新年ノ章 ご挨拶 7

 翌日、一九は蔦屋とともに、版木屋の草香くさかを訪れた。


「いらっしゃいませ! あ、一九先生に蔦屋さん。あけましておめでとうございます」

「右京さん、佐吉さん。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

「今年も世話になるわね」

「うっす! 仕事なら、どんっとお任せください!」


 胸を叩いて任せろという佐吉に、一九は頼もしさを感じた。


「それで、本日はどういったご用件で?」

「実は一九が書いた今までの瓦版を、一冊の本にしようと考えているの」

「へぇ、そいつはすげぇや! あれ? でも一年行事にしては、年末とか新年の行事はありませんけど?」

「記事はもう出来上がっているんです。本にした時に、入れようと思っています」

「どう? やってくれるかしら?」


 右京と佐吉は顔を見合わせ、大きくうなずいた。


「勿論、やらせていただきます」

「俺たちにできることは、なんでもしますよ!」

「よかった。ありがとうございます」


 兄弟の言葉に、一九はほっと息をつく。そして持っていた風呂敷から、牡丹鍋ぼたんなべの記事と新年の挨拶の記事を取り出し、右京に渡した。


「こちらが新作の2本になります」

「はい、確かに。ですが、本にする作業は、少し時間がかかります」

「わかってるわ。だけど、少しでも早く作ってくれるとありがたいわね。じゃないと、一九の知名度が落ちて本が売れなくなる可能性があるから」

「え!?」

「なに驚いているのよ。当たり前でしょ」

「そ、そう、ですよね……。う、売れなかったらどうしよう……」


 顔を真っ青にして頭を抱えてしまった一九。そんな一九の肩を、佐吉がはげますようにばしばしと叩く。


「大丈夫っす! 一九先生たちは、うちのお得意様だから、最優先で作らせてもらいますよ」

「どうぞ、よろしくお願いします」


 2人は頭を下げて、版木屋の草香を後にした。


「一九はこの後、どうするの?」

「私は善哉さんと弥次郎さんに、新年の挨拶をしてこようかと思います」

「そう。じゃあ、あたしは店に戻るわね」


 一九は蔦屋と別行動をとり、善哉がいつも店を開いている深川へと足を向けた。


 一九がやってきたとき、屋台の陰で、善哉が仕込み作業をしていた。


「来るのが少し、早かったですかね?」

「あ、一九先生! あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとうございます、善哉さん。今年もよろしくお願いします」


 善哉が手を止めて頭を下げるので、一九もつられて頭を下げた。


「お店、まだかかるようなら時間をつぶしてきますが」

「いえいえ! すぐに開けますので!」

「じゃあ、お言葉に甘えて。ゆっくりでいいですから」


 一九は屋台の前に立つと、遠くのほうから「おーい、一九!」と声が聞こえてきた。


「弥次郎さん!」


 通りの向こうから、片手を上げて一九に声をかけてきたのは、善哉の次に会いに行こうとしていた、弥次郎だった。


「どうしてここに?」

「途中で蔦屋さんに会ってな。一九が善哉さんとこに挨拶に行ったって聞いてよ」

「そうでしたか。弥次郎さん、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

「おう。あけましておめっとさん。仕事はどうだ?」

「一区切りつきましたが、またすぐに忙しくなりそうです」

「へぇ、そうかい。でもまだ仕事があるってのはいいことだ」

「準備できました! ご注文をどうぞ」


 善哉が声をかけてきたので、2人はおすすめを頼む。


「そういやぁ、新作の瓦版は出ねぇのか?」

「実は、重三郎さんと話し合った結果、今までの瓦版を、一冊の本にすることが決まりました」

「本当ですか!? 絶対、買いますね! それと、はい! 新鮮な白身魚の天ぷらです」


 善哉が一九の言葉に目を輝かせながらも、げた天ぷらを差し出す。出来立ての天ぷらをかじりながら、弥次郎が一九に問いかける。


「しばらくは、こっちにいるのか?」

「それが、実は向こうで、歌舞伎舞台の物語も手掛けることになりまして」


 一九は弥次郎にだけ聞こえるように言った。その言葉に、弥次郎は呆れる。


「お前は本当に、仕事人間だな。向こうでも仕事を取ってくるなんてよ」

「私だって悩みましたよ? でも、私の今まで没になった浄瑠璃作品を、歌舞伎舞台用に原稿を直したら上演してくれるって言われて……」

「あ~、そう言われちまったら、やらざるを得ないわな」

「でしょう? だから今後も箱根には足を運ぶつもりです」


 それから一言二言と会話をし、他の客が来たことで、一九たちは善哉の店を後にした。


「んじゃ、俺も今日は仕事があるからよ」

「わざわざ会いに来てくれたんですか? すみません。というか、弥次郎さんだって、仕事人間じゃないですか!」

「俺も久々に会いたかったんだ。それと、細かいことは気にするな! じゃあな!」


 弥次郎は軽く手を振って、歩き去った。一九も用事が済んだので、店に帰ることにした。


 それからの日々、一九は蔦屋と版木屋草香の兄弟と共に、本の作成作業に集中した。

 新作の牡丹鍋と新年の挨拶の記事を入れるだけじゃなく、本らしくするために序の言葉と終の言葉を足す。



 それから数日後、無事に本が完成した。


「ついに、ついに完成しました!」

「よかったっすね! 一九先生」

「おめでとうございます」

「おめでとう、一九」


 本をかかげて喜ぶ一九に、佐吉と右京の兄弟と蔦屋は拍手を送った。

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