スペースシップ・大航海時代

@erawan

前編 コロンバス


 200億年以上前から今の宇宙が始まった。現在は宇宙暦3世紀の初頭で、この宇宙は15から16世紀くらいまで続くだろうと言われているから、人間で例えるならまだ10歳未満の子供である。

 だが人類の進歩は目覚ましく、核融合技術を開発すると、動力源として活用する事を推し進めてきた。既にさまざまなサイズのブラックホールをコントロールしている。その質量を自由に変えて、スペースシップ内での人工重力を生み出すレベルにまで達しているのである。それは複数の微細なブラックホールを互いに干渉させ合う事により、各々の回転を制御する方法を発見して得られた技術である。無数のブラックホールを集め炉内に格納すると、その数が増えるほど次第にコントロールしやすくなるという不思議な現象で可能になっているのだ。

 古代のSF作家アーサー・C・クラークが定義した法則で、十分に発達した化学技術は魔法と見分けがつかないというものがある。それはスペースシップによる恒星間航海が可能となった現代でも通用する法則である。


 現在の恒星間航海はワープ航法を利用する事で可能となっている。ワープの発想は、三次元では光の速度以下でしか進めないのであれば、四次元となる時空をゆがませてしまえば、実質的に光速以上で進むことが出来るのではないかというところからきている。このワープ航法による時間軸の短縮は、人類の歴史における必然の出来事なのだ。

 人類文明発達の様子をグラフにすると、太古に存在していた地球上では、四大河文明を挟む20万年ものなだらかな線が横に伸びていた。縦軸が文明の進度で、横軸が歳月、時間である。それが数百年ほど前から目立って上がり初める。各種産業の変革とエネルギー革命、それにともなう社会構造変革の前である。さらにその地球上で起こる大戦は兵器の開発を加速させ、20数年で複翼のレシプロ機からジェットの時代になる。カーブは急角度となり、2百年掛かって形成された変化が、20年程までに縮まってしまう。さらにAI革命が興り、そしてついに人は未経験の事態を迎える事になる。

 グラフ上では人類文明史の変化率は限りなくほぼ垂直に近くなってゆく。そのような文明発達グラフは、横時間軸の先へ進めなくなってしまうではないか。そしてついに時間の尺度が変わらざるを得ず、人類が地球の外に出て旅する恒星間ワープ航海時代が始まったのだ。




 スペースシップで観測可能な宇宙の果てのその先に行けばどうなるのか。天の川とアンドロメダ両銀河が衝突してミルコメダ銀河になる前には、太陽の膨張による地球の高温化により、地球上の生命はすでに絶滅している。宇宙歴2世紀中頃の地球上では、太陽光度が増加して温度が限りなく上昇した結果、地上から海水が消滅してしまっていたのだ。もちろんそれ以前に人類はオスマンなどの植民地星に移住している。そして冒険家ディオ・アザンプージャにより、この宇宙は球状であるとの考えから辺境を越えて旅する航海が実行される。オスマン星から旅立ち、西アフリカーナ星団群を超え、エルミナ航路に出ている。これにジェノヴァ出身でイタリア人のコロンバスが加わりギニア星座を含む黄金銀河群にまで行った。


 コロンバスの乗り組むスペースシップは巨大な帆を張っている。宇宙空間に散在している水素分子を主とする星間物質を強力な磁場によってかき集めて推進燃料にする、バサード・恒星間ラムジェットである。作動させられる速度までの加速に必要な燃料があれば、慣性航行と組み合わせて、十分今回の超銀河団間航行計画は可能である。ただしこの航海は必ずしもコロンバス達が最初に発想したものではなかった。

 彼は噂を聞いていた。辺境のマデイラ星に漂着したスペースシップ漂流者がいたというものである。この漂流者は数世代前のポルトガル星雲連合の交易船員だったが、想定外の磁気嵐との遭遇により、帆が破損して流されてしまう。なんとか壊れた帆を修理して再び出航したが、あの噂に聞く、宇宙の果ての更に先にあるというマデイラ星にたどり着いたと言うではないか。その後奇跡の帰還を果たしたが、生き残るっていた乗員の内数名も人工冬眠から覚醒後ほとんどすぐ死んでしまう。さらに次々と亡くなる乗員の最後の一人を偶然コロンバスが保護したが、やがて彼も亡くなった。その船員の話を聞いた事が、コロンバスをして新航路の発見という発想の原点になった。そのマデイラ星のさらに先に行けばどうなるのかと。コロンバスは確信していた。この宇宙は球体であり、マデイラ星を通過してさらに進み続ければ、一周回って再びこのオスマン星に戻って来る事が出来るに違いないと。


