第2話 その笑顔を守りたい<暁音>
==本番少し前==
「よっしゃー楽しむぜ」
「イェーイ楽しみましょうー」
零と琉は本番前にすでにテンションが高い。
「2人ともうるさい。騒ぐのは本番だけにして」
「久しぶりのライブなんだからテンション上がりますって。むしろ京さんなんでそんなに落ち着いているんすか」
琉と零は顔を見合わせて考え込んだ。
「緊張してるだけなんじゃ」
ニヤニヤする2人。
「はぁ頭が痛くなってきた」
京は右手を頭に添えていた。零は全く話に入ってこない蓮の方へ近づいた。
「蓮は何やってるわけ?」
本番前にヘッドホンをしている蓮に近づいた。
しかし蓮は特に気にする様子もなく、紙に何かを書いていた。
「あっやばまじか……作曲中だ」
他のメンバーは盛り上がった。
「いやったぁー。ツアー中に新曲いくつできるかな」
「まぁあまりプレッシャーは与えない方がいい」
「取り敢えず本番間もなくだけどギリギリまでは静かにしとこーぜ」
蓮が作曲している時は邪魔をしないのが暗黙のルールとなっている。3人とも蓮の曲が好きだからこそ書ける時に書いて欲しいのだ。
蓮のスランプは抜けたと聞いていたが、本番前のこんな状況さえ曲を作っているなんて。スランプの時の荒れた蓮を思い出すとなんとも言えない気持ちになる。
”R-end”のメンバー全員が蓮の作る曲の1番のファンで、彼のことを大切にしている。
本当にいいグループだ。
俺は少し離れたところからメンバーの様子を見守っている。
「暁音?」
俺の部下の
「あぁすまない」
「彼らの凄いね。俺も気づけば口ずさんでたよ」
こいつは最近”Rend”の現場へ連れてくるようになった。それまでは違う部署にいたのだが、無理言ってお願いしたところ、快く快諾してくれた。
「あぁもっと忙しくなると思う」
「ふぅーん。自分は少し休もうってか」
肘でくいくいと押される。
「そうじゃないさ。俺自身のために……ね」
「まぁいいけどさー」
「それより暁音はどっちで見るの?裏?表?」
「俺は裏から見てるよ。悠は前から見てくれば?ファンの様子もわかるし、初めてだろ」
身長が高く目立ってしまうため、あまり関係者席には行きたくない。
あとは何かあった時にすぐに動けるように。まぁ少しでも近くで彼を見ていたいというのもある。
「ふぅーんそういうものか。じゃあせっかくだから俺は関係者席で見てくるな。ちなみにどれくらいに戻ればいい?」
「そうだな。アンコール前には戻ってこい」
「オッケー」
そう言って去っていった。
少し前までガヤガヤしていた客席が、消えたライトの中で期待と緊張に包まれる。
メンバーはすでに配置についていた。
カッカッカ……とドラムスティックの音が聞こえると、曲が始まり舞台上がライトアップされる。
キャーというおびただしい歓声と共に1曲目が始まった。
本当に皆待ち望んでいたんだろうな。俺もこの日を無事に迎えられたことに少し肩の荷が降りた気がした。
ライブは滞りなく進んだ。
琉は始まる前はあんなにはしゃいでいたが、曲が始まると表情が一変した。しかし彼はとても楽しんでいるようで、曲に浸りながらも、アレンジを加え盛り上げるところはとことん盛り上げた。そして何より彼はファンサがえげつない。トーク中は誰よりもよく喋るし楽しいでいる。
そんな琉を横目に京はやはり落ち着いている。彼は曲中は一層迫力が増す。彼は曲によってはギターからピアノに変わる。髪で表情はあまり見えないが、彼は彼でとてつもなく曲に入り込んでいる。
蓮は前日こそ不安がっていたものの、声ものびのびとしていて調子がいい。ライブ会場の空気を掌握する。切ない曲になるとそこかしこから鼻を啜る音や嗚咽が響く。しかし他の客にはその雑音が気にならないくらい熱中させる。ファンというよりは宗教みがある。
