第8話 知らない感情<零>

「あぁーくそっ」

イライラが止まらない。

「れいーまだ怒ってるの?」

バンドメンバー”R-end”のベース志久しくるいが話しかけてきた。

「暁音さんが僕らのマネージャーじゃなくなったの仕方ないじゃん。今世界的大スターのスティーヴと一緒に世界回ってるんだからさ」

「同感だな。そもそも彼が裏方にいること自体異常だ。世界的ドラマーとして活躍するならそれを応援すべきじゃないか綾辻」

ギター兼ピアノを担当している伊織いおりきょうが追い打ちをかけてくる。

「……くそ……んなことわかってるんだよ」

小さく呟いた。

「零は目の前のことに集中して」

俺の幼馴染にしてメインボーカル兼ギター兼作曲を担当している八雲やくもれんにまで小言を言われる。

「いやぁ〜わかってるんだけどさ」

暁音さんが海外に行って、すでに2ヶ月以上経っていた。


俺らは次の新曲の打ち合わせ中だった。

「ここのドラムどうする?」

「うーんこれバラードだよなぁ……ドラムあんまり目立たさせる曲じゃないし……」

前のツアーの時は暁音さんには相談せずにドラムを入れたが、それは暁音さんを驚かせたいという思いもあった。音楽でなら暁音さんに伝わるのではないかと。それまでは暁音さんに逐一どうすればいいのか相談していたので、自分1人というよりは、暁音さんと一緒にドラムを入れていた。しかしそんな暁音さんは近くにおらず、どうすればいいのか自分自身でもわからなかった。

蓮からやたら痛い視線を送られてくるが、俺は気づかないふりをする。

「まぁいいやまだ時間あるし、一旦ここのサビ前は保留で。じゃあこっちの部分について」

しばらくメンバーみんなで意見を出し合った。

そしていつもであれば作詞は基本的には蓮。たまにメンバーが書いた詞を採用すると言った感じなのだが、なぜか蓮は今回は俺に書けと言って聞かなかった。

これ確か恋愛ドラマの後半で使用する曲だったよな。

苦手なジャンルの作詞。恋愛は蓮の得意ジャンルだ。

だから蓮がどうして振ってきたのかよくわからなかった。でもやる前から諦めたくなかった。

蓮からこの曲のイメージやドラマの内容について大まかに聞いた。

他のメンバーもなんだかんだ作詞してくるんだろうけど。

バンドメンバーは皆蓮の曲のファンだから、あわよくば自分の詞を載せたいと思っている。蓮は俺を指名したが、必ず俺の詞を使うわけではない。他にいい詞があれば迷わずそちらを採用するだろう。

恋愛か……。

恥ずかしながら今まで誰かに恋心を抱いたことがない。学生時代に言い寄ってくる人はたくさんいたが、個人的に遊んだりすることもなかった。

そんな俺が恋愛か。恋愛ドラマでも見ればいいのだろうか……。


スタジオに篭りドラムを叩く。

こうすれば余計なことを考えずに済む。

しかし今日はなんだか調子が悪い。

俺はドラムに出会う前は何でストレスを発散していただろうか。

ふとここ数年を振り返ってみる。

高校1年でドラムと出会い。蓮と始めたバンド。

親からは学業に支障をきたさないなら自由にしろと言われた。

だから俺は勉強以外の時間はドラムを叩いていた。

ライブも定期的に開催してとても充実した日々を送っていた。

大学に上がってからもドラム叩いてたな。

思い出が学業かバンドのことしか思いつかない。

でもここまで熱中できるものに出会えたのは奇跡かもな。

そして蓮と暁音さん含めバンドメンバーがいたからここまでやってこれたのだろう。

でも学校を卒業した分時間に余裕ができた。

俺はその時間を何に使えるだろうか。

もっといろんな音楽を聴きに行くべきか。ドラムの楽しさを発信していくべきか。

暁音さんみたいな人になるか。

さすがにバンドマンがドラムを教えるのは現実的ではないか。

「……暁音さん元気かな……」

ふと言葉が漏れた。



1週間経ったが蓮に依頼されていた歌詞が描けていなかった。

「零さん歌詞どんな感じですか」

「……」

「あー描けてないんですね」

意地悪そうな顔で琉に言われた。

「綾辻恋人でも作ったらどうだ」

「えっちょっと待って。京も歌詞書いてきたの?琉はまだわかるけど……」

京が溜息を吐く。

「零さんってチャラそうに見えて意外と恋愛の話ないですよね?」

「っ……。俺はドラム一筋なんだよ」

「いやぁ零さんのそう言う面いいですよね〜」

「綾辻変なやつに捕まるなよ」

「あっそう言えば」

琉が何かを思い出したようで大きな声を出した。

「これこれ〜この記事見てくださいよ〜」

そう言って見せられたのは世界的な女優と男性の姿だった。

「これ多分暁音さんですよね」

「いやあの人に限って恋愛なんて……」

暁音さんが恋人いるのかは聞いたことない。でも俺らのプロデューサーになってからは、長い時間一緒に過ごしていたし、それ以外の時間もドラム教えてもらったりしていたので、遊んでいる時間なんてなさそうだった。

海外に行った途端女と遊びか。

「この人すごい人気なんだよね。暁音さんそんな人と知り合いなんだね」

「まぁよく考えてみたらあの暁音さん、両親も有名人だしな」

「俺らの面倒大変だったのかなぁ〜」

「暁音さんはそんな人じゃない」

俺はその言葉が声に出ていたことにハッとした。

「まぁーね。こんなのどこまで事実かわからないし本人に聞くのが1番」

「そうだな。それじゃあ八雲も戻ってきたことだし続きをしよう」

そう言って次の曲や歌詞などについて意見を言い合った。

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