 この頃恒星間航海の技術は飛躍的に進歩してはいたが、まだ光の壁を超える事が出来ていない。つまりワープ航法も実験段階でありリスクを伴うため、安全な実用航海レベルには至っていないのだ。従ってそのようなリスクをとってまでワープに挑む冒険者以外、スペースシップの乗員はいまだ長い年月を耐える必要に迫られている。そこでクローズアップされてくるのが遠洋航海に必須の人工冬眠であるのだが、これには様々な問題が提起されている。大きな動物が冬眠する場合は体温が下がり、代謝が低下し、心拍数や呼吸が遅くなるが常に脂肪を消費する。この問題の対処には、エネルギー消費量を限りなく減少させる必要がある。しかしそのような冬眠状態であっても蓄えておいたエネルギーを消費し続けるので、補給のためには体重の4分の1が失われる前に冬眠から目覚めなくてはならない。大きな哺乳類の場合、エネルギー消費量は小型哺乳類よりも大きくなり、冬眠中の総エネルギー消費量は安静時のエネルギー消費量とほとんど変わらない。つまり、大きな哺乳類は小さな哺乳類と比べて冬眠中のエネルギー消費効率は悪いというわけだ。

 人間の場合、たとえ消費するエネルギーをどんなに抑えられても、1年間の宇宙旅行を冬眠状態で過ごすとなると体重は減少する。もし何十年もかけて宇宙旅行を行おうとした場合、合間に冬眠から目覚めて失ったものを補給するしかない。このように、人工冬眠状態で長距離の宇宙旅行をしのぐのは、あまり現実的ではないという課題が残されたままである。

 他にも様々な問題があるのだが、その中でも最たるものに褥瘡(じょくそう)がある。人口冬眠に入った乗員が長期にわたり同じ体勢で寝たきりになった時、体と支持面との接触局所で血行が不全となって、周辺組織に壊死を起こす。無重力状態ならそのような事は起きないが、今度は筋力の低下という別な問題が起きる。だから褥瘡の予防には定期的に体位交換を行う必要がある。2時間ごとが基本とされるが、体圧分散装置を使用した上で、4時間あるいはそれ以上の間隔で行なわれる場合もある。

 また人口冬眠ではなく、完全に凍結させる方法はさらにリスクを伴う。宇宙空間の素粒子や放射線が宇宙船を貫通して行くからだ。凍結された人体は部分解凍と再凍結を繰り返すため、人体を構成する分子構造が破壊される危険性がある。生命活動を行っている状態なら、少々の破壊は自己治癒するが、凍結されている場合は破壊される一方であるため、この問題はより顕著となる。



 その昔地球が消滅してしまう前に、人類はオスマン等の植民地星に移住している。コロンバスはそのオスマン星から西廻り航路で宇宙を一周し、アジア星団群にたどり着き、再びオスマンまで戻る計画に現実性を見出していた。また、現存する最古の宇宙儀を作ったマルティン・ベイマとも交流を持ち意見を交換した。これらの収集情報や考察を経て、コロンバスはこの航海で宇宙球体説の立証は可能だと確信したのである。

 宇宙の果てはどうなっているのか、仮に人工冬眠の諸問題が解決しても辺境の先へは行けるのか。この宇宙の果てに関して、未だ宇宙球体説を立証した者は居ない。それでも現在すでに球体説は一部の識者に信じられている。さらにイタリア・フィレンツェの宇宙地理学者・数学者・天文学者トスカネッリはマルコ・ポローニの考えを取り入れ、観測可能宇宙以外の範囲はこれまで試算されているものよりもずっと狭いと主張していた。宇宙は球体であり、果てに進めばいずれ出発点にたどりつく事が出来る筈であると。宇宙暦2世紀のギリシア人宇宙地理学者のマリヌスはもっと大胆な予想を立てていた。ヨーロッパ星雲からアジア星雲群までは宇宙の2/3に当たるという。したがって未知の領域は残りの1/3となる。

 だがマリヌスが認識していた宇宙論は少し違うと、宇宙歴3世紀のイスラム人宇宙天文学者アルフラガヌスは言う。未来には未知の領域はさらに縮まると発言している。この考えの根底にはアリストレスの宇宙観を引き継いだ宇宙史観からであり、宇宙はカナリア星団からオスマン星までをこれまでに言われているものよりも非常に小さく見積もっているようである。


