第3話 目覚め




 眼前で生じた光景に、陽斗は目を奪われる。


 陽斗の目の前に立ち現れた「光の壁」は、今まさに陽斗を貫かんと飛来していた黒い弾丸を、真正面から受け止めていた。

 バチバチと火花のような光の粒を散らしながら、二つの現象は拮抗。数瞬の間を置いたのち、黒い弾丸がぐにゃりと軌道を変えたかと思うと、弾丸は陽斗の横合いを貫き、やや後方で炸裂音をこだまさせた。


「今、のは」


 驚きにぽつりと言葉を漏らすと、まるで呼応するように、光の壁が溶けるように霧散する。

 光の粒が瞬いて消えてゆく最中、陽斗の目に強く焼き付いたのは――こちらを見やり、静かに、しかし確かな「驚き」を浮かべた、女性の顔だった。


「まさか……いや、そういうことか。どうりでわけだ」


 一人納得の表情を見せると、女性はそれきり、陽斗から視線を外す。彼女を仕留めんとする黒い異形の攻勢は、未だ途切れていないのだ。


「あーもう、人がモノ考えてるんだからちょっとは遠慮しろっての!」


 鬱陶しげにそう怒鳴る女性が、掌中の杖を横薙ぎに振るう。

 すると、女性の守っていた光の壁が、その範囲を一気に拡大。バシュッ!! という炸裂音を響かせたかと思うと、光の壁は光の衝撃波へ姿を変え、降り注ぐ黒い弾丸の雨を、一挙に吹き飛ばして見せた。


「グゥッ……!?」


 思わぬ反撃に面食らったのか、黒い異形はたじろいだように唸り声を漏らす。


「〈ベレヌス・ライアジャヴェル〉!!」


 その一瞬に生じた確かな隙を逃さず、女性が畳み掛けるように詠唱。

 再び生み出された四本の光の槍が、今度はそれぞれに軌道を変え、異形の獣の四つの脚へ撃ち込まれる。鈍い音を立て突き立った光の槍は、異形の獣の巨躯を、強かに地面へと縫い止めた。


「これで終わりだ――〈ベレヌス・フォル・レググラディス〉!!」


 今一度杖を高く掲げた女性が、腹の底に響くほど、強く叫ぶ。


 すると、杖の先端から生じた光が空へと打ち出され、遙か天空へ飛翔。

 宙にとどまった光の塊は、そこで周囲からさらに光の粒を吸い上げ、急速に凝縮。次の瞬間、人の身の丈すら凌駕するほどの、巨大な「剣」へと姿を変えると――


「食らえぇぇーーーーッ!!!」


 一条の流星となって、異形の巨体の正中線を、まっすぐに突き貫いた。







「ッ……」


 地を転がされそうなほどの、一際強烈な衝撃波が過ぎ去ったころ。陽斗は、伏せていた顔を恐る恐る持ち上げる。


 視界に映り込んだのは、まるで今までの全てが夢だったかのように静まり返った、いつもの帰り道。

 しかし、そこかしこに残されている破壊の残滓と、杖を携えて悠然とした佇まいを見せる女性の姿が、先ほどまでの全てが夢ではなかったことを、言葉なく物語っていた。


「ふぃー。……さて、いつもならコレでお仕事は終わって、引き上げますかーってところなんだけど、も」


 そう呟いた女性は、くるりと踵を返し、陽斗を見やる。

 今だに地面にへたり込んでいる陽斗がまだそこに居ることを確認すると、女性は悠然とした足取りで陽斗の元に歩み寄ってきた。


「ねえキミ、ちょっと『検査』に付き合ってくれない?」

「へ?」


 膝を折り、陽斗と目線を合わせながらそう切り出した女性は、しかし陽斗の了承を待つことなく、懐から何かを取り出す。

 女性の手に収まっていたのは、やや大ぶりな携帯電話とでも形容できそうな、手持ちの機械。カチカチと女性が操作すると、短い電子音声らしきものが鳴り響き、陽斗に向けられた側に取り付けられていたレンズと思しきパーツが、小さく発光した。


「ちょっと失礼〜」


 言うが先か、女性は手持ち機械を陽斗へ向けて、ゆっくりと上下に移動させる。

 動きを見るに、どうやら女性の持つ機械は、何かしらを測定するためのスキャナーのようなものらしい……と陽斗がおぼろげに察するのとほぼ同時に、件の機械が、再び短く電子音を鳴らした。


「おー、やっぱり適性アリみたいだね。しかもこの数値……地球人でこのレベルは初めて見たかも」


 予想通りの結果が出たのか、女性は機械を眺めながら、得心したように笑みを浮かべる。


「え、っと、どういうことですか?」

「あぁ、ごめんね突然。ちょっと、確認しなきゃ行けないことがあったからさ」


 一連の所作の意図を図りかね、陽斗はそう問いかける。


「んー、そうだなぁ。わかりやすく説明するなら……」


 おとがいに指を当て、しばし考え込んだ女性は、ひと呼吸を置き――



「キミ――『魔法使い』の適性があるよ」


 そんな、常識を疑ってしまいそうな一言を、さらりと口にした。



「…………は?」


 発言の意図を捉えかねて、陽斗は半開きの口から間抜けな声を漏らす。

 その姿に滑稽さを垣間見たのか、目の前の女性はどこかおかしそうに、そして悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「あはは、流石にそんな反応になるか。さっきの怪獣とか〈魔術〉とかも、当然見たことなんてないだろうからね」


 そう言って、女性は手に持ったままだった機械の杖を、ぽんと無造作に放り出す。

 音を立てて地面に転がると思われたそれは、女性の手を離れた瞬間、光に包まれる。まるで大気に溶けていくように、無数の光の粒となって、跡形もなく消えてしまった。


「そうだなぁ。キミ、この後時間ある? お家の門限とか大丈夫そうなら、少しお話ししたいことがあるんだけども」


 そんな女性の言葉で――具体的には「門限」という言葉ではっと我に返った陽斗は、手荷物の中から安物の腕時計を取り出す。

 慌てて時間を確認した陽斗は、そこで諦めたようにため息をひとつ。次いで女性に向き直ると、こくりと首肯を返した。


「じゃあ、お願いします。時間なら俺は大丈夫なんで」

「そう? でも、さっきは急いで帰らないとーって雰囲気だったと思うけど」

「あぁ、もう大丈夫です。門限はもう過ぎてますし」

「それは大丈夫とは言わないと思うけど……お家の人怒るんじゃないの?」

「まさか。――それより、いろいろ聞かせてください。気になること、いっぱいあるんです」


 拳を握ってそう告げると、女性は「いいのかなぁ?」とでも言いたげな表情を作りつつも、小さく首肯する。


「ん、わかった。……とりあえず、場所を変えよっか。ソレのお詫びも兼ねて、今日のところは奢らせてくれない?」


 女性が指差す先には、路上に放り出された何かの残骸。

 少し観察して、その中に見慣れた生地の切れ端と、ひしゃげた惣菜の弁当を見つけた陽斗は、ようやくそれが「戦闘に巻き込まれてダメになった夕飯の残骸」だということに気がついた。


「あ……いえ、そのくらいなら持ち合わせてるんで」

「いやいや、そこは素直に奢られといてよ。遠慮するのは悪いことじゃないけど、大人にも面目ってものがあるからさ」

「……わかりました。じゃあ、お言葉に甘えます」

「ん、よろしい」


 満足げに笑った女性に差し伸べられた手を取って、陽斗は遠慮がちにゆっくりと立ち上がった。



***



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