第3話蘭玉陽の正体

私は花梨に連れられて、後宮のとある場所に向かう。そこは厨房であった。

まさかと思ったが、傾国の美女と呼ばれるようになる蘭玉陽はそこにいた。

蘭玉陽はざるに入れた野菜を井戸水で洗っていた。

日焼けした肌をしていて、ふくよかな体型の女性であった。

あれっ蘭玉陽ってこんな人だったかな。

確かに豊かな体をしていたが、もっと洗練された女性だったような気がする。


「あらっ花梨さんじゃないの」

明るい声でその女性はにこやかに話しかける。私の顔を見ると前かけで手をふき、深くお辞儀をした。

「こ、これは皇女殿下ではございませんか。このようなところになにかご用ですか?」

彼女はかしこまって言う。

花梨の話では後宮の厨房で下働きをしているとのことであった。


私はその下級女官の顔をよく見る。

確かにあの傾国の美女蘭玉陽に間違いない。はっきりした目鼻立ちに豊かな胸とお尻がその特徴だ。日焼けしているが、彼女こそ傾国である。まさかこんなところで働いてたとは……。


さて、見つけたはいいが、どうする?

ここで彼女を理由なく追放するか。

皇女のわがままで無理矢理首に出きるだろうか?

いや、それはかなり難しい。

皇帝である父は不正や不条理をなにより嫌う。傾国の美女に溺れる前は、史上類を見ない名君であったのだ。そんなわがままを言って通じる相手ではない。

とは言えこのまま放置していたら、何かの拍子に皇帝の目にとまり、愛姫となれば毒殺の未来が待っている。


私は思案する。

「蘭玉陽、私の専属女官にならないか」

私は蘭玉陽の肩に手をおく。

とりあえず、手元におこう。

私のそばにおいて皇帝の目にとまらぬようにしよう。彼女の処遇はそれから決めたらいい。


「へっ私が皇女殿下の専属に」

驚愕の表情で蘭玉陽は私を見ている。

驚くのは仕方ない。今まで面識すらなかったのに、いきなり専属になれとはわけがわからないだろう。

「嫌なのか」

このぐらいのわがままなら許されるだろう。これは皇帝の嫌う不正でも不条理でもないのだから。

それにこれぐらいの裁量は任されているはずだ。

「明日から私のそばに仕えよ、いいな」

私は花梨に蘭玉陽の上司にそのように伝えるように言う。

戸惑いながらも花梨はかしこまりましたと答えた。


これでとりあえず蘭玉陽は手元におけると思う。早急に適当な相手をみつけて結婚させようか。まさか父である皇帝は離縁させてまで、女性を手に入れる人物ではないだろう。


私が花梨を伴い自室に戻る途中にある人物に出会った。

その人物はこう優哉ゆうさいという名前で赤王せきおうの位にある。

父である皇帝の腹違いの弟の子である。私の従兄弟だ。そして私の婚約者になる予定の人物である。

正式に婚約するのは十五歳のときだから、来年になるのか。

笑顔の似合う好青年といった印象だ。

彼は優しかった。

虹優哉との結婚生活は楽しいものだった。

芸術の好きな彼はよく屋敷に画家や踊り子、楽士などを招いた。

それがまわりまわって、さらに尾ひれがついて私が国庫からお金を引き出しているという話しになったのだろうと推察される。


彼は優しいが臆病者だった。帝都が反乱軍によって包囲されたとき、我先に逃げ出したのだ。しかし逃亡に失敗し、反乱軍の兵士に殺されてしまった。

「ご機嫌うるわしゅうございます、赤王殿下」

私はていねいにお辞儀する。

毒殺の未来を避けるには彼との結婚も考えないといけないな。

万が一戦乱となったら彼はまるで頼りにならない。

「凛明は今日もかわいいね」

そう言い優哉はその手で私の頬をなでる。

近くで見る優哉は誰がどう見ても美男子だ。

私が知る限り二番目の美男子だ。

「お戯れを」

そっとその手を私はどける。

彼と仲良くなるのは得策ではない。

「殿下、お時間がございません」

優哉のおつきの者が声をかける。

その人物は漆黒の衣をまとっている。そのような衣装をまとうのは宮廷及び後宮では宦官だけだ。

私はその宦官に視線をむける。

それは私が毒殺される寸前、ただ一人私をかばった人物だった。

あのときよりもかなり若い。当たり前か、十年前だからね。その美しい顔に少年のあどけなさをわずかに残している。

私はその少年宦官の美貌に心を奪われた。

毒殺される前は気にも止めなかった宦官に私は目を離すことはできなくなっていた。

そうだ、思い出した。烏次元は私と結婚する前の優哉ゆうさいにつかえていたのだ。


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