第3頁 お喋りな君の名前
「もう行くの?」
「もう、行くね」
ウルの魔術を奪ってから二週間。
魔導四輪の操縦はある程度できる様になった。
食料品や旅に必要な物も、僕が貯金したお金で買い揃える事ができた。
もうこの街に居る理由は何も無い。
「壊れたら……」
「うん。君に教えて貰った方法で直すか、それが無理なら近くの街に運んで君に手紙を書くよ」
「うん。地図は持った?」
「持ったよ。ちゃんと詳細な奴を買った」
「街を出てからは東側の道から抜けて。
西側の森の中にある館は、夜になると怪物が出るって噂」
「分かったよ。君は過保護だね。
色々、良くしてくれてありがとう」
「うん……うん……
気を付けてね……」
二度、彼女は頷く。
度に、その視線が地面へ落ちて。
表情は俯いた。
「心配しないで。
少し長い旅に出るだけ。
世界を見終わったら戻って来る」
魔導四輪のエンジンをかける。
魔力の貯蔵は
補給無しでも70時間程は運転できる。
「戻ったら君に感想を言いに来るよ」
「約束?」
「そう、約束だ」
「分かった。
待ってる」
人生とはきっと、こんな気持ちの連続なのだろう。
学長も、宿屋で僕を雇ってくれた人も、ウルも、ヒナも。
僕は彼等に同じ思いを持っていた。
「さようなら。ウル」
この心の静けさは、この先の人生にもずっとある感覚なのだろうと、何故か僕はそう思った。
「またね、ノエル」
◆ 第三項 お喋りな君の名前
魔導四輪の中から窓の外を眺める。
徒歩とは比べ物にならない。
馬の移動よりも格段に速い。
そんなスピードで景色が遠退いていく。
魔導四輪のタイヤ部分は『反重力魔石』という特別な鉱物によって作られ、それは重力に対して反対向きの力を発生させるらしい。
この魔導四輪はその運動をコントロールする事で、大地を浮遊して前へ進む。
だからこの車は道を必要としない。
なんなら水の上だって少しなら走れる。
それに装甲も頑丈だ。
細い木程度なら倒しながら進む事もできるだろう。
『それで、気分はどうだよ』
本を助手席に召喚する。
そう言えば、暫く声を聴いてなかった気がする。
最後に話してたのは、ウルの魔術を奪った時かな。
「いいよ、この車は最高だ」
「違ぇよ。他人の魔術を奪った気分の話だ」
「……何を言いたいの?」
「これでお前は俺以外に二つ魔術を扱える。
伝説の英雄クラスの魔術師になった訳だ。
金貨百枚相当の豪勢な車まで手に入れた。
女を誑かす詐欺師としてのお前の才能に、俺は感服してるんだぜ?」
けたけたと笑いながら本は僕にそう言った。
「別に僕は彼女を騙してなんか……」
「あいつはお前に惚れてた。
お前があいつを惚れさせた。
俺って魔術を使ってな。
分かんなかった? 嘘吐くな。
お前は気持ちを知ってて、無視してた」
なのに、と本は続ける。
「お前は魔術と車を手に入れた。
美味しい思いだけをしてやがる。
良かったじゃねぇか、色男」
ウルは僕を好きだった。
多分、本の言ってる事は間違って無い。
嫌いな人間や特別な感情の無い人間に対して、ウルの行動は確かに余りにも不可解だ。
それを友情と言ってのけるのは簡単だ。
でもそれは、かなり失礼なのではないだろうか。
「確かに君の言う通り。
ちゃんといつか、お礼をしなきゃダメだね」
「それが答えかよ。つまらねぇ。
なぁ、ヒナって恋人は死んだ訳だ。
あの女や他の女とくっついても、誰にも文句を言われる筋合いはねぇんだぜ?
そうしねぇのか?」
「それは無いね。
少なくとも、今の僕が誰かと恋仲になるなんていうのは失礼が過ぎる」
死んだから。
たったそれだけの理由で僕の気持ちは消えやしない。
魔本の1ページ目には、今も尚、ヒナの魔術が刻まれている。
忘れる事はできないし、忘れる訳には行かない事だ。
「それに僕は旅人だよ?
今はそっちが忙しい」
「そうかよ……」
吐き捨てる様にそう呟いて、魔本は漸く黙った。
「ちょっと待て」
訳じゃ無かった。
「何? 正直君と恋バナしてもそんなに楽しくないんだけど?」
「じゃなくてよ、何処向かってんだよ今」
本が左右に動く。
まるで人間が首や眼球を振ってるみたいに。
「西の森だよ」
「はぁ? そこは危険だってあの女も言ってたじゃねぇか」
「分かってるよ。
でも、僕の目的は世界中を見て周る事だ。
何も無い平野ならいざ知らず、そんな面白そうな場所をスルーする気は毛頭ないから」
宿屋でもその館については幾つも情報があった。
その館から一番近い街な訳だし当然だ。
昼間は何の変哲もない古びた館。
けれど、夜になると多くの人がそこで不可思議な体験をしている。
化物を見た。
化物に襲われた。
曰く、それは人の様な姿。
曰く、それは犬の様な姿。
曰く、それは蝙蝠の様な姿。
曰く、それは沢山居た。
曰く、ソレに噛まれると。
――ソレの仲間になってしまう。
古城跡を改築して作られた館が、視えて来た。
「君は言ったじゃ無いか。
僕の力は伝説の魔術師クラスだって。
ならこの程度の危険は問題無いよね?」
「お前、俺が嫌いだろ。
なんで俺に期待する……?
期待、できるんだ?」
「君は僕に嫌われようとしてる。
それは分かってる。
でも、君と僕は離れられないんだよ」
君は僕の魔術だ。
僕は魔術を捨てられない。
僕の魔術を奪ってくれる人は、多分居ない。
それに、奪って欲しいとも思わない。
「ハク」
白紙と百頁から取った。
「あ?」
「君の名前、考えたんだ」
「ふざけんな。俺は本だ。物だ。
名前なんか……」
「要るよ。必要だ。
僕は君の名前を呼びたい」
街を出たのは夕方。
夜に、この館に辿り着けるように。
今は誰の所有物でも無い、主の居ないこの館に。
「僕は死ぬ気は無い。
君が居れば余裕だと思ってる」
少しだけ僕も我儘になったんだ。
「世界中を【学長以上】に見て周る。
その為には、こんな所で躓けない。
行くよ、ハク、お願いだ」
君は話す。
君は意志を持つ。
君は僕の魔術だ。
だったら、名前は要る。
あった方がずっと良い。
「……ッハ。
勝手にしろよ、ノエ」
零れた微笑からは嫌がってる感じはし無かった。
どうやら僕のネーミングセンスも捨てた物では無いらしい。
「ハク、魔術を使いたい」
僕は君と共に旅をする。
君は史上最高の魔術師が持つ、世界唯一の魔術本。
名前はハク。
そして君は、僕の相棒だ。
「あぁ、いいぜ。
どんな魔術が御所望だ?」
本が開く。
パラパラとページが捲られていく。
「1ページ目」
「学院史上最高の魔術を望むとは、中々に豪胆な魔術師野郎だ。
いいだろう。お前に、俺の力を使わせてやる」
「っふ、ありがとうハク」
「何笑ってやがるノエ」
「だって、まだ2ページしかないじゃん」
「俺を入れたら3頁だっての」
そう言ったハクから流れる楽しそうな声色に、僕もつられて笑みを零した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます