眼差しで、陽斗をまっすぐに見据えた。
「この際だから情報の出し渋りは無しで行くけど、今からあたしがキミに教えることは、紛れもない『真実』だよ。ちょっと理解が追いつかないかもしれないけど、それだけは念頭に置いておいてくれると嬉しいかな」
「真実……わかり、ました」
やや気圧されつつも頷くと、リサは「よろしい」と満足げに頷く。
「じゃあ、さっそく。信じられないとは思うけど――」
彼女の語る「真実」とは、一体どんなものなのか。身構えるように耳を傾けた陽斗は――
「あたしはね、よく言うところの『異世界人』なんだ」
「…………へ?」
続くリサの言葉を、早くも受け止め損ねることになった。
「『この世界』の人たちは知るよしもないことだけど、この世界の裏側には、隣り合うように存在してる『もう一つの世界』……〈アレート〉って呼ばれる世界がある。あたしは、そのもう一つの世界からやってきた、いわゆる異世界人なんだ」
予想だにしなかった情報を次々に叩き込まれ、咀嚼しきれなくなった陽斗は、口先だけの納得の言葉すら絞り出せず、唖然としてしまう。
陽斗も現役の中学生であるため、その手の創作物にはもちろん触れてきた経験がある。
しかしだからといって、そのような「空想の中でしか聞けないような単語」を現実のものとして語って聞かされれば、受け止めきれなくなるのは無理からぬことだった。
「ごめんね、最初からいきなり混乱させちゃって。でも、さっきも言った通り、あたしの言葉は紛れもない真実なんだ。現にキミも、その目でおとぎ話の中の出来事みたいな光景を見てたでしょ?」
リサの言葉で、陽斗の脳裏には、先ほど目撃した光景が――真っ黒い化け物と、煌びやかに輝く魔法を駆使して戦うリサの姿が呼び起こされる。
誰かに語って聞かせれば妄言だと一蹴されるだろうが、その光景は、確かに陽斗のその目に焼き付いていた。
「は、はい。確かに見てました。……えっと、もう一つの世界って、ようはアニメとかラノベとかでよく言われるようなアレ、ですよね?」
「まあ、概ね合ってるかな。ちょっと違うのは、アレートとこの地球がある世界は表と裏の関係にあって、二つの世界はお互いに繋がってるんだ」
そう言いながら、リサはテーブルの隅から紙ナプキンを二枚取り出して、二つをぴたりと重ね合わせる。
「こんな感じで、二つの世界は限りなく近い場所に、隣り合うように存在してるんだ。手段さえ整えれば自由に行き来ができるし、どっちかといえば、『地球空洞説』のほうが近いかもしれないね」
聞いたことある? と問われて、陽斗はやや曖昧に頷く。
「たしか、何かの本で聞いたことがあります。地面の下にもう一つ世界があるってやつですよね」
「そうそう。まぁ、本当に地球が空洞になってるわけじゃなくて、あくまでもそれに近しい構造になってる、ってだけだけどね」
そう述べたリサは、一呼吸を置いたのち、手元に置いた二つの
「で、この二つの世界の間には、世界を隔てる空間……言うなれば『次元の狭間』みたいなものがあるんだけど、そこにはさっきの黒い化け物――あたしたちが〈フォーヴス〉って呼ぶ怪物が存在してるんだ」
「次元の、狭間……そんなところに、あんな生き物が?」
「ううん、あれは生き物じゃないよ。フォーヴスは、狭間の世界に満ちている瘴気……有害化した高密度の魔力で構成された、『動く瘴気の塊』なんだ」
感慨というものを取り払ったような声色で、リサは界獣と呼んだ存在に関する説明を、淡々と続ける。
「ヤツらは、二つの世界に存在する生命が生み出すエネルギー……あたしたちがいうところの〈魔力〉を好んでいる。ヤツらは魔力を食らうために、次元を超えて両方の世界に現れては、大きな被害をもたらすんだ」
そう言われた陽斗の脳裏には、〈フォーヴス〉と呼ばれたかの黒い異形が、空を割り砕くようにして顕現したあの瞬間が呼び起こされる。
「次元の壁を超えてやってきては、魔力を喰らうために無差別に破壊の限りを尽くす、絶対の敵性存在。放っておけばもちろん、たくさんの人やモノに被害が及ぶ。そんなフォーヴスを倒して世界を守るのが、あたしたち――〈マギウス〉のお仕事なんだ」
フォーヴスに関する要約された説明に肯定の頷きを返す陽斗は、新たに出てきた重要と思しき単語に触れる。
「マギウス……それが、リサさんの役職なんですか?」
