第12話 レールと運命1
「あら、いらしたわよ」
母の言葉にハッとする。ドキドキしながら顔を上げると、そこには父や母と同年代の男女が立っていた。
急いで椅子から立ち上がる。
「はじめまして、小夜子さん。斑目
「斑目
「はじめまして、東条小夜子です」
民人さんのご両親。斑目グループを統括している方だから、もっと怖い感じかと思っていたけど威厳は感じるけど、温厚そうで気さくそうな雰囲気だ。
「息子ももうすぐ来ると思います。こんな大事な日にお待たせして、申し訳ない」
「いえいえ、ずっとお待たせしていたのはこちらですから」
母が私への嫌味も込めて言う。
民人さんに会ってしまったら、もうそこからはきっと止まることなく結婚、それから家庭に入って後継ぎを作って……っていう決まりきった人生が始まってしまう。
覚悟を決めたつもりだったけど、今さらになって息苦しくなって全身が震える。
『誰が一番小夜ちゃんを想ってて、小夜ちゃん自身は誰が好きなのか。親の敷いたレールから逃れたいんだったら、向き合わなきゃいけないこともあるんじゃないの?』
レールから逃れるなんて、私には
でも
『今どきのお姫様は自由でいいんだよ』
私は、やっぱり
「あの……っ」
せめて民人さんが来る前に、と口を開く。
「どうしたの? 小夜子」
「どうしたの? 小夜子」
「私……」
ゴクッとツバを飲む。
「私は……結婚できません」
両家の親が騒めく。
「小夜子、何を言ってるんだ」
父が珍しく慌てている。当たり前だ、娘が斑目グループにあり得ないくらい失礼なことを口走ったのだから。
「小夜子さん、結婚できないとはどういう……もう少し先延ばしにするという意味ですか?」
先方のお父様の言葉に首を横に振る。
「私には、好きな人がいるんです」
「その方と結婚するということですか?」
「いえ、私はしたいと思っていますけど、わからないです」
筒井くんと結婚できるかどうかはわからない。
「それなら」
「その人を好きな気持ちを抱えて、斑目家に入るというのは私には耐えられないです」
「小夜子! 冷静になりなさい!」
「そうよ、散々お待たせしたのに失礼よ!」
父も母も、蒼白しているのか怒って赤くなっているのかよくわからない顔。
「許されないことだってわかっています。絶縁していただいて構いません。きっと一生かかっても返せないくらいの金銭的な迷惑をかけてしまうけど、働いて返せる分だけは必ず返します」
言いたいことだけ言って、お辞儀をして立ち上がった。
「お待たせ」
聞き覚えのある声に顔を向けると、そこにあるはずのない顔があった。
「筒井くん?」
どうしてここに?
また私を心配して来てしまったの?
「何? なんか空気悪くない?」
でも、ちょうど良かった。
「あの……この人が私の好きな人です。この人と結婚したいと思っています」
筒井くんをはじめ、私の発言に両家の親もポカンとしている。
「あー……なるほど、そういうことか」
筒井くんが状況を察したようにつぶやく。
「小夜子さん、何を言っているんですか?」
「そうよ、小夜子」
先方も母も、なんだか不思議な顔をしている。
「だから……」
「ミヒト、わかるようにちゃんと説明してくれる?」
先方のお母様が、なぜか筒井くんに話しかけるし、なぜか名前を知っている。
私もなんだかよくわからなくらなってきて、筒井くんの顔を見た。
「はじめまして、小夜子さん。斑目
「え……斑目?」
筒井くんが何を言っているのか、全然わからない。でもよく見たらすごくきちんとしたスーツを着ている。
「遅れてきたのがまずかったな」
固まっている私を見て、筒井くんがまたつぶやいた。
「父さん、母さん、それに東条さん。みなさんが心配しているようなことにはならないので、小夜子さんと二人でお話しさせてもらってもいいですか?」
そう言って、筒井くん……いや、斑目ミヒトさん? は私をホテルの庭に連れ出した。
「もっといい感じに登場したかったな」
「何がどうなってるの? 筒井くんて?」
「筒井は母の旧姓」
筒井くん…民人さんは、順を追って説明してくれた。
「俺はずっと自分の婚約者に興味があったけど、小夜ちゃんは頑なに会ってくれなくて。それでますます興味が湧いたんだ、塾でバイトしてるお嬢様に。」
それで、母方の姓を使って偽名で生徒になったらしい。
「お金に困ってないのにバイトするなんて変わってるな、くらいにしか思ってなかったけど、実際に会った小夜ちゃんは授業も生徒とのやり取りも、他のバイトより全部一生懸命で〝ああ、この人はちゃんと自分の足で立ちたいんだな〟って伝わってきた」
ただの生徒だと思っていた筒井くんがそんなことを思っていたなんて。
「はっきり言って一目惚れ」
「え」
「それから人懐っこい振りして小夜ちゃんに話しかけていろいろ聞き出したら『筒井くんには選べる未来があって羨ましい』なんて言うから、小夜ちゃんは本当に婚約が嫌なんだってわかっちゃって」
彼は少し悲しそうな顔をする。
「ミヒトって名前でバレるかと思ってたけどそんな感じでもないから、俺の名前も知らないくらい嫌われてるのかな、とも思った」
興味が無さすぎて、今日の今日まで「タミト」さんだと思ってた。
「本当はそのまま小夜ちゃんの近くで口説きたかったけど、アメリカに行かなきゃいけなかったから、メールしてみることにしたんだ」
あのメール、そういえば筒井くんと入れ違いのタイミング。でもまさか10代の書いた文面だなんて思わなかった。
「そしたら『眠れない』なんて言われて、本当に嫌われてるんだなって悲しくなったし、そんな風に小夜ちゃんを追いつめてる自分のことも嫌いになりそうだった」
また悲しそうな顔。
「だから、小夜ちゃんのためにできることを必死で考えた」
「それで……音楽」
民人さんは頷いた。
「聴いてくれてるって言ってくれて、少しは心を開いてくれたかと思ってた」
たしかにメールのやり取りは、私たちの距離を少し縮めた。
「だからあの一年前の夜、アメリカから帰国して、その足で小夜ちゃんの家に向かった。本名を明かして、プロポーズしようって思って」
知らなかった一年前の夜のことを民人さんが話し始めた。
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