第10話 最後の夜1

お昼は遊園地でハンバーガーを食べた。

ゲームで遊んだり、チュロスを食べたり、いわゆる普通の中高生がしてるみたいなデートを筒井くんが教えてくれる。

私が経験できなかったことを。

夕飯はきっと、ラーメンとか……そういえば前に焼肉に連れて行ってくれるって言ってたっけ。


「夕飯の前にちょっと寄り道」

タクシーの後部座席から、筒井くんが行き先の指示を出す。

「え、ここ?」

彼がタクシーを止めたのは、高級メンズアパレルショップだった。

「この格好だとさすがにマズいから。小夜ちゃんはちょっと待ってて。」

パーカーだとマズい? ラーメンでも焼肉でもないのかな。一人残されたタクシーの中から、街を行き交う人たちを見て夕飯を想像する。

十五分くらい待って少し眠気に襲われ始めた頃

「お待たせ」

一気に眠気が吹き飛んだ。

ズボンはさっきまで履いてたのと同じだけど、上半身が急に別人。濃紺のテーラードジャケットに白いシャツ、前髪も少し上げていて、とにかく急に大人の男性が現れた。

「筒井くん……だよね?」

「何言ってんの?」

笑った顔も声も確かに筒井くん。心臓がさっきまでとは別のリズムを刻んでいる気がする。

誰? って感じ。あのお店、高いはずだけど行き慣れてる感じだった……?

頭の中が〝?〟で埋め尽くされ始めている。

「夕飯って?」

「もうすぐ着くよ」

次にタクシーが止まったのは、ラグジュアリーホテルのエントランス。筒井くんは先にタクシーを降りると、私の手を取って車から降ろした。

本当の本当に筒井くんなの?

彼にエスコートされて高層階にある夜景の見えるレストランにたどり着く。

「当日で席あるの?」

「うん、大丈夫だから入ろ」

席があるどころか一番奥の夜景が見える個室、つまり一番良い席に案内された。ますます状況がよくわからない。

「小夜ちゃん何食べたい?」

筒井くんはラーメン屋さんに行った時と変わらないくらい平然としていて、メニューを捲る仕草も手慣れている。

お金は大丈夫なのかな、なんて野暮な心配が頭に浮かぶ。だって最近全然してなかったから、お小遣いあげてない。

……まあ、足りなかったら私が出せばいいか。

彼は料理もワインも私の好みに合わせて選んでくれた。

「……筒井くん、こういうお店慣れてるんだね。ワインにも詳しくてびっくりしちゃった」

「まあね」

いたずらっぽく笑うだけで、慣れている理由は教えてくれない。

私以外の、お小遣いをくれる相手と来たのかな。なんて考えて胸が少しだけモヤッとする。

料理が運ばれてきて、またびっくりする。

筒井くんはフォークとナイフの順番なんかに迷わないし、それらを扱う所作が美しくて、どんな料理も食べた後のお皿の上がとてもきれい。

「全然知らない人みたい」

思わずこぼしてしまった。

「そんな風に思って欲しかったわけじゃないんだけどな」

「だって、うちで歩きながらピザにかじりついてた人と全然違うんだもん」

「今だって、本当は俺が小夜ちゃんに食べさせてあげたいって思ってるよ。隣に座ろうか?」

「何言ってるの……」

やっぱり筒井くんは筒井くんなんだ。少しだけホッとした。

「こういうのも素敵だけど、筒井くんと行ったラーメン屋さんも楽しかったから今日もそういう感じかなって思ってたの」

「そういえば焼肉に連れてくって約束してたね」

「うん。筒井くんおすすめの焼肉屋さん、行ってみたかったな」

「なんで過去形? 焼肉だってラーメンだって、これからいくらでも行けばいいじゃん」

彼は私を真っ直ぐみつめる。

「……うん、そうだね」


「ごちそうさまでした。デザートまで全部すごくおいしかった」

食事の会計は、筒井くんがなんの問題もなく支払ってくれた。

「じゃあ」

彼が私の手をとって、エレベーターに乗り込む。

今日はお泊まりって私からオーダーしているんだから当然の流れなのに、つないだ手から伝わりそうなくらい、心臓が落ち着かない音を立てる。

今日の筒井くんがいつもと違うから。いつもと違うのに、ときどきいつもの筒井くんになるから。


部屋があるのはレストランよりもさらに高層階らしい。

「え……」

筒井くんが扉を開けてくれた部屋を見て、唖然としてしまった。

広々としたリビングルームにはアンティーク調のインテリア。寝室は部屋の奥にあって、窓の外には高層階から見る夜景が広がっている。

この部屋はどう見てもインペリアルスイートルーム。

「筒井くん、さすがにお金使いすぎだよ……」

私の方が心配してしまう。

「今からでも間に合うかもしれないから、部屋のグレード下げてもらおう?」

筒井くんの方を見上げた瞬間、足がフワッと地面から離れた。

「何言ってんの?」

お姫様抱っこした私の目を彼がみつめる。

「東条小夜子と筒井ミヒトの最後の夜なんだから、このくらいの贅沢はしなくちゃダメでしょ」

最後の夜。

「やっぱり、わかってたんだ」

今日で最後にしようと思ってること。

「小夜ちゃん、結婚するって決めたんだ」

筒井くんの言葉に、小さく頷く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る