第2頁 〇化現象


「俺は大蛇の出る海を越えたんだ!

 八つの首を持つそのドラゴンは、八つの属性の息を操り船を沈める。

 俺が乗ってた船隊も十隻以上やられたが、俺は生き残った幸運者さ!」


 大柄な男はそう言って豪快に酒を煽った。


「僕は空に浮かぶ島を見たよ!

 けれどそれはずっと遠くで、百年技術が進歩しても行けないんじゃ無いかって思えるほど幻想的だった」


 ほろ酔いの顔立ちの良い商人の青年が、そう語ってくれた。


「古代の遺物にはまだ謎が解明されていない物が沢山ある。

 って事はだ、古代遺跡ってのはその神秘の塊なんだよ」


 考古学者と地質学者と神話学者の三名は、赤ワインを優雅に飲みながらそんな話をしていた。



 僕は今、宿屋で働いている。

 旅に出る。

 言うのは簡単だ。


 けれど、実行する為には必要な物は幾つも有る。


 大前提。金が要る。


 だから僕は働いている。

 情報を聞ける場所でもあったから、酒場のついたこの宿屋で働く事にした。


 学院のある街の隣の街。


 魔道具の街「アルカナニア」。


 そこが僕の今居る場所だ。



 仕事を終え、眠りにつく。

 そして朝6時の鐘と共に僕は起きる。


 窓を開けると青空に無数の影が見える。

 影が一つ、窓を開けた僕へ近づいて来る。


 僕は近く用意していた銅貨を握りしめて、その到来を待った。


「一部貰えますか?」


 影がある程度まで近づいて、声が聞こえる程になると、僕は影にそう声を掛けた。


「まいど!」


 そんな返答と共に、僕が投げた銀貨をキャッチし返礼として新聞が手渡された。


 魔道具である箒に跨り空を飛ぶ配達人。

 その中でもこの時間から活動してるのは殆どが新聞配達である。


 輸入と移送のコストが掛からないこの街でこそ見られる魔道具の使われ方だ。


 広い世界の街の中には、この光景は割とあるのかもしれない。


 けれど、学院のあった魔術街とこの街しか知らない僕にとってこの光景は、結構衝撃的な物だった。


 配達された新聞を開く。

 殆どは他愛も無い話だ。

 宮廷魔術師の結婚とか。

 次期王様候補、つまり王子たちの王位継承に関しての参加表明だとか。

 後は、教会の募金広告とか。


 僕が期待しているのは新発見された魔力技術とか、後は世界中の色々な場所の情報なんだけど新聞には余り乗らない。


「学院に居た頃が恋しいか?

 あの時は、好きなだけ魔術とか魔法の事について調べられたもんなぁ?」


 この部屋は僕の一人部屋だ。

 同居人も居ないし、誰かが呼びに来るのは僕が遅刻した時だけ。

 まだ午前6時だ。

 僕の仕事開始には少し時間がある。


 声は、僕の中から聞こえている。


「はぁ……」


 溜息を吐き、僕は魔本を召喚する。

 それを机の上に置いた。

 自分の中から声がするよりは、この方がマシだ。


「それでノエ、何か面白い話はあったかよ?」


「特に無かったよ。

 君って本なのに、人間基準の情報がそんなに大事なの?」


「オレはお前の本だ。

 だからか知らんが、オレの意識は人間がベースになってやがる。

 知らん記憶もあるしな」


「知らない記憶って?」


「お前には言わねぇよ」


「あっそ」


 本が話しだしたのは旅を決めた日の夜。

 魔本に魔術を一つ以上入れる事が、この本が喋り出す条件だったらしい。


「なぁ、本当に旅するだけいいのかよ?」


「どういう意味?」


「ノエ、お前は史上最高の魔術師だ。

 少なくとも、そうなれる器がある。

 知ってるだろ、普通は魔術を幾つ使える?」


「一つ。伝説上の英雄でも二つだね」


「それをお前は、実質的に幾つまで使える?」


「100」


「魔法だぜ。それは魔法の領域なんだぜ?

 そんな力を持って、やる事がただの旅?

