第4話 月夜の散歩
その日の夜、私は眠れずにいた。
それもしかたないだろう。昨日まで石牢にとらわれ、あげく毒殺されたのだからその精神的疲労はかなりのものだと我ながら推測する。
眠れずに布団の上をごろごろしていたが、そうだとあることを思いついた。
いつもこういうときは宮廷内の庭を散歩していたのだ。
私は机の上に置かれていた桃饅頭をふところにいれ、自室をでる。
この日は満月で庭の風景がよく見える。
私はあてもなく宮廷内の庭を歩く。
これである程度疲れて、ぐっすりと眠れるのだ。
よく眠るにはある程度の運動は必要とのことかな。
美しく手入れされた庭を歩く。四月の夜風は冷たく、火照った体に心地よい。
父である皇帝は庭や建築になみなみならぬ興味がある。それは国庫をおびやかすほどではないが、心ある家臣たちからは眉をひそめられていた。
芸術家肌の
そんな人に嫁いだから、私は米が無ければ肉を食べたらいいといっていたなんて噂されたのだ。そんなことをいったとなれば私の印象は最悪になる。きっと皇族を恨むだれかが私を陥れるためについた嘘だと思う。
さすがに私はそんな馬鹿なことはいわない。
こんなことを言ったとされたら、私のことをよく知らない民衆はきっと印象をわるくするだろう。そして逆に私たちを打ち倒した太志真の評価はあがる。
まったくうまく考えたものだ。
私はある意味感心しながら、池の近くに腰をおろす。
父が作った庭はさすがに立派で華麗なものだ。このようなあまり人がこないであろう小さな庭までよく手入れされ、見るものに感動すらあたえる。
宮廷にはこのような庭園が百ほどはある。
私が十四歳のこのとき国家予算は潤沢であり、びくともしないがそれでも無駄使いではないのではないかと改めて思う。
しかし、これだけではまだ太志真は反乱はおこさない。
蘭陽玉に父が夢中になり、国政をないがしろにしなければだ。
死に戻りして蘭陽玉は我がてもとにある。
どうにかして父に見つからないようにしなければ……。
「こんなところにいたらお体を冷やしますよ」
優しくそう声をかける人物がいた。
ふりかえると絶世の美少年が笑みをたたえながら、私を見ている。
その顔は月夜に照らされ、まるで天界の神々のようだ。まあ、それはいいすぎか。それでもその美しさは、人間離れしているのはまちがいないと思う。
その少年は宦官の烏次元であった。
「眠れなくてね」
私は懐から桃饅頭をとりだす。
それを半分にわり、烏次元に手渡す。
あの毒殺されたとき唯一私の味方をしてくれたのは彼だからね。これはそのおかえしのようなものね。
「ありがたく頂戴いたします」
烏次元は半分にわれた桃饅頭を一口かじり、美味しいですねと言った。
私は彼が桃饅頭を食べているところを見て、あることを思い出した。以前にもこのように彼に食べ物を分け与えたことがる。
「もしかして……」
「そうです、前にも皇女殿下にこのように食べ物を分け与えてもらいました。赤王殿下におつかえするまえは私は後宮の雑用係でした。そんな私にとって皇女殿下がくだされたものは何よりの心のささえでした」
大事そうに桃饅頭をかじり、烏次元はそういった。
そうだ、前になんどか夜の散歩を楽しんでいたときにこの美しき宦官にお菓子や果物を与えたことがある。
私はこの夜の散歩を他の人にいわないように食べ物を与えただなんだけどね。
私は記憶をたどる。
以前の烏次元は痩せていて、ところどころにあざがあったと思う。
きっと先輩の宦官たちにいじめられていたのだろう。
この美貌を嫉妬されたのかもしれない。
「皇女殿下、ご存知ですか。この宮廷にはいくつかあのような祠があるのですよ」
烏次元は庭の端を指差す。
小さな小さな木の小屋があり、その中に石碑があった。なにか文字がきざまれていたのだろうが、苔がはえていて読めない。
「へえ、こんなのがあったのね」
「これらは前の
「君は博識だね」
「いえいえ、ただ赤王殿下の知識の受け売りでございます」
烏次元は謙遜する。
この宮殿を初めてとした帝都は前の王朝が基礎を築いたものだ。それをそのまま現王朝である虹帝国がうけついだのだ。
私はうーんと背をのばす。
夜の散歩のおかげで少しねむくなってきた。
「それじゃあ、私は部屋までおくってくださるかしら」
「ええ、もちろんでがざいます」
烏次元をともまい、私は部屋にもどり休むことにした。
それから三日に一度の割合で私は烏次元と夜の散歩を楽しんだ。彼は博識で、その話はとても面白い。どうやら今は宮殿の蔵書の管理をまかされているようで、毎日読書漬けだとのことだ。
ある日の夜、いくつかある庭園を歩いていると私たちは壊れた祠を見つけた。
たぶん、古すぎて自然にこわれたのだろう。
こわれた岩には九とか狐とか書かれていたような気がする。
さらに一月が過ぎ、とある人物が後宮につかえることになった。
その人物は涼文姫といい、西方異民族の貴族の娘であった。
私はその人物を見て、愕然とした。
彼女の妖しいまでの美しさにである。
彼女を見た、皇帝
私はこのような場面を見たことがある。
毒殺される前の人生で蘭陽玉を見たときの皇帝がそうであった。
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