 やがてコロンバス達はさまざまな困難を乗り越え未知の空間への航海に乗り出すのだが、惑星上では水平線の向こうが見えないように、宇宙空間にも観測できる範囲に限界があり、それを仮に宇宙の果てという事もある。だが実際は水平線の果てに到達してもそこが世界の端っこではない。宇宙は球体であり、必ず元のオスマン星に戻って来られる筈だと考えているコロンバスは、この宇宙を花火のようなものだと考えていた。明るく開いた花火の膨張はやがて止まり、最後は派手に輝いて終わる。現にもう宇宙の膨張は収まり始めている。先端はすでに止まっているかもしれない。だとしたら航海に要する期間の目星は付くはずである。そしてこの宇宙もいずれ超新星爆発のピークを迎えると、全てが消えて再び無の空間がこの世を支配する事になるに違いない。天の川銀河において超新星爆発は40年に1度の平均頻度で発生していたのが、次第にその頻度が増えている。いずれは加速度的なカーブを描くだろう。


 ビックバンは宇宙の壮大な反転ではなかったか。特異点が有ったというのであれば一定の大きさが必要となり、無限に小さなという論点には無理が有る。

 コロンバスはビッグバウンスの概念、宇宙論を思い描いている。拡大し続けていた宇宙もやがて終末を迎える。超新星爆発も下火になり膨張は止まる。更に数百億年の時が流れ、均衡していたバランスが僅かに崩れると今度は縮小に向かい、反転の準備が始まるのだ。

 前宇宙を支配していた巨大なホワイトホールが限りなく収縮、虚数から実数へ反転してビックバンが起こり、ブラックホールの存在する現在の宇宙が誕生した。但し、その特異点はそれまで想像していたものよりもかなり大きかった可能性がある。さらに通り過ぎる星雲のなかには、原形のまま細長く引き伸ばされるだけで、反転してビックバンを通過し、やがて正常な星雲の形になるものもある。

 ホワイトホールの前宇宙世界での収縮と拡散は、ブラックホールの存在する我々の宇宙とは逆の理論に従っている。収縮は拡散であり、拡散は収縮でもある、別の物理法則に従っている宇宙である。双方の法則に従ったまま反転するのである。ホワイトホール宇宙世界での理論に従い特異点にまで収縮した宇宙が、ブラックホールの存在するこの宇宙誕生に繋がったと言う説はいまだに仮説ではある。だが見方を変えれば、ブラックホールとホワイトホールは表裏一体であり、同じ天体の現象だとも言える。どちらもホールと命名された時点から、あたかも宇宙空間に穴が開いているかのような誤解を生んで来た経緯があるのだ。

 現在のこの宇宙は300億年ほどの膨張期を経て、その後1000億年を超えるチリのようなものしかない闇の空間が支配するだろう。そして収縮が始まるとホワイトホールの素が育成され始め、約300憶年後には再びビックバンが起こる。今度はホワイトホールの宇宙が始まるのだ。

 エントロピーが支配する宇宙は系の乱雑さや無秩序さを表す量で、時間が進むにつれて増加する傾向があり、その逆となる収縮に向かうなど有り得ないという理論である。しかしそのエントロピー増大の法則に反するという疑問は、花火の競演が終われば全宇宙は限りなく細かなチリ状のもの、もしくはガスのようなものが漂っている空間となってしまうから、やがて矛盾など意味を失うのである。

 こうしてブラックホールの支配するこの宇宙は再び収縮に向かい、次のビックバンを経て新たなホワイトホールの新しい宇宙となるに違いない。

 もちろん反対の意見も根強く残っている。宇宙は膨張し続けており、やがて暗黒に支配されて全ては終わるだろうと言うのである。コロンバスはその論争に終止符を打つべく、宇宙の大海原に乗り出したのである。

 但し、たとえ人口冬眠を無事に乗り越えられたとしても、やはりこの宇宙はほぼ無限とも思われるほど広い。仮に球体上の宇宙を一回りして再びオスマン星に帰って来れたとしても、そこは出発した当時の世界ではないと思われる。年月は非情に過ぎ去り、もはや別世界になっているだろう状況は、コロンバスとしても耐え難いに違いない。だからその問題を解決できるかできないのか、試す手段は一つしか無い。どんなにリスクが有ろうとワープに挑むのだ。

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