後編 大航海時代


 元の地球からケンタウルス座の方向に約50光年離れたところで、ルーシーと呼ばれるユニークな白色矮星が見られていた。星の内部では炭素が結晶化しており、質量の90%が結晶化した炭素で構成されているということだ。炭素は結合の仕方によって、それぞれダイヤモンド(立体構造)と黒鉛(平面構造)とまったく異なる性質の物質になるが、ルーシーが含む炭素結晶はダイアモンド同様の立体構造であると考えられている。

 つまり、この星の大部分はダイアモンドで出来ているのである。しかし、宇宙全体で見れば、このような天体は数えきれないほど存在している可能性がある。ある学者の研究では、炭素やその化合物を主成分とする「炭素惑星」は、水さえあれば、内部で大量にダイヤモンドを形成できるという。

 さらにこうも述べている、「仮にダイヤモンドの惑星が10億に1個しかないとしても、宇宙は計り知れないほど広がっているので、何兆個ものダイヤモンドの惑星が存在する可能性がある」と。

 ただダイヤモンドは隕石に含まれていることもあるし、ダイヤモンドを主成分とする惑星すらある。一方、生物は今のところ地球外で発見されていないし、存在したとしてもその比率がダイヤモンド星よりはるかに小さいことは間違いないだろう。宇宙全体で見れば、ダイヤモンドなどよりも一片の木の方がよほど貴重であるというのである。


 コロンバスは『東方宇宙見聞録』にある黄金の星ジパンガに惹かれていた。星そのものが黄金で出来ていると言うではないか。

 ポルトル王室のジョアン2世に航海の援助を求めやって来たコロンバスは、オスマンアース連合を介し提案をした。その自信に満ち溢れたコロンバスの弁舌と黄金の星ジパンガの話に、ジョアン2世は興味をそそられたのだが、航海に要する資金援助額もさることながら、提案されている成功報酬に戸惑っていた。発見した星の権利、そしてその星から得られる収益の10%という大きなものだった。連合は委員会の諮問にかけて検討したが、回答は否決だった。コロンバス以前にも可視外宇宙領域に旅立ち、未知の恒星発見等の航海は何度か試みられたがすべて失敗し、一方でアフリカ宇宙空域の探索は探検家ディオゴ・カンがコンゴ星王国との接触に成功している。喜望峰星雲に達する寸前まで行けていた事と、さらにコロンバスの要求があまりに過剰だと受け止められたことも影響した。

 後に再度コロンバスは提案を上奏したが決定は覆らず、ジョアン2世はコロンバスが自費で航海をするならばよいと言うのみだった。しかしコロンバスにはそのような資金がなく借金さえ抱えていた。

 失意のコロンバスではあったが、今度はスペイン貴族のメディナセリ公爵と面会する機会を得た。メディナセリ公はコロンバスの話にやはり興味を抱き、求めている数隻のスペースシップや食料、燃料などの物資を準備することに合意した。

 コロンバスへの援助に同意したメディナセリ公だったが、このような計画は王室の許可を得るべきだと考える。そしてカスティーリャ王国のイサベル1世へ計画を知らせると、彼女自身がこれに興味を覚えた。


 コロンバスは大西洋銀河星団空域を横断して、西廻り航路でアジア亜空間域に向かう計画を立てている。そして仲間の貴族たちもコロンバスの計画を援助しようと考えていたのだが、カスティーリャ王国の承認はなかなか得られない。当時は王室も財政上の余裕がなかったのだ。

 だが後にメディナセリ公の紹介でコロンバスはコルドバでイサベル1世とその夫アラゴン王であるフェルナンド2世、カスティーリャ王としてはフェルナンド5世に謁見する事が出来た。その場でコロンバスの話にフェルナンド5世はあまり興味を示さなかったが、イサベル1世は惹きつけられたように見えた。

 しかし結局枢機院では案を否決されてしまう。せっかくイサベル1世の色よい返事を得ていたというのに、最後で万策尽きたかに思えたコロンブスは、弟が滞在するランスへ向かう決意を固めた。

 ここにカスティーリャ王国の財務長官であったルイス・デ・サンタンヘルが登場する。彼は女王とフェルナンド5世の説得に乗り出し、コロンバスが提示した条件は見込める収入からすれば充分に折り合い、また必要な経費も自らが都合をつけると申し出た。

 悩みの種だったイベリア星の紛争が終結して、財政上の余裕ができた財務長官は、イザベル1世を熱心に説得する。ムーア人の最後の拠点であったグラナダ星守備軍も陥落したので、スペインに財政上の余裕が出来たことをサンタンヘルは指摘した。もともと興味を持っていたイサベル1世は、これですっかり乗り気になり渋る夫のフェルナンド5世を説得した。

 しかしその後再度イサベル女王の諮問委員会であるタラベーラ委員会も、計画を否決したという話を聞いたコロンバスはついに諦め、パロスに戻りラビダ修道院を訪れる。ペレス神父に預けていた息子を引き取ると、ランスのシャルル8世のもとへ援助を求めに行くことを告げる。だが話を聞いたペレス神父はコロンバスに考え直すよう説得し、女王へ謁見を求めた。イサベル1世はペレス神父の熱心な説得に応じ、コロンバスに慰留することを求め、再度コロンバスと接見して計画は改めて審議される事となった。