 馬鹿げた話だ」


 【魔術】とは技術である。

 魔道具製作術、建築術、歌唱術、走術、剣術、算術。

 そんな技術に分類される。

 誰もが手を伸ばせる力だ。


 けれど【魔法】は違う。

 天変地異や概念術に分類される超常現象。


 例えば、

 魔物を発生させる環境である【魔の森】。


 例えば、

 夜を具現化した魔術生命体【夜の死神】。


 例えば、

 机上の空論である【生物学的最終段階】。



 例えば、持つだけで100種の魔術を扱える様になる魔本があるとするなら。


 恐らく殆どの人は、それを魔法と呼ぶだろう。



 でも、僕は知っている。

 魔術が無いという辛さ、痛みを。

 それを好き好んで、他者へ強要したいとは思わない。


 それに、こんな力が露見すれば色々な人から懐疑的な視線を受ける事になるだろう。


「僕は嫌がっている人から魔術を奪う気は無いんだ」


「好き好んで人に魔術を奪われたい奴なんか居ねぇだろ」


「そうかな?

 少なくとも、一人居たから君は喋ってる。

 それに、居ないなら居ないで良いんだ。

 本の空白が多くても、それはただそれだけの話なんだから」


「つまんねぇ人生だな」


 吐き捨てられた言葉に、笑みが零れた。


「ふっ、僕まだ21才だよ。

 世界中を旅するってだけで一大決心なんだ」


「そうかい、じゃあ別の質問だ。

 昔、学院に居た頃。

 お前が魔術の研究に熱心だったのは、ヒノエ・ヒナを救うためだった筈だ。

 なのに、そいつはもう死んじまったのに。

 どうしてまだ、魔術を追ってるんだ?」


 僕は精霊愛され病の治し方を求めていた。

 学院でずっとその事について調べていた。

 だから、魔術や魔力について少し詳しい。


 けれど、終ぞそんな方法は見つからなかった。


「……僕も分からない」


「へ~ぇ~」


 確かに本の言う通りだ。

 僕が魔術を研鑚する理由はもう何も無い。

 学院からも出た訳だし。


「そろそろ仕事の時間だね」


 本と話ながら準備を終えた僕は、彼の言葉を持つ事なく召喚を解除し、部屋を出た。




 ◆




 二ヵ月くらい働いて、僕は一日休みを貰った。

 お金はそれなりに貯まったと思う。


 僕がやって来た場所は、魔道具専門店。

 この二ヵ月、僕は幾つかの専門店をひやかした。

 けれど、この店だけはまだ入った事が無い。


 理由は、閉店時間が凄く早いから。


「こんにちは」


 品物が棚に並ぶ暗い店。

 裏路地にあって外からの光もあまり入ってこないから、本当に夜みたい。


「何の用?」


 奥に居た女性の店員が、ぶっきらぼうにそう言った。


『いけ好かねぇ女』


 本の声を無視して、僕は彼女に要件を伝える。


「長距離の移動が可能な魔道具を探しています。

 できれば荷物が沢山乗せられる物が好ましい」


「予算は?」


「金貨5枚ほど」


「無理。そんな物は無い。

 大型の魔箒まほうきでも金貨10枚。

 魔導二輪や四輪なら最低でも金貨50枚。

 普通は一括払いで買うものじゃない」


「……そうですよね」


 金貨5枚。

 僕が元々持っていたへそくりと、宿屋で働いて得た金貨1枚と銀貨42枚を足した金額だ。


 二ヵ月働いて金貨1・5枚弱。

 と言う事は、最低でも1年は働かないと僕は旅に出れない。


「長距離ってどこへ向かう予定?」


「決めてませんね。色んな所を見て周りたいんです」


「旅って事?

