第九話

 村では、男達総出で侵入者の捜索が行われていた。しかし、この山の中で人間を探すなど、砂漠で砂金を探すようなものだ。本当に存在するかも不明な分、こちらのほうが厄介かも知れない、とノエルは頭を悩ませた。

「アイン、と言ったかな」

「なんだ。無駄口を叩いたらぶっ飛ばすぞ」

「建設的な話だよ。もっと効率的な捜索方法を考えた方が良いとは思わないか」

 彼はノエル達に対して、敵意とも言える程の警戒心を抱いている。ある意味、長老以上に冒険者を危険視していると言っても間違いないだろう。それでも、話はわかる人間だとノエルは踏んでいた。

「……言ってみろ」

「もし侵入者がいたとして、何日も村人の誰の目にも触れずに潜伏していると考えるのは不自然じゃないだろうか」

「村人に協力者がいると?」

「話が早くて助かる」

 やはり話のわかる男だったかと、ノエルは続ける。

「いくらこの山が険しいとはいえ、身を隠して痕跡も残さないまま食料を調達できるとは考えにくいからね」

「だとしたら、一番怪しい奴がいる」

 そう言った彼の背中には、鬼気迫るものが宿っていた。

「まさか、村人を拷問でもして吐かせるとか言うんじゃないだろうな」

「必要ならそうするさ」

「勘弁してくれ。僕達はこの村を血生臭いことにしたいわけじゃないんだ」

「ならどうする」

 話が早すぎるのも困るな、と内心思いつつ、ノエルは本題を切り出した。

「まだ考えている途中なんだが、いくつか質問させて欲しい。魔石は、本当になんにでも使えるのか? マーヤ嬢は灯りとして利用していたみたいだが」

 ノエルの問いに、アインは暫し間を置いて答えた。どこまで喋っていいか、思案しているのだろう。

「……極端な例を言えば、銃の弾丸だって魔石で作ってる。こんな場所で火薬が大量に手に入るわけないのは一目瞭然だろ。それにちょっと衝撃を与えれば、足下を照らせるくらいの光を放つ」

「粉にしてもかい?」

「そうだ」

「その性質を利用して、侵入者を探せないだろうか」

「……続けろ」

 やはり話のわかる男だったかと、ノエルは続ける。

「ヴァレリアで鼠の巣を暴くときに使った方法なんだが、円状に幾重もの罠を仕掛けるんだ。反応があった罠を辿っていけば、最終的には巣に辿り着く。協力者が村にいるとしたら、きっと村から食料を運び出すだろう。魔石を砕いて村を囲むように撒いておけば、踏み荒らされた方向を辿って侵入者の巣に辿り着けるかもしれない」

 それを聞いて、アインはノエルを振り返った。その顔は、心なしか青ざめているように見える。

「もしかして、私は本質に触れてしまったかな。例えば、結界の張り方に関わるような」

「やっぱり、お前が結界を破ったのか」

「早合点は損をするよ」

 そう言われて鎌を掛けられたことに気づいたのか、アインは舌打ちをした。事あるごとに彼の舌打ちを聞いている気がする。どうやら苛立ちを表明してしまうのが癖のようだ。

「結界の張り方について問い詰めるようなことはしないよ。だが、鼠の巣の暴き方は君に任せてもいいかな?」

「やってやる。今日一日だけで十分だ」


 歩き続ける内に太陽は西日に、茜色に、刻一刻と変わり続き得ていった。そして地平線に沈みかけた頃、ようやく採掘場に辿り着いた。空はもう藍色に染まっていた。

 しかし、安心している暇はない。ヒューイにとってはここからが本題なのだ。

「これは驚いたな。本当に取り放題じゃないか」

 山をくり抜いて作られた採掘場には、壁と言わず地面と言わず、至る所に魔石が埋まっていた。マーヤも現場を見るのは初めてだ。土よりも魔石の方が視界を占める割合が多い。草木の中で育ってきたマーヤにとっては、異様とも言える光景であった。

「何を調べるの?」

「地面の状態とか、魔石そのものの成分とか、色々だね。疲れただろ、休んでていいぜ」

「大丈夫。灯りがあった方が便利でしょ」

 ここで休んでいるだけでは退屈しそうだ。マーヤはランタンを掲げて、灯りの役を買って出ることにした。

 ヒューイは早速調査に取りかかったようだった。最早魔石によって作られた床と言っても過言ではない地面に座り込み、熱心に何かを調べ始めた。

 洞窟になった採掘場の中では、時間を推測する方法がない。ヒューイは長いこと休憩もせずに、調査とやらに集中している。

 一体どれほど経っただろうか──流石にぼんやりとした眠気を覚えてきた時だった。

 静まり返っていた洞窟内に、どこからか異質な音が響いてきた。低く、壊れた楽器のような、耳障りな音。その音でマーヤの眠気は覚めてしまった。風の音かと思ったが、聞いている内に何か獣が唸っているような、あるいは人が呻いているかのような音に聞こえてきて、段々と不安が掻き立てられてしまう。

「ねえ、何か音がしない?」

 よほど集中しているのか、一度の声をかけただけではヒューイは気づかない。大きく肩を揺り動かして、ようやくマーヤの声が届いたようだった。

「……本当だ、変な音だな。嵐の影響で、地滑りでも起こしてるのかもしれない。一度外へ──」

 ヒューイが言いかけた時、マーヤの足が大きくふらついた。重心がぶれてしまったかのように、体が不安定だ。倒れそうになるのをヒューイに受け止められて、抱きしめられるような形になる。だが、今度は顔を熱くしている余裕などなかった。

 洞窟全体が、大きく揺れている。ヒューイに受け止められていなければ、毛糸玉のように洞窟中を転がり回っていたかも知れない。

 数分も経たずに、すぐに揺れは収まった。だが、経験したことのない揺れにまだ心臓はどくどくと胸を叩いていた。

「土砂崩れ……?」

「わからない。空気の動きから察するに、少なくとも入り口を塞がれたことはなさそうだが……」

 ヒューイの言葉が終わる前に、雷が直撃したかのような轟音が洞窟の更に奥から響き渡った。

「なに?」

「……空気の動きが変わったな。見てみよう」

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