第十話
ヒューイにしがみつくようにして、マーヤも恐る恐る奥へと足を進める。
奥には大量の土が積もっていた。どうやら先程の衝撃で壁が崩れたらしい。通路の途中というなんとも中途半端な位置で、石造りの階段がぽっかりと口を開けていた。そこだけがじっとりと湿っており、長いこと使われていなかったのは明らかだった。
「どうやら、ここは塞がれていたみたいだな」
ヒューイは躊躇うことなく足を進めようとする。
「行くの?」
「ああ、こんなところに何か隠されていることだって多いからね。ここで待っているかい?」
「やだ、こんなところに一人にしないで」
冷や汗で滑りそうになるランタンを握り直し、まだ平衡感覚が狂った足をなんとか動かす。
階段が造られた空間は、先程と異なり土壁に覆われていた。
「ここに魔石は埋まってないんだね」
「恐らくこの区画の魔石を採り尽くして。用済みになったから埋め立てたんだろう」
進む度にじっとりとした感覚が強くなる。空気が多分に水を含んでいるのだろう。
階段を下りきった場所には、思わぬ物があった。木製のテーブルと椅子だ。
「ここは……?」
「休憩所だったのかもしれないな」
ヒューイの後にぴったりとくっついて進むと、不意にマーヤの足が滑った。思い切り尻餅をつく。
「おいおい、大丈夫か? 流石の僕も後ろは見えないぜ」
「なんか踏んだみたい……なんだろう?」
投げ出されたマーヤの足の先には、乾ききってボロボロになった本が落ちていた。ヒューイがそれを拾い上げる。
「これは──大収穫かも知れない、日記だ!」
興奮した様子で彼は本を捲る。マーヤもそれにランタンをかざした。
残念ながら、この巨大生物を倒すには至らなかった。軍がありったけの火力を用いたというのに、深い休眠状態に陥らせるのが限界だったようだ。だが、悪いことばかりではない。この生物の卵は高いエネルギーを秘めており、あらゆる燃料に転用可能だ。
捲った頁にはそう記されていた。マーヤには何が書かれているかよくわからなかったが、ヒューイの方は一瞬で理解したらしい。
「おいおい嘘だろ……」
「どうしたの?」
「魔石は、石なんかじゃない。そもそも、この山は、山なんかじゃない!」
ヒューイの言っていることがさっぱり理解できない。彼は長い距離を移動してきて、休憩もせずに長い時間調べ物をしている。疲れすぎて、頭が混乱してしまったのだろうか。
「全然わかんないよ」
「ああ、ごめん……驚きすぎて言葉を間違えた。いいか、この山は、巨大な怪物だ。そして、魔石はこの怪物の卵なんだ」
マーヤが言われていることを飲み込む前に、再び世界が揺れた。今度の揺れは先程とは違い、緩やかではあるがとても長い。
「まさか……動いている!」
「動くって、山が?」
「とにかく、一旦ここを出るぞ!」
揺れが小さくなったのを見計らい、階段を駆け上がって来た道を辿り、採掘場の外に出る。
マーヤは、悪い夢を見ているのかと思った。
煌々と輝く月に向かって、山が頭をもたげている。
否、山ではない。青々と茂った木々を背負った大きな芋虫が、ゆっくりと頭を振っていた。その事実を理解してしまったとき、マーヤは悲鳴を上げていた。
芋虫は実に緩慢な動きで、こちらに頭を向けようとしている。まるで、餌を探しているかのように。
「落ち着け! まだ目覚めたばかりで、動きが遅いみたいだ。十分逃げ切れる!」
「でも、これ……村の方角を見てない?」
その芋虫に目はついていない。だが、マーヤには頭の動きがそのように見えたのだ。まだ食べていない葉を探っているように、その化け物はしきりに村の方角を探っていた。
頭が完全にこちらを向いた。そして、ずるりと這い出そうとして、途中でぴたりと動きを止めた。
「やっぱり、そうだよ! 村に向かおうとしてる!」
「勘弁してくれよ……とにかく、急いで村に知らせるしかない。このデカさで弱っているなら、そうそう速くは動けないはずだ!」
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