 それなら、もっと良い奴を買わないとダメ」


「そうなんですか?」


「壊れたら自分で修理しなきゃいけない。

 魔力が足りなきゃ注ぎ足す必要がある。

 君にそれができないなら、できる限り頑丈で魔力の貯蔵量タンクが大きくないといけないから」


 言いながら、彼女は傍に寄って来る。

 手に持ったメモ用紙に何か書きながら。


「これ、君の目的に合う品名と凡その値段。

 旅をする上での特性気を付ける事も書いておいた。

 参考にしてお金が貯まったら買うと良い。

 勿論、うちじゃ無くて構わない」


 少しだけ明るい所に彼女が来た。

 けれど、その顔は良く分からない。


 目深にストールを巻いている。

 服も少しダボ着いた大きめのローブで、体つきも定かじゃない。

 身長は僕より少し低い程度、多分155セルチくらい。


「何?」


 少し見過ぎたらしい。

 訝し気に彼女の目がフードの中から僕を見た。


「すいません」


「いい。慣れてる」


 よく意味は分からない。

 けれど、俯いた彼女から発せられた声は、随分と寂しそうな物だった。


「親切なんですね」


「……馬鹿にしてる?」


 嫌悪と悔しさの混ざった様な瞳……

 違う。これは僕と同じ。

 どうしようもない侮辱に対する苦い顔。


 だとしたら僕は、その勘違いを何としてでも訂正しないといけない。


「してません。

 僕は貴方に感謝している。

 嘘はありません」


 上を向く彼女の目に真向から視線を合わせ、他の何にも視線をくべず。

 じっと、信じてくれる事を願う様に玉虫色ゴールドグリーンの瞳を見つめる。


「……そう、疑ってごめん。

 旅をするって言ってた。

 もしかしてこの街の人じゃないの?」


「はい。数カ月前まで魔術学院の生徒でした。

 この街へやって来たのは二ヵ月前です」


「学院の……そっか、優秀なんだね」


「いえ、卒業したから来たんじゃないんです。

 無能と言われている現実に耐えかねて、飛び出して来た。

 多分、この言い方の方が適切ですね」


「無能……? なんで?」


「僕は魔術を使えないんです」


 魔術は技術だ。

 誰でも定められた修練を行えば覚醒できる。

 魔術学校に通えば、早い者なら1年で。

 遅くとも、3年もあれば魔力操作や感知ができるようになり、紋章が現れる。


 僕は15才で魔術に目覚めた。

 独学で本を読んで練習した。

 けれど、憶えた魔術は人に言える類の物では無かった。


 魔術の種類は自分では選べない。


 それが、僕の人生の分岐点だった。


「不良とか、サボり魔だったとか?」


「どうでしょうかね?

 そうかもしれません」


「そっか……」


 何処か納得したように顎に手を置いて、彼女は頷く。


「でも、無い方がマシだよ。

 変な魔術を憶えるよりは」


 同意して良い物かは分からない。

 僕の魔術は確かに僕にとって不利だ。

 でも、この魔術があったから、ヒナを少しだけ納得させて殺してあげる事ができた。


 明確にせずに、逸らす様に僕は言う。


「慰めていただけるんですか?

