新年ノ章 ご挨拶 2

 道具をまとめ終わり布団を片づけていると、庭の方から「いっきゅー!」と雑鬼たちの声が聞こえてきた。一九が顔を上げると、彼らは縁側に上がってきた。一九は雑鬼たちを部屋に招き入れてやり、彼らの前に正座して、頭を下げた。


「猿鬼、蛇鬼、球鬼。あけましておめでとうございます」

「あけましておめでと!」

「おめでとう、いっきゅー!」

「あけおめ!」


 三者三様の挨拶に、一九は微笑む。


「お前たちはもう、見越殿へのご挨拶は済んだのですか?」

「おう! さっきな」

「これから、たくさんのひとがくるよ」

「いっきゅーは、どうするんだ?」

「私は見越殿の所で、里の皆様が挨拶に来る様子を、書かせてもらおうと思っています」

「こんなめでたいときまで、しごとすんのかよ!」

「大事な行事を瓦版にしないなんて、そんな勿体ないことできませんよ」


 猿鬼に突っ込まれるが、一九の頭には行事は仕事、という認識しかない。なので二日酔いの症状が無くなった今、一九はやる気にあふれていた。そこへ再び鎌鼬が顔を出した。


「一九、動けるようになった?」

「はい。薬のおかげで。だいぶすっきりしました」

「それじゃあ、おいで。こっちも準備できたから」

「なら、おいらたちは」

「いっきゅーへのあいさつもすんだし」

「あそんでくるー!」


 そう言って、雑鬼たちは飛び出していった。


「相変わらず、自由で元気いっぱいですね」


 一九はしみじみと呟き、仕事道具を持って鎌鼬とともに部屋を出た。


「おぉ、一九か。おはよう」

「一九さん、起きられたのでありんすね。もう体調は大丈夫でありんすか?」

「おはようございます、見越殿、お六殿。ひとまず、動けるようになりました。お粥もありがとうございます」


 見越の今日の服装は紋付もんつ袴姿はかますがたで、首も縮めて少し窮屈きゅうくつそうだった。お六もいつもより華やかな着物で、本物の花魁おいらんのように頭飾りもつけていた。


「鎌鼬から聞いたが、一九は仕事熱心じゃのぉ」

「妖怪の皆様の行事を書くのが仕事ですから。邪魔にならない様、部屋のすみにおります」

「うむ。来たモノたちに酒をすすめられても、無理に飲まんでよいからな」

「一九さんは、二日酔いでありんすからねぇ」

「見越殿たちが強いんですよ」


 一九以上に酒を飲んでいた見越たち3人のけろっとした様子と、自分だけが苦しんだことに一九は不満そうに口をとがらせた。


「頭領、ねえさん、それから一九。みんなが来たよ」

「そうか。一家族ずつ通せ」


 見越は用意された上座かみざに座り、一九は部屋の隅に移動し、仕事道具を広げる。

 鎌鼬の案内で、見越に新年の挨拶に来た妖怪たちは、部屋の隅で筆を動かしている一九に気づくと、いつもの気さくさで声をかけてきた。


「一九、あけましておめでとうにゃあ」

「おめでとうございます。今年一年、またよろしくお願いいたします」


 声をかけられるたび、一九は手を止めて挨拶を返す。


「一九も一杯どうかにゃ?」


 化け猫が、一九にまたたび酒をすすめる。


「すみません。実は昨晩、見越殿たちにたくさん飲まされまして……」

「にゃんだ。もう頭領に飲まされて、二日酔いなのかにゃ?」

軟弱なんじゃくだにゃ~」

「あははっ。またの別の機会に」


 一九が酒を断っても、彼らは気分を害することなく、笑って見越と酒をわし、帰って行く。一九はその様子をひたすら書いていく。

 そうしたやりとりが続き、新年の挨拶が終わったのは、もう夜に近い時刻だった。


「ふぅ。ようやく終わったわい。鎌鼬、着替えを手伝ってくれ」

「はーい」

「私は書いたものを、少し整理してきますね」

「なら、夕餉ゆうげの支度が出来んしたら、お呼びいたしんしょう」

「はい。お手数をかけしますが、お願いします」


 一九は使った道具と書いた物を持って、部屋に戻った。


「新年の挨拶行事が、こんなに時間がかかるとは思っていませんでした。おかげで資料がたくさんです」


 一九は書いた物を部屋にばさっと床に広げて、上から見下ろす。

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