第9話 言葉にならない気持ち<零>

はぁ〜疲れた。

一応書き進めた歌詞をみんなに見せたが、非難轟々でダメ出ししかされなかった。再度考えてくるように言われた。なんでみんなあんなにスラスラと詞が出てくるのだろう。

「零、待って」

帰り支度をして部屋を出ようとしたところで蓮に捕まった。

「ん?なに?一緒に帰る?」

「今日予定ある?」

蓮が誘ってくるのは珍しい。

「……いや、ドラム叩きにスタジオ行こうかと思ってた」

「そっかじゃあ。ご飯は食べないで18時になったらここに来て」

そう言って蓮は俺の携帯にURLを送ってきた。


俺は時間になると指定された場所にやってきた。

「こう言うお店くるの久しぶりだな」

小さい頃は両親と少し高そうな料亭に来ていたが、いざ自分が大人になる格式高くて避けてしまう。

「えーっと。八雲?で予約入ってますか」

お店の人に部屋まで案内してもらう。

「こちらが椿の間でございます」

「ありがとうございます」

俺は襖を開け中にいる人物を見て驚いた。

「えっ……あっ……暁音さん?!」

蓮がいると思っていたが、蓮はおらず暁音さんがいた。

「……他の人の迷惑になるだろう。取り敢えず扉を閉めて入っておいで」

俺は幻でも見てるのかと思って、軽く手の甲をつねってみたが、痛かった。

俺は暁音さんの向かい側に座ると早口にしゃべった。

「なんで暁音さんいるの?帰ってくるまでまだ3ヶ月以上あると思うけど??」

「はは」

暁音さんが軽く笑う。

「世界巡っているんだから日本にだってくるだろ」

「えっ……あぁそっか」

海外公演だと思っていたので、日本に来ることを知らなかった。

「でもなんで?」

「蓮から話があるって呼び出されたんだよ」

「えっ俺も蓮から食事に誘われたんだけど……」

「嵌められたな」

暁音さんは何か考えたようだったが、一息つくと質問してきた。

「最近調子はどうだ」

「いや、それがさ」

そうして俺は今歌詞に行き詰まっていることを告げた。

「そう言えば零って恋人の話聞いたことないけど、誰かを好きになったことないのか」

「えーっと……。そう言う暁音さんは?なんか女優さんと撮られてたみたいだけど」

暁音さんはハハッと笑った。

「俺が今お世話になっているスティーブの姪っ子さんでね。ドラムを見て欲しいと直々の依頼されてみてただけで何にもないよ」

ちらっと俺の方を見る。

「彼女には恋人もいるしね」

そっか特に何もないのか。

「……良かった……じゃないー。俺暁音さんがどこか遠くの人になったみたいで怖かったんだからー」

暁音さんは目を細めると「妬いた?」と手を伸ばして俺の髪に触れながら言った。

その仕草になぜかドキッとした。

「……んーでもずっと暁音さんいたから、やっぱりいないと寂しいなって思う」

「……そう」

「暁音さんってさ、今後も海外で活動するの」

気になっていた質問をする。

「……どうかな。そうした方がいい刺激になるとは思うんだけどね……」

「そっか……あんまり会えなくなるんだな」

「……みは……どうし……」

暁音さんが何かを呟いた。

「零は俺がいないと寂しいの?」

「うん。寂しい」

「でも蓮がいるだろ?」

「蓮はドラマの打ち合わせとかで忙しいから、打合せ以外ではあんまり一緒にいないんだよな」

「そうか。ドラマの撮影もそろそろ始まる時期だもんな」

「そう。演技の練習とかセリフ覚えるの大変そうにしてる」

「蓮睡眠ちゃんと取れてるのか」

「あー多分悠さんがそこら辺は調整しているんじゃないですかね……」

「そうか。まぁそれなら大丈夫か」

俺は少しだけイラッとした。

「暁音さんと悠さんってどういう知り合いなんですか」

「急にどうした?」

「あの人信頼できる人ですか?」

暁音さんは少しだけ驚いた表情をしている。

「悠は俺の大学の時の先輩で、俺が会社を作った時から一緒に働いてくれている。頼れる人だよ」

「そう……」

「何か悠とあったのか?」

「いえ、特にはないです。気になっただけです」

「そうか。何かあったらちゃんと俺に言えよ」

暁音さんはまっすぐこちらを見ていた。

「ところで、零は気になる人いないの」

暁音さんが話を戻した。

「うーんそれがあまりその気持ちがわからないんだ」

わかっていたら歌詞をすぐにかけていたに違いない。

「それじゃあ、蓮のことはどう思ってる」

「蓮?そうだなぁ。放って置けない存在かな。あいつどこでも寝るしご飯は食べないし手がかかる。でもそれでもすげぇいい曲作るから、全て許しちゃうんだよなー」

「そうか。それじゃあ俺は?」

暁音さんの声のトーンが少し下がった。こちらを見つめる瞳に鼓動がドキッとする。

「えーっと暁音さんは、俺の師匠で、ドラムが好きで、音楽が好きで俺の目標……かな」

「そうか」

暁音さんはしばらく無言で何かを考えていた。

と思いきや手を伸ばしてきて俺の指に指を絡めると、俺の手の甲に唇をつけた。

「なぁ零俺と付き合わないか」

「……えっ」

暁音さんの言った言葉の意味を考える。

「付き合うって?この後どこか行くってこと」

「恋人にならないかってこと」

「……」

「あぁ明後日まで日本にいるからゆっくり考えてくれ」

そう言い残すと暁音さんは上着を着て部屋を出ていった。

「はっ……」

取り残された俺はしばらくどうしていいのかわからずに言葉を反芻していた。

「俺が暁音さんの恋人……」

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