「そうだよ。こっちの世界なりに訳すなら……そうだな、こう書くのが適当かな」
どこから取り出したのか、いつのまにか手にしていたメモ帳にさらさらとペンを走らせると、陽斗に向けてそのメモを見せてくる。
眼前に突き出されたメモには、〈
「
「そうだね。元々普通の魔法使いだったんだけど、界獣を倒すために近代技術を用いて強化されたのが、あたしたち魔導機士なんだ」
そう言いながら、リサは自身の首元に下がっていた、紫色の宝石が嵌め込まれたペンダントに手を伸ばす。
ペンダントを握り込んだ指の隙間から、かすかな光が漏れた――直後、リサの手元には、先ほどの戦闘中に彼女が握っていた、機械的な意匠を施された杖が握られていた。
「これが、魔導機士が魔導機士たる所以、〈マギウス・ギア〉だよ。長いから〈マギア〉って略されることもあるね」
「マギウス・ギア……これが、魔導機士にとっての『魔法使いの杖』ってことなんですね」
「そうだね。マギアには、魔法を効率的に扱うためのいろんな仕掛けが組み込まれていてね。これを使うことで、あたしたち魔導機士は既存の魔法使いと同等か、それ以上の存在になれるんだよ」
愛用の得物らしい機械杖をリサが軽く撫でると、機械杖は無数の光の粒となって形を失い、その場から消滅する。
魔法の一環なのだろうか、と推測する陽斗に対して、リサは再び視線を向けた。
「魔導機士の本分は、さっきも言ったとおり、フォーヴスの撃滅と、それに伴う世界の均衡の維持にある。この地球の各地にも、あたしみたいにアレートから派遣された魔導機士がいて、彼らもまた人知れずフォーヴスと戦っているんだ」
「各地に……ってことは、魔導機士って何人もいるんですか?」
「何人どころか、何百人もいるよ。こっちの世界では界獣の出没例がそれほど多くないからあまり数はいないけど、魔力の豊富なアレートには界獣も多いぶん、必然的に魔導機士もたくさんいる。向こうの世界には、魔導機士を養成するための専門の学校なんかも存在してるんだよ」
意外な回答に、陽斗は思わずへぇと感嘆の声を漏らす。
「そうなんですね。なんかてっきり、選ばれた人間だけが就ける特別な役職みたいに思ってました」
「まぁ、その認識でも間違ってはいないよ。魔導機士は魔力に対する適性がないとなれないし、さっきみたいな激しい戦闘をこなさなきゃいけないから、適性以外にも求められるものが多いからね」
「なるほど……」
顎に手を添え、陽斗が納得の意を示すと、リサはふぅと一息をつき、傍らの水をぐいっと飲み干した。
「とまぁ、あたしに関することはこれでだいたい一通りかな。どうかな、頭は追いついてる?」
「はい、なんとか。驚きはしましたけど、リサさんの説明がわかりやすかったんで、おおよそ理解はできたつもりです」
「おや、褒め上手だねぇ。お姉さんを褒めてもサイドメニューくらいしか増えないよ?」
冗談めかしてからからと笑う女性に、陽斗も苦笑をこぼす。
「色々喋ったけど、要するに『
「質問?」
おうむ返しに呟く陽斗に向けて、リサがこくりと頷く。その眼差しは、今しがた冗談めかして笑っていた時のそれとは打って変わって、ひどく真面目くさったもののように感じ取れた。
「実を言うと、こうして君に色々喋ったのは、単なる親切心じゃない。いまさっき教えた知識は、これから君に与える『提案』に選択をしてもらうために、必要なものだったんだ」
話の内容が見えず首を傾げる陽斗をよそに、リサは続きを口にする。
「さっき、君に対して『魔法使いの素質がある』って言ったのは覚えてる?」
リサにかけられたその言葉は、陽斗の脳裏にも鮮明に焼きついていた。
何せ、超常的な光景の数々を目撃した陽斗に向けて、トドメの一撃のように放たれたのである。忘れたくとも、そのインパクトは忘れがたいものだった。
「はい。……今更ですけど、あの言葉って、言葉通りに受け取っていいんですよね」
「うん、そのまんまの意味だよ。君には、あたしみたいな魔法使い――〈
しっかりと頷いたリサが、先ほどにも増して真剣な表情を見せる。
空気が変わったのを感じ取って、自然と背筋を正した陽斗は――
「ハルト君。君さえ良ければ、
続くリサの言葉に、自身の心臓が、一際強く拍動するのを感じた。
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