明日ゼロから始めよう

白雪凛(一般用)/風凛蘭(BL用)

第1話 眩しく光る君の髪<暁音>

明日が復活してから久しぶりのライブツアーの初日だと言うのに、スタジオ内は大荒れだ。

俺、久藤くどう 暁音あかねは”R-end”のプロデューサーとして、スタジオの片隅で雑務を処理しながら事の成り行きを見守りことにした。

「だ・か・ら、そこ勝手に音を変えるな」

「今の蓮さんの感じだと、こっちの方がしっくりくるんです」

「琉お前毎回毎回勝手に変えやがって、たまには譜面通りできないのか」

怒鳴りあっているのは、”R-end”のギター兼ピアノの伊織いおり きょうとベースの志久しく るいだ。

「蓮さん今の変えたら歌いづらいですか」

「……あんまり気にならない」

メインボーカル兼ギターの八雲やくも れんはマイペースに答える。

「ほら、京さんが気にしすぎなんっすよ。ライブなんだからもっと派手に行きましょ」

「お前はライブのたびに変更するだろ。リハくらいちゃんと弾いてくれよ」

「えー。むしろリハだからアレンジしてみるんじゃないですか?急に本番で変えられるほうが困惑するでしょ?」

これは長くなるだろうかと思ったタイミングで仲裁が入る。

「京も琉もそこまで、休憩入れるから一旦落ち着け」

ドラムの綾辻あやつじ れいがいがみ合う2人を引き離す。

「明日から始まるんだから、仲良くやってくれ」

ライブの直前はいつもこんな感じだ。あまりにも場が悪くなるようであれば、俺も止めようと思うが、これで本番いいものができるなら不用意に止めるものではない。

考え抜いたその先にいい音楽が待っている。


零は蓮に近寄ると声をかけた。

「なぁ蓮。久しぶりのライブだから緊張してるのか」

ぱっと見特にそのような雰囲気は感じないのだが、幼馴染の勘だろうか。

「……少し」

「まぁそうだよなー。大丈夫。みんな蓮を待ってた人たちだからさ」

”R-end”はしばらく新曲を出していなかった。と言うのも曲を作っている蓮がスランプに陥っていたからだ。

それでもツアーを開催してチケットが完売するほど、彼らの復活を楽しみにしていたファンが多い。

彼八雲蓮の作る曲は中毒性が高いのだ。

彼が高校生だった頃に、ライブハウスで弾き語りをしていた彼は、口コミで話題になりバンドを組む前からファンが付くほどだった。

そんな彼と久しぶりに出会った零がバンドを組もうと声をかけ今に至る。

蓮は曲作りに没頭すると寝食を忘れて作業するため、零は定期的に蓮の家を訪ねては家事をしているらしい。蓮の両親はというと父は家にいることが少なく、母はすでに亡くなっている。そのため、家が隣の零が面倒を見ているというわけだ。


