第9話 優しくて意地悪3

筒井くんは理一郎さんと何を話したのか教えてくれなかった。

「どうして、今日来たの?」

リビングに入って荷物を下ろしながら聞いた。

「どうしてって、小夜ちゃんが来て欲しいって言ったんだよ」

「え? 言ってないよ」

最後の日、デートの話なんかをする私に筒井くんはただ呆れていたはず。

「あんな言い方して、本当は他の男に抱かれたくないって、止めてって言ってるようにしか聞こえなかった」

「そんなこと……」

「小夜ちゃんて本当に、意地っぱりで可愛いなって思った」

そう言って笑って、彼は私を抱きしめた。

筒井くんの胸はあったかくて、たったの十日ぶりなのに懐かしい匂いがして、心臓の音が穏やかで、なんだかすごく安心した。

「『仕事に一生懸命で気配り上手』って言ってくれたの」

「あいつが?」

筒井くんの胸の中で小さく頷く。

「だけど……本当は違ったんだね。私が東羽製薬の娘だって知ってて、やっぱり私の価値ってそれだけだったみたい……」

だけど、私だって音石さんを都合よくしか見ていなかった。

声が掠れてしまったから、泣いているのはバレてると思う。こんなことで泣きたくなかったのにな。

「小夜ちゃんの価値はそんなんじゃないよ」

彼がギュッとしてくれる。

「恋愛と一緒に仕事、ダメになっちゃった。きっともう会社も辞めなくちゃいけなくて、そうしたらもう……就職なんてさせてもらえない」

もう、私の仕事に斑目さんを待たせる価値なんてないもの。

「自由になりたいって言ったくせに、自分で自分の首を絞めちゃって、私、格好悪いね」

「そんなことない。自分の足で立とうとしてて、小夜ちゃんは格好いい」

筒井くんは私が落ち着くまで、優しく頭を撫でて、背中をさすったりしてくれた。お金でつながってたはずの彼が一番近くて優しいなんて、不思議。


落ち着いてからシャワーを浴びて、筒井くんとベッドに潜り込んだ。またギュッと抱きしめてくれる。

「あったかいね」

本当はずっとこうしていて欲しい。

「筒井くん」

「ん?」

「明日、私とデートしてくれない? 一緒にお出かけして、それから一緒に……お泊まりするの」

私のお願いに、筒井くんはしばらく黙っていた。

「いいよ。けどひとつ条件」

「条件?」

「うん。そのデートの中身、俺にプロデュースさせて」

こんな夜中から明日のデートの計画なんて、行き当たりばったりにしかできないと思うけど……

「じゃあお願いします」


***


筒井くんプロデュースのデートは、街中にある遊園地から始まった。

正確には家を出るところから始まっていて、あんなに何度も身体を重ねていたのに、初めて手をつないで歩いた。ときどき彼が嬉しそうにみつめる視線を感じて、なんとなく気恥ずかしくて顔を上げられない。


並んで歩くと、クローゼットの中から筒井くんが選んでくれた花柄のワンピースと彼のパーカーが少しチグハグに見えて、私たちをよく表してる。


遊園地は子どもの頃に何度か来たけど、ジェットコースターには初めて乗った。

「怖そうって思ってたけど、楽しいね! もう一回乗りたいかも」

はしゃぐ私の横で筒井くんはげんなりしている。

「一回でいいでしょ……」

「もしかして、怖かった?」

「そんなんじゃねーし」

強がる彼がかわいくて「ふふっ」と笑みがこぼれる。

「次はメリーゴーランドに乗りたい」

私が指を差すと、筒井くんがものすごく嫌そうな顔をした。

「さすがに恥ずい」

「え〜ひさびさに乗りたかったな」

つい、しゅんとしてしまった。

「そんなに好きなの? メリーゴーランド」

「昔、好きだったの。子どもの頃は自分のことをお姫様だって勘違いしてたから、お姫様の乗り物だ〜ってよく乗ってた」

懐かしいけど少し照れ臭い。


「案外似合うね、白馬。王子様っぽい」

なんだかんだで付き合ってくれた筒井くんが想像よりもお上品な王子様っぽくて、思わず感想を漏らしてしまう。

「案外は余計」

「だって普段は全然王子様っぽくないのに」

「今どき王子も姫も白馬なんか乗ってないと思うけど」

「夢がないなぁ」

「夢なんてなくていい。メリーゴーランドなんかに乗ってなくても俺にとって小夜ちゃんはお姫様だし」

〝小夜ちゃんはお姫様〟なんて恥ずかしいセリフよく言えるなって、思わず赤面してしまった。

「お姫様は私みたいに親に逆らったりしないよ」

「今どきのお姫様は自由でいいんだよ」

きっとそういうことが言いたくて、メリーゴーランドに付き合ってくれたんだ。こんな私でもお姫様だって思っていいって。

「筒井くんみたいな王子様だったらお姫様も幸せだね」


「次はあれ乗らない?」

筒井くんが指さしたのは観覧車だった。

狭い個室に向き合って座るとなんとなく気まずくて、二人ともしばらく無言で外を見ている。

だんだんとテッペンに近づいていく。

「小夜ちゃんて観覧車も初めて?」

「さすがに乗ったことあるよ」

「じゃあさ」

彼が私の腕をグイッと掴んで引き寄せて、そのまま唇を奪う。

「観覧車でキスしたことある?」

額をつけた彼がイタズラっぽく笑う。

「……あるわけないじゃない」

こんな風に昼間、外でキスすること自体が初めてで、たまらなくドキドキする。

「……筒井くんは? したことあるの?」

「どうかな」

意地悪な笑顔。腹が立ったから、今度は私から唇を重ねる。

「なら、他の子としたことないくらい、いっぱいして」

筒井くんはクスッと笑って耳元で「いいよ」と囁く。

お互いの熱が混ざり合うように何度も何度も唇を重ねる。


きっと他のゴンドラから丸見えだけど、そんなこと……ドウデモイイ。

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