 本当に親切な店主さんに巡り敢えて良かったです」


「別に。職人として当然の事と、人として普通の事を言っただけ」


「それでも僕は嬉しかった。

 また、相談に来ても良いですか?」


「……いいよ。

 それなら今夜は暇?」


「暇ですが、どうしてです?」


「実物を見せてあげる。

 君に最適な魔道具マシン

 だから、今晩10時に来て」




 ◆ 私は、魔術が使えない程度で不幸振る彼に、少し嫌がらせをしようと思った。




 夜10時。

 僕はもう一度、店の扉を開けた。


 夜だからだろう。

 店の中にあるランタンの灯を、さっき来た時よりも強く感じた。


 店の中は、昼よりも見やすかった。


「ゲロ」


 店の中に、緑色の肌を持つ何かが居た。

 その鳴き声と、その形状からそれが何なのかは直ぐに察しがついた。


 それは、【蛙】だった。


 けれど、どうしてそんな物が店に居るのか。

 しかも、普通の蛙に比べてかなり大きい。

 僕の腰より少し高い位置に頭がある。


 その問題の答えを理解するには、少しの思考時間が必要だった。


 解くヒントは、蛙が羽織っているローブとストールに見覚えがある事だ。


「貴方は店主さん、ですか?」


「ゲロッ、ゲロッ」


 二度、蛙は跳ねた。

 そして、僕を促す様に店の奥を向いて移動を始めた。


 四足の足がズルズルと店の奥へ向かっていく。

 僕はそれを追った。


 整備室とでも呼ぶのだろうか。

 魔道具の部品と思われるものが乱雑に。

 同時に、いくつかの完成品も見える。


 その部屋には確かに、店主の職人としての歴史が見えた。


 商品棚のある部屋よりも照明が強い。

 照明は部屋の中央に濃く当たる。


 そこには一つの魔道具が――魔導四輪があった。

 四つの回転するタイヤが横向きに付けられた、黒い車。


「ゲロ」


 部屋を見ていた僕に鳴き声が掛かる。

 その方向を見ると、蛙が手紙を咥えていた。


「見ていいんですか?」


 そう聞くと手紙から口が離れ、地面に落ちる。

 拾い上げても蛙は僕を見ているだけで、特に何も反応しない。


 封を切って中を読んだ。



『見ての通り、私は蛙。


 昔は私も学園に通ってた。


 でもこの魔術に目覚めて、私は学園を自主退学した。


 私の魔術は無い方がマシな物。


 夜の間だけ、自分の意志とは関係なくこの姿になる魔術。


 ずっと馬鹿にされて来た。


 ずっと気持ち悪がられて来た。


 どうして、着いて来てくれたの?


 私は醜いでしょ?』



 ……僕は彼女に嘘を吐いた。


 ――けれど、彼女は僕に本当の事を話してくれた。


 ……隠したくて、逃げたいハズの現実を話してくれた。



 だったら。


「助けてくれた人が居たんです。

 学院に居た頃、僕をずっと支えてくれた人。

 誰に馬鹿にされても、誰に無能と蔑まれても。

 その人が居る限り、僕は頑張れた」


「ゲロ……」


「僕は、その人からされた様な事を、人にしてあげられるような人間になりたいと思いました」


 僕が今まで魔術を使わなかったのはヒナの為じゃない。


 僕が魔術を使わなかったのは、自分の力が怖かったからだ。


 人から嫌われる事が、この上無く恐怖だったからだ。


 けれど、ヒナが言ってくれた。


【私の魔術を最初に受け取って】


 それは、僕にとって言い訳になった。


 自分と向き合わなくて良い、言い訳に。


 でも、もう彼女は居ない。

 言い訳の時間は終わったのだ。

 休息は、十二分に取ったのだ。


 無能と呼ばれた僕だから、分かる事がある。


 彼女の状況は、本当に辛い物だ。


 だから、この人に嘘は吐きたくない。


「僕は他人の魔術を奪えます。

 僕なら、貴方に人の夜を与えられる」


 蛙の体が微小に震えた。

 その瞳が見開かれ、僕を凝視する。

 目は、潤んでいる様にも見えた。


「でも、奪った魔術は元には戻せません。

 よく考えて下さい。

 貴方はそれを無い方が良いと言ったけど。

 本当にそうなのか、良く、自分の魔術と向き合って下さい。

 それが、僕が貴方の魔術を奪う条件です」


 それが唯一、僕が彼女にできる事。


「また、次の休みの日に来ます」


 そう言葉を残し、出て行こうとした瞬間、僕の体にピンク色の何かが巻き付く。


 それは、蛙の舌だった。


 僕の体がゆっくりと部屋の隅にあった椅子に座らせられる。


 これも魔道具らしい。

 僕が座ると椅子の背が倒れ、寝られるようになった。

 結構ふかふかで、僕が普段寝てる布団より上等な寝心地に感じる。


「朝までここに居ろと?」


「ゲロゥ……」


 俯きながら、諦めたように蛙は鳴く。


 それはまるで、学院の廊下を歩いていた時の僕の様で。


 断れないな。


「分かりました。

 でも、仕事の時間には帰りますよ?」


「ゲコ!」


 いつもより良いベッドで、普段より早く眠気がやって来た。


 蛙は、僕の隣の床で丸まり寝息を立てている。


 それを見て、僕も目を閉じた。




 ◆ 両親以外の人と夜を過ごしたのは、初めてだった。




「教えて」


 翌朝、彼女はもうフードをして居なかった。

 思ったよりずっと若い。

 僕とそう変わらない歳に見える。


 そんな彼女の薄紫の髪が揺れ、玉虫色の瞳が僕を見ていた。


「何をですか?」


「敬語、嫌」


「……えっと、何を?」


「なんで私と一緒に居てくれたの?」


「一人は寂しいと知っているから、かな……」


「私の助手をしない?

