新年ノ章 ご挨拶 5

 翌日、旅装束を身にまとった一九を見送るため、見越とお六、鎌鼬と猿鬼、蛇鬼、球鬼たちは、人間界と妖怪の里の境界線である一ツ目地蔵まで来ていた。


「じゃあな、いっきゅー」

「またきてね!」

「こんどは、くいもん、もってこいよ!」


 鎌鼬の頭や両肩に乗る雑鬼たちの別れの挨拶と要望に、鎌鼬はため息をついた。


「こいつらの言い分なんて、ほっといていいよ。

 いい? 一九。仕事も大事かもしれないけど、ちゃんと休むことも大切だからね。体を壊したら、それこそ執筆なんてままならないんだから。里にも来れなくなっちゃうよ」

「は、はい。しっかり、休みます。休むように、心がけます」


 鎌鼬から疑わしそうな視線を向けられ、一九は苦笑いで誤魔化す。鎌鼬が一歩下がると、お六が前に進み出た。


「道中は慣れた道かんもしれんせんが、どうかお気をつけて。これは、お弁当でありんす」

「ありがとうございます」


 一九はお六から差し出された弁当を受け取る。お六は優しく微笑むと、鎌鼬に並んだ。

 一九はお弁当を荷物にくくりつけ、自分の前に立つ見越を見上げる。腕を組み、何か考えてまぶたを閉じていた見越は、目を開けると真っ直ぐに一九を見つめた。


「一九、わしはお主に名をやろうと思う」

「名前、ですか? 私にはすでに『一九』という名がございますが……」


 見越の思わぬ言葉に一九は目を瞬き、困惑の表情を見せる。見越は一九にわかりやすい様に説明した。


「名というものは、一番短いまじないだ。大勢の者たちがいるなかで『お前』と言われても、誰を示しているかわからん。その場の全員が反応をするか、無視をするかのどちらかだ。だが、『一九』と呼ばれれば、おぬしは反応するだろう?」

「えぇ。私の名前ですから」

「つまり、名前は個を表す。名づけは繋がりを作るためのものだ。わしらは互いの名を知っているため、繋がりはできている。だが、その繋がりをより強固なものにするために、妖怪の頭領であるこのわし、見越入道が名前をつけてやるということだ」

「それはとても嬉しいことです! ありがとうございます!」

「ではさっそくつけてやろう! 一九にはすでに『一九』という名があるからな。おぬしには苗字をやろう。……何度も行って帰る家がある『十返舎じっぺんしゃ』じゃ。これからは十返舎一九と名乗るとよい!!」


 見越が力強く宣言すると、ぶわっと強い風が一九に向かって吹き抜けた。それは、見越の言霊ことだまが一九に入っていくようであった。

 風が吹きやみ、一九は胸に手を当てる。


「十返舎……。とても素敵な名前です! 私の名前は十返舎一九。これからは、そう名乗らせていただきます!」

「そ、そうか。そんなに気に入ってくれたか」


 見越は照れたように、鼻をこする。

 一九は見越の照れた様子に微笑んで、かさをかぶった。


「それでは、行って参ります」

「うむ。気をつけてな!」

「いってらっしゃい」

「またね」

「「「じゃーなぁー」」」


 見越たちに見送られ、一九は江戸に向けて旅立った。

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