 計画は最終諮問委員会で評価される日を迎えたが、コロンバスが示したアジア亜空間域までの距離が特に疑問視され、結論は持ち越されようとした。しかしここでコロンバスに好意を持った一部の委員らは、委員会が否定的結論を出そうとするも引き延ばしにかかっていた。

 この頃コロンバスはポルトル王室のジョアン2世にも再度援助要請の手紙を送っていたが、そちらはやはり探検家ディオゴ・カンの喜望峰星雲の発見もあってなかなか話がまとまることはなかった。

 カスティーリャ王国の援助がいよいよ難しくなってきた事を察知したコロンバスは、イギリスのヘンリー7世とランスのシャルル8世のもとへも、同様の西回りでアジア亜空間領域に行く事を提案しようと決意を固める。そしてまさにランスへ向けてグラナダ星を出発したところだった。

 このわずか2週間後、コロンブスのもとにカスティーリャ王室からの書簡が届き、出頭するようにと勧告する内容である。最終的にイサベル1世は女王としての全権をもって、コロンバスへの援助を決定したのだった。フェルナンド5世の説き伏せに成功し、スペインはついにコロンバスの計画を承認した。女王の伝令を乗せたスペースシップがコロンバスを全速力で追いかけ、ピノス・プエンテ星雲で追い付いた事が記録されている。



 こうして紆余曲折はあったのだが、ついにコロンバスはスペインウェルバのパロス宇宙港から、最終目的地となる恒星インディアを目指して出航した。このときの編成はキャラベル型スペースシップのニーニャ号とピンタ号、サンタ・マリア号の3隻で総乗組員数は約90名であった。

 一行はいったんカナリア諸島星雲へ寄り、その後一気に未知の空域である亜空間を西進した。だが大西洋宇宙空域は極端に星雲の少ない大洋であり、船員の間には次第に不安が募っていった。当時の最新科学では宇宙が球体であるということはほぼ常識となっていたが、船員の間ではいまだに疑う考えも根強く残っている。この宇宙は無限に広がっているのではないかと。

 コロンバス自身は平気なふりをしていたが、計算を越えて長い航海となる事に皆不安を感じるようになっている。ついには小規模な暴動が起こり、3度目の人工冬眠からの目覚める時には、船員たちの苛立ちは頂点に達した。コロンバスに迫り「あと3回の人口冬眠でアジア亜空間に達しなければ引き返す」などと詰め寄られてしまう。

 ここで話をはっきりさせておけば、もちろんコロンバスも船乗りたちも、そのような短期間でこの宇宙を一回り出来るとは考えていない。この広大な宇宙の前では、たとえどれほど光速に近かろうと、その速度はあまりにも遅い。当たり前の事である。ただ船員たちはこの先に待ち受けているだろうコロンバスの決定に、不安を抱えているのだ。

 ワープ時にはスペースシップもろとも人体も量子レベルになるのである。物質伝送技術は実用化も進んでいるが、いまだにトラブルが絶えない。リスクが高すぎるではないか。物質を量子レベルにまで分解し、転送ビームに乗せてエネルギー波として運び、目的地で再物質化するというものであるが、転送ビームにノイズが混入したなどの理由でしばしばトラブルが発生しているのだ。本当に量子レベルとなっても情報は保存されているのか、元通り再生されるのか。しかもワープ航法にはそれ以上の不確定なリスクが予想される。

 しかしどんなに困難が待ち構えていようと、この宇宙の球体説を立証する為にワープは避けて通る事など出来ない関門なのだ。


 やがて船員たちの不安は現実のものとなる。ついにコロンバスは、かねてより胸に秘めていた賭けに出たのだ。リスクを取りワープ航法を選択したのであった。

 だがそのワープは見事に成功した。

 そして何度目かのワープの後、漂流する人工物の破片を発見しアジア亜空間が近くにあると船員達を説得することが出来た。ワープ航法が実用可能であり、この宇宙は球体であると立証したのである。

 ピンタ号の水夫が初めて未知の恒星を発見した翌朝、コロンバスはその星に上陸してサン・サルバドル星と名づける事になる。そこはアジア亜空域の東端で、コロンバスはついに球体である宇宙を一周したのだった。




 帰還したコロンバスを歓迎してオスマンの宮殿では盛大な式典が開かれた。しかし、新宇宙航路発見を祝う式典で「この宇宙は球体なんだ、誰でも辺境に進み続ければ、やがて元の場所に戻ってこれる。当たり前のことだ」などとコロンバスの成功を妬む人々に対し、コロンバスは故人の言葉を引用すると、革命的な発展が成される時、人々は次の4つの段階を通ると話した。


 1 そのような航海はばかげている。時間の無駄だ。

 2 面白い。けれども、重要じゃないね。

 3 良いアイディアだと、私はづっと言っていた。

 4 この計画は、私が最初に思いついたんだ。


 コロンバスは卵の先を軽く割ってから机に立てて見せた。だが「そんな方法なら誰にでも出来る」と言う人々に対し、「他人のした後では造作もないことです」と返したのだった。

 ファーストペンギンという言葉がある。最初に勇気のあるペンギンが海に飛び込むと、我も我もと後に続く者が現れる。コロンバスの偉業達成以降は、フロンティア・ライン越えに夢を抱く者が続出するという、スペースシップによる大航海時代が始まったのである。こうして迎えた大航海時代は、フロンティア・ラインがこの宇宙から消滅して、未知の空域が無くなるまで続く事となった。

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スペースシップ・大航海時代 @erawan

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