「そうですよー俺新曲も大好きですし、みんなを盛り上げますからー」

「そうだ八雲は1人じゃない。お前はお前らしく歌ってくれれば構わない」

休憩から戻ってきた琉と京も蓮に声をかけた。

「それじゃ今日は軽く流したら終わるぞ」


練習が終わるとメンバーはそれぞれ去っていった。

俺は部下に明日の段取りの最終確認を行うと集合時間の指示を出し、仕事場兼自宅に戻ることにした。

部屋で作業をしていると1通のショートメッセージが届いた。

俺はその内容に目を通すとどうするか悩んだものの”喜んで”とだけ返事をした。

翌朝。カーテンから漏れる陽の光で目を覚ます。

携帯を見ると時刻は午前5時。昨日は少し遅めに寝たのでもう少し寝ようと思ったが、シャワーを浴びてルーティーンであるドラムを叩きに行くことにする。


「おはよう」

受付にいるスタッフに声をかける。

「あっ暁音さんおはようございます」

俺の自宅は地下がレコーディングスタジオ。1Fが会員専用のレンタルスタジオである。

父がピアニスト兼音楽ディレクター。母がヴァイオリニスト。兄もピアニストという音楽一家である。

父が音楽ディレクターとして仕事を始めるときに元々レコーディングスタジオがあった建物を改装して自宅も建てた。

俺はドラムが置いてあるスタジオへ向かおうとして、1箇所だけ電気のついた部屋があることに気づいた。

「あれ?誰かドラム叩いてるのか」

俺はスタッフに尋ねる。

「あ……はい。暁音さんのよく知る人ですよ。眠れないとか言って……」

話は途中だったが、俺は専用のルームキーを手に取るとその部屋へと向かった。

ピピッ。電子キーが解除されると俺は部屋の扉を押し開けた。

「やはり……」

そこには”Rend”のドラマーの零がいた。俺は楽譜を睨みながらドラムを叩いている零の前に立つ。

部屋に入ってきた侵入者の顔をみると、少し安心したような表情をした。

「あ……見つかっちゃったかー」

耳栓を外すと、お手上げポーズをした。

その目元にはうっすらとクマができていた。

「まだ叩き足りないか?よければ少し俺の部屋来ないか?」

俺は冷静を装いつつ、尋ねてみた。

「……あーそっか暁音さんの部屋上にあるって言ってたっけ」

今まで誰かを部屋にあげたことはないが、手がけてきたバンドメンバーの1人なので体調や悩みがあれば聞いてあげたい。

……いや本当は惚れている相手なので優しくしてやりたい。

零はしばらく考え込むとゆっくりと口を開いた。

「1曲だけ叩いもいいか」

「不安なところでもあるのか」

「……うーんどうなんだろう。わかんねぇ」

「じゃあ、楽しみなのか」

零はばっと顔をあげた。

「そりゃ楽しみだろ」

くしゃっとした笑顔に変な声が漏れそうになった。

「ぉおう!それなら良かった。それじゃあ俺ちょっと部屋行ってくるから、片付け終わったら連絡入れてくれ」

そう言ってスタジオを後にした。


急いで部屋に戻った俺はホットミルクを準備し、アロマを焚いた。

しばらくすると零から連絡が入ったので下の階まで迎えに行った。

「ひろっ」

部屋を案内するなり零が呟いた。

「えーまじで、暁音さん普段ここで過ごしてるの?」

「まぁいつもじゃないけどな。そこの奥のベッドに座って」

俺は準備していたホットミルクを手に取ると零に渡す。

「どうぞ」

「ありがと」

俺は向かい側にあるソファに腰掛けた。

「暁音さん」

唐突に話しかけてきた。

「どうした?」

「いつもありがとう」

「なんだ急に」

「いや、俺たちのこと見捨てないでくれてありがとう。また”R-end”でライブできるのは、蓮やメンバーはもちろんだけどさ、暁音さんのおかげだからさ」

零が真っ直ぐにこちらをみた。

「本当にありがとう」

少し照れくさそうな零の顔に思わず頬が緩む。

「それは今日の初日公演を終えてから言え」

俺は時計を見る。

「ほらもう5時半だ。眠れてないんだろ。まだ時間あるから少しくらい休んだらどうだ」

「うーんでもあんまり眠くないんだよな」

俺は零からマグカップをもらうと取り敢えず横になるように勧めた。

「すげぇいい匂いする」

「あんまりアロマとか興味なさそうだもんな」

「まぁメンバーも友達も特にアロマに興味あるやついないもんなぁ」

「そうだよな。俺ももらうまではそこまでこだわりなかったからな」

「あっだから暁音さんの香水いい匂いなのか」

零が香水の匂い気に入っていてくれたことに嬉しくなる。

「気に入ったなら今度お店紹介するぞ」

「うん。ありがと」

あくびをしたので眠くなってきただろうか。

「時間になったら起こしてやるから、安心して眠ってくれ」

「暁音さんここいる?」

「いやさすがに俺がここいたら眠りづらいだろ?下で作業してくるから気にしなくていいぞ」

「……そう。それじゃあ言葉に甘えて少しだけ眠ることにするよ」

「あぁおやすみ」

俺はPCを手に取ると部屋を後にする。

さすがに好意がある零と一緒の空間。まして自分のベッドで眠る彼を前にして理性を抑えられる自信がなかった。

何より今日は零にとっても重要な日だ。最高の状況で初日を迎えられるようサポートするのも俺の仕事だしな。

そう心に言い聞かせた。

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