第7話 綾辻零という存在<暁音>

「あかね……あかね……」

誰かに名前を呼ばれる。

名前の呼ばれた方を見るとスティーヴが俺を見ていた。

「スティーヴ?何かあったか?」

「いや……この後の事についてだけど」

「あぁすいません」

海外に来てすでに1ヶ月が経つ。ツアーはまだ始まっていないが、他のメンバーとの顔合わせやツアーのための宣伝作業のために早めに渡米していた。

「ほらあかねっ!あそこの家とかどうだ?」

「あかねっ!あそこのピッツァが絶品なんだ」

「あそこから夕陽が綺麗に見えるんだ」

スティーヴは車内で何かを見つけるたびに俺に声をかけた。

こういうところは昔から変わらない。



「ところで暁音は終わったらこっちで活動するの?」

スティーヴに唐突に聞かれて俺は咄嗟には答えられなかった。

「……悩んでます」

「そう?まぁ暁音程の実力があればこっちでも活動できると思うけど、いつでも力になるから」

「ありがとうございます」

スティーヴのサポートの日本人ドラマー。今の所あまり期待はされていないようだ。

まぁ日本でも無名だから仕方ないのだが。

このツアーを通して認めてもらえるのなら、こっちでも仕事は困らないだろう。

6年前なら迷わずこっちでの生活をとっただろうな。

俺の中で零という存在の大きさを改めて感じる。

いや、零から離れるためにこっちに来たんだ。あまり考えないようにしないと。

俺は気合いを入れ直した。



俺は音楽以外に大事なものはなかった。

ドラマーとしていろんな楽曲やライブで叩く合間にドラムのメーカーとドラムについて試作したり、海外へ飛んで日本に卸すために交渉したりととても充実した日々を送っていた。

特定の恋人はいなく、いろんなタイプの人と寝た。いい人がいなかったわけではないが、いつも決まって振られるのだった。

「そんなに音楽が好きなら音楽と結婚すればいい」

「僕は音楽には勝てないよ」

なんてそんなことを言われていた。

でも零は違った。彼は蓮の音楽に出会い、ドラムに出会い音楽を好きになった。俺の周りは音楽をしている人ばかりだったけど、彼はそれまで音楽に興味がなかった。ドラムを教えたのは気まぐれだったが、俺は自分の小さい頃を見ているようだった。新しいことができるようになる度面白くて、新しいことを知るたび胸が躍った。

同じドラマーだからなのか。彼の楽しそうな表情横顔が好きなのか。気づけば音楽と同じくらい好きになっていた。……いや初めて音楽を超えるくらい大切な存在となっていた。

俺のことを師匠として慕ってくれている零に邪な気持ちが邪魔をする。上目遣いも笑顔も全て自分にだけ向けられたらいいのに。

音楽以外でこんなに大切なものに出会えると思っていなかった。

だから怖いのだ。気持ちを伝えて拒絶されるのが。失望されるのが。

だから逃げてしまえば良いと思ったんだ。彼から離れば、音楽に打ち込めば考えなくて済むから。

いい歳して何やってるんだと悠にも言われたが、彼から笑顔を向けられなくなるくらいなら、関係を壊さないこのままの状態が1番ベストなのだ。

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