第3話 生意気な少年<暁音>

==過去 6年前==

何度目だろうか。

目の前の男が俺の顔を平手打ちした後何か喚いている。

俺にはただの騒音にしか聞こえなかった。

彼は俺が何も反応しないからなのか、荷物をまとめて出て行った。


俺は時計を見て時間があるのを確認すると煙草を吸って一息つく。

ホテルを後にすると仕事の取引先へと向かった。

俺の仕事は音楽プロデューサー兼楽器(ドラムがメイン)のバイヤーだ。

今日は楽器屋に最新のドラムの紹介と売れ行き等の確認をしに行く予定だ。


お店に着くと早々に店長にすでに数十分ドラムを眺めている少年がいるから何かアドバイスをしてやってくれと言われた。

俺は制服を着たその少年に声をかけた。

「ドラムは初めてか」

少年はゆっくりとこちらを振り向いた。

整った顔立ちをした栗色の髪の少年の眼光に少しドキッとした。

「お兄さんドラム詳しいの」

「まぁここの店員よりは詳しいな」

「そうなんだ。それじゃあどれ買えばいい?何がいいのか悪いのか全くわからなくて」

先に楽器を買うタイプなのだろうか。家の防音環境とか大丈夫なのか。

それよりも眺めただけで実際に叩きもしないで決めようとする少年に少し苛立ちを覚える。

「少しは好みとか、メーカーとか価格とかないのか」

少年は少し考えたようだが、「なんもないっす」と言った。

「そうかそれなら実際に叩いたほうが違いがわかるだろうから、そこに座ってみて」

お店に置いてあるドラムの電子ドラムと通常のドラムを試させることにした。

「ドラムは音もそうだが振動もすごいから、きちんとした防音の環境がないならおすすめはできない」

そう言って彼にステックを渡す。

「適当に音を鳴らしてみるといい」

彼はスティックを握ると手前に置いてあるスネアを叩いた。

タン。タン。

「おおぉすげぇ」

「意外と音響くだろ」

コクリと頷いた。

彼はタムとシンバル系を叩いて音の違いを確認する。

「右足のところにあるペダル踏んでみろ」

ドンッ。

「もっと勢いよく踏んでみて」

先ほどよりも重低音が響く。

左足にもペダルがあることに気づいた彼は、恐る恐る左足のペダルも踏んだ。

シャン。

「おぉいいな。踏んだままステックで叩いてみな」

彼は言われた通りにペダルを踏んだままハイハットを叩いた。

シャ。

シャープな音が響いた。

「シンバルの間少しだけ開けて叩いてみな」

彼は言われたとり、左足を少しだけ優しく踏んで隙間を開けた。

シャーン。

シンバル同士が触れ合い音がより響き渡る。

「すっご……こんなに変わるんだ」

「奥が深いぞ」

楽しくなってきた俺はそれ以外のタムなども一通り叩いてもらった。

移動して電子ドラムも叩いてもらい違いを知ってもらう。

彼は最初に叩いたドラムの感触と違うからなのかしっくりこないというような表情をした。

「お兄さんドラム叩いてみてって言ったら叩いてくれる?」

ドラムに興味を持ったこの少年の反応がいいから機嫌が良くなった。

「もちろんだ。店長少し叩かせてくれ」

「おうっ」

奥から店長の声が聞こえた。

俺は基本的なエイトビートを叩く。しかし彼の真剣な眼差しに挑発されかっこいいフィルを入れ、どんどん叩くスピードを早くした。

あぁやっぱりドラムは楽しいな。

ドンドンドンドン。シャーン。

最後にクラッシュシンバルを派手に叩き演奏を終える。

「やばっかっけぇ」

「こいつプロだからな。良かったな」

店長が誇らしげにつぶやいた。

「すげぇ楽しそうに叩きますね。俺ドラムにハマりそう」

「そうかそれはよかった」

「ちなみにドラムってどうやって練習すればいいの」

「うーんそうだな」


こんな生意気な少年こそが、俺の人生を変えた綾辻零との出会いだった。



深夜22時30分。連絡を貰い待つこと30分。彼は俺の家の前に来ていた。

「本当に来たのか。それで?」

彼は幼馴染とバンドを組むためにドラムをやりたいと漏らしていた。彼の知り合いの動画を見せてもらったが、人気になるだろうと踏んだ。だからドラムを本気でやりたいなら連絡してくれと連絡先を伝えていた。半分冗談のつもりだったが、本当に来るとは思わなかった。