 君が今働いている所以上の給料で。

 労働時間とか辛さも軽減されると思う」


「どうして僕に、そんな提案をするの?」


「君が一緒に夜を過ごしてくれるなら、私はこの魔術を受け入れられるから」


 少し考えて。

 考えるまでも無い事だと直ぐに気が付いた。


「ごめん。僕は旅に出るんだ。

 だから、君と一緒には居られない」


「……君を支えてくれた人って、恋人?」


 質問の意図は分からない。

 僕はただ、正直に答えた。


「うん、そうだよ」


「……そっか、分かった。

 私の魔術を奪って」


「いいの?

 もう決めちゃって」


「いい。

 私の代わりに私の魔術を使って。

 使う時には、私を思い出して」


「分かった。君に感謝して魔術を使わせて貰う」


 僕がそう言うと、彼女は咲く様な笑みで応えた。


「うん!」


 僕は本を呼び出す。


「よぉ蛙女。

 俺様が、お前の貧相な力を貰ってやるよ。

 感謝しな」


「ごめん、直ぐに黙らせる」


 本を壁に叩きつけた。


「いだい! いてぇ! いたいって! やめ、やめろバカ!」


 5回くらい。


「いい、その辺で。

 本が話すのは驚いた。

 けど、うん。普通の反応」


 僕は本の2頁目を開けて言う。


「ここに魔術回路を押し合てて」


「ウル」


「え?」


「名前、私の」


「そう言えば、まだ名前も言ってなかったね。

 僕はノエルだよ」


「ノエル……手伝ってくれる?」


「勿論だよ、ウル」


「こっちに本を向けて」


 言われた通り、僕は2ページ目を彼女に向ける。


 僕の本は見開きで1ページとカウントする。

 普通の本なら2ページ分を1ページと呼ぶ訳だ。

 その理由は、両方を1つの魔術が使うから。


 その片方に彼女は顔を近づける。


「恥ずかしいけど、笑わないでね」


 彼女の魔術回路は舌の上にあった。

 舌を垂らして、ページの上に舌を這わす。

 そうする事で、紋章が本へ移った。


「できた?」


 ゆっくりとページから舌を離して、彼女は聞いた。


「うん。

 これで君に魔術は無くなった」


「そっか。そっか……」


 手鏡を出して紋章が消えた事を確認しながら、ウルは自覚する様に呟く。


「お題は、この魔導四輪で良い?」


「いや、そういう訳には行かないよ。

 僕はそんな目的で君の魔術を奪ったんじゃない」


「こっちの台詞。

 何も無しに私の魔術を渡す訳には行かない。

 受け取って? 友達に貸しはできるだけ作りたくない」


「友達……? 昨日初めて会ったのに?」


「嫌だった?」


 俯いて零すその言葉は少し卑怯だ。

 けれど、そんな君に嫌だという選択肢は、僕には無かった。


「嫌じゃない、けど……」


「じゃあ、貰って」


「……分かったよ」


 根負けしたのは僕の方だった。

 ヒナもそうだったけど、どうやら僕は押しに弱いらしい。


「本当は、君を脅かすつもりだった。

 私は無能と呼ばれた君でも羨ましかった。

 でも多分、君の方が辛いよね。

 こんな力を持つ苦悩は私には分からない。

 なのに、ごめんなさい」


「謝る必要なんて……」


 違う気がした。

 僕が今、彼女に言うべき台詞はこれじゃない。


 彼女の小さな悪意に対する謝罪の返答はきっと、こう言うべきだ。


「許すよ、友達だから」


「ありがとう、ノエル」


 そう言って微笑む彼女を見て。

 もしも今彼女が話せない蛙の姿だったなら、飛び跳ねて喜んでいたのだろうかと思うと、それはそれで見てみたいような気がした。




 ◆ 第二項 蛙化現象



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