新年ノ章 ご挨拶 3

 次から次へと来る妖怪たちの姿を描いていたら、資料が膨大ぼうだいになってしまったのだ。


「これはまとめるのが、大変そうです」


 一九は資料を一つ一つ見ていきながら、清書内容を考える。


「これは一つにして、こっちは使って、こっちはなし。これも……なしですかね」


 使わない資料をぽいぽいと後ろに放り投げて、いつものように部屋を散らかす一九。鎌鼬がこの光景を見たら、尻尾をふくらませて、怒りの雷を落としそうだ。だが、一九にとって大切なのは、綺麗な部屋を保つことよりも瓦版を書き上げることだ。


「うん。考えがまとまりました。これでいきましょう」


 書く内容が決まった一九は、文机にさらな紙を置いた。筆にすみをつけ、慎重に紙の上をすべらせる。


『里のみんなで一緒に、頭領・見越入道へ新年のご挨拶。

 今日の見越は紋付もんつ袴姿はかますがたで、長い首をきゅっと縮めて威厳いげんたっぷり。妻のお六も立派な花魁姿おいらんすがた。みんなと新年の祝い酒をわす。

 祝いの品も山のよう。お六と鎌鼬で整理整頓せいりせいとん。しばらくごちそうの日が続きそう。

 おっと新年の挨拶が遅れてすみません。化けましておめでとうございます。今年も一年、よろしくお願いします』


 上座かみざに座る見越に、酒を注ぐ様々な妖怪たちの姿と、新年の挨拶で頭を下げる見越の姿を、一九はあっという間に書きあげた。満足のいく瓦版の仕上がりに、一九は筆を置いた。


「一九さん。夕餉ゆうげの用意が出来んしたよ」

「あ、はい」


 お六に部屋の外から声をかけられ、一九は立ち上がってふすまを開ける。そこには、首だけ伸ばしてきたお六の顔が、宙に浮いていた。

 お六は一九の部屋の散らかり具合に、目を丸くする。


「おやまあ。これはまたすごい散らかり具合で」

「あ! えっと、その、すみません! すぐ片づけますから!」


 慌てふためく一九に、お六はころころと笑う。


「構いんせんよ。お仕事の最中でありんしたのでありんしょう? 瓦版は書けんしたか?」

「はい。ちょうど終えたところです」

「一九さんは、本当に仕事が早うていらっしゃいんすね。部屋の片づけが終わりんしたら、居間まで来ておくんなんしえ」


 お六はしゅるしゅると音をたてて、首を縮めて戻っていく。

 一九はせっかくの料理を冷ますわけにはいかないと、大急ぎで部屋を片づけた。完成した原稿は、下書きのものにまぎれてしまわないように、風呂敷に包んだ。

 部屋の片づけを終えて、一九が早足で居間に行くと、雑鬼たちを含め、全員が食事に手をつけず、一九を待っていた。

「いっきゅー、おそいぞ!」

「すみません、お待たせいたしました」

「一九、また部屋を散らかしてたんだって? 部屋を散らかさないと仕事できないわけ?」

「うっ。で、でも、今は、ちゃんと片づけましたし……」


 鎌鼬にとがめられ、一九は言葉に詰まる。


「鎌鼬、一九の説教はあとにせい。飯が冷めてしまうわい」


「……そうだね。食べようか」


 見越の助け船に、一九はほっと胸をなで下ろした。

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