「1週間でドラムをできるように鍛えてください」

「1週間……」

「バンドを組むために1週間で曲を叩けたら考えてやると言われました」

「学校はどうするんだ」

素人が1週間でどこまでできるか。そしてどのレベルまで目指すのか。時間はかけただけ上手くなるが、学生に道を踏み外させるのは大人としてどうなのか。

「勉学に関しては手を抜くつもりはないですが、この1週間は休もうと思ってます」

「いや、ダメだ学校はちゃんと行くのが条件だ」

彼は少し難し顔をした。しかし、彼もドラムをできるようになりたいのだろう。案外悩まずに返事をした。

「……わかりました。学校にはちゃんと行きます。それ以外の時間は全部ドラムに捧げます。よろしくお願いします」

彼は深く頭を下げた。

「改めて俺は久藤暁音。よろしく」

「俺は綾辻零。よろしく久藤さん」


「それで、何の曲をやるの」

「あっ楽譜と音源はもらってきました」

そう言って彼から楽譜を受け取る。

しばらく眺めてから彼に「音源も聞いてもいいか」と聞いた。

「もちろんです」

彼が携帯から流したギターの音源。ここにこのドラムを入れるのか。

「無謀だな」

一息ついてから続けた。

「まぁそれでも君はやるのだろう。俺が教えられることは教えてやろう。でもこの曲を最後まで走る切れるとは思わない方がいい」

「……それでもやれるところまでやります」

「まぁそうだな。取り敢えず時間がもったいない。早速練習をしようか」


彼を防音室へ案内する。

「先程のドラム実際に叩くから、よくみていてくれ」

俺は自分の携帯に先程の音源をもらい、スピーカーへ繋ぐ。

譜面台に楽譜を置き、椅子に腰を下ろす。

ギターソロから始まるその曲は、優しい感じがするが、ドラムを細かく刻んでいるため、初心者にやらせるのはなかなか厳しい曲だ。バンド組ませる気がないのか。試しているだけなのかどちらにしても。

「性格悪いな」


ジャーン。

クラッシュシンバルを激しく叩く。

「これがお前が目指すべきゴールだ」

「……お……おぅ」

やる気を失ったか。彼の返事はとても小さかった。

「1週間しかないから、セッティングとか細かいことは省略するぞ」

「あぁ」

俺は椅子から立ち上がると彼を椅子に座らせた。

「高さ調整するから一回座ってみてくれ」

彼は言われた通りに腰を下ろした。彼の身長は俺よりは少し小さいため、それぞれ微調整す流必要があった。

棚から適当にスティックを1セット抜き出すと、彼に手渡した。

「最初にお前のリズム感の確認とリズム力のトレーニングから始める。俺の言った通りに手を動かしてくれ」

俺は空いてるスペースに、近くに置いてあるスネアを持ってくると手本見せた。

「まずは基本から」


時計を見るとすでに深夜0時を回っていた。

「一旦休憩するか」

基本的な基礎を練習し、なんとか手と足でリズムを刻めるようになってきた。

しかし彼は俺の声が聞こえていないのか、ぴくりとも反応しない。

俺はそっと部屋を出ると煙草を吸うために外に出る。

青春だな。1つのことにここまでの情熱を注ぐことができるのは若さ故かもな。

すでに青春などど青臭い時代は遠に過ぎ去った。

一服を終え防音室を覗く。

彼はまだ集中しているようだ。俺は彼が出てきた時に困らないように、メモを残すと寝室へと戻る。


翌朝、6時30分のアラームで目を覚ますと、さっと支度をして彼のいる防音室へと向かう。

防音室のドアを開けるとすでに彼はドラムを叩いていた。

「朝までやっていたのか」

「えっ?もう朝なのか。全然時間足りねぇ」

ずっと練習していたとは思えないほど元気があった。

「今日はテンポをあげて基礎ができたら、曲に出てくるリズムをやろうと思う」

「うっす」

今日は土曜日で学校がないので、今日と明日でどこまで詰められるかが勝負だ。


リズム感は悪くないが、早くなると手が追いつかなくなるな。

「うーん。そういや持ち方ちゃんと教えてなかったな」

そう言って彼に握り方を教える。

「あまり強く握るなよ。音を出す時は少し大きく振りかぶって手を下ろせば音が大きくなる」

そう言って強弱の手本を見せる。

彼は難しそうな顔をしながらも、真似て叩く。しばらくは感覚を掴めない様だったが、少しずつ感覚を掴んだようだ。

その後も順調に進むと思ったが、やはりある程度の速さになるとついて来れなかった。

「休憩を挟んだら、一旦リズム練をやろう」

苦手なことをずっと続けるよりは少しリフレッシュした方ができることもある。


正直俺は彼が諦めるような気もしていた。

彼の友達が作っている曲は間違いなく売れるだろう。その友達が1人でデビューするのか、目の前の彼がドラマーとして一緒にバンドを組むことになるのか。あとは彼がどこまで頑張れるかにかかっている。


綾辻零は弱音を吐かずにやり切った。

正直1週間で叩けるほどの曲ではなかった。


俺は彼のその真剣に取り組むまっすぐさにどこか惹かれていったのかもしれない。

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