零は後ろから他のメンバーそして、会場全体を見回してとてつもなく満足そうな表情をしている。ところどころアレンジの手数が半端ない。
「ほんとみんな恐ろしいな」
大盛況で幕が閉じた。俺はメンバーの元へ声をかけに向かった。
しかし客からのアンコールの声が響き渡った。
メンバーの表情を見るとアンコールに応えるようだ。
軽く汗を拭い、水分を補給するとまた舞台上へと戻っていく。
その背中を見送る。なんて逞しくて眩しいのだろう。
スポットライトの光を浴びてより一層輝く。
俺にはとてつもなく彼らが輝いて見えた。
アンコールも終え、裏に戻ってきた。
“R-end”のメンバーはすでに全員集まっていた。
「いやぁーやばかったわぁ〜まだ手が震えてるわ」
「零さんわかるっす。あっという間でした」
「また……始まるんだな」
「……とう。みんな待っててくれてありがとう」
小さい声で蓮がつぶやいた。俯いた瞳からは雫が溢れた。
「当たり前だろ」
蓮の頭に零が手を置いた。
「そうですよ。蓮さんが復活するまでいくらでも待てますよ俺ら」
琉が蓮の左肩を軽く叩く。
「おかえり八雲。こちらこそ素敵な景色を見せてくれてありがとう」
京が蓮の左肩に優しく触れる。
しんみりした雰囲気をしばらく温かく見守る。すると隣に立っていた悠が小さい声でつぶやいた。
「いいねー青春だー」
「そうだな」
こういう青春っぽいこととは無縁だったので微笑ましく思う。
「それでどうだった?彼らのライブは」
俺は悠に尋ねた。
「あぁそうね。ライブが人気な訳がわかるよ。調整された音源じゃなくて響きや空間が彼らをより引き立たせるね」
「そうか。逆に気になったことはあるか」
「おぉー手厳しいね。そうだな……」
忌憚のない意見を聞く。時にはファンの意見も集めてより良いものを作り上げたい。
今後も活躍していくであろう彼らのことを考えて。
「明日は2回公演だから、集合時間今日より早いから早く帰ってしっかり休んでくれ」
“R-end”のメンバーに声をかける。
「俺は明日は打ち合わせで来れないが、怪我等ないよう気をつけろ」
「えー暁音さんいないのー」
零が少し寂しそうな声で叫ぶ。
「零俺がいないからって油断するなよ」
少し口を膨らませる。
「そんなことしないって、俺ドラム大好きだもん」
「そうかまぁ楽しんでくれ。他のみんなも」
「はぁーい」
まだまだ元気そうなメンバーだ。この後打ち上げでもいくのだろうか。
そう思ったが、蓮は引き続き作曲モードのようだ。何か口ずさんでいた。
「れーん帰るぞー」
零が蓮の荷物をまとめて帽子を被せた。
席を立たせたもののぶつぶつ何か言っていた。
「気をつけろよ」
俺は零に声をかけた。
「おぉありがと」
彼らに別れを告げ自宅に戻る。
自宅に帰るとすでに0時をまわっていた。
急いでシャワーを浴び、仕事のメールに一通り目を通した。ベッドで横になる。ふと今朝零が寝ていたことを思い出してしまった。
「やらかした……」
零の寝顔を思い出し、寝付けなくなった。
普段から寝顔は見慣れているはずだったのだが、このベッドで寝ていたことにムラっときた。
「シャワー浴びたばかりなんだが」
背徳感を感じながら、抜いてしまった。
「さすがにアウトだよな……」
これ以上零の近くにいたら、何をするかわからない。
相手は11歳も年下でノーマルだ。不毛な恋。
いつからあいつをこんなに好きになっていたのだろうか。
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