冬ノ巻 役者顔見世と牡丹鍋 20

 鍋を綺麗きれいに食べ終えると、付喪神つくもがみたちはすくっと立ち上がり、自らの足でくりやに行くと、各自で体を洗いっこをするように、洗い物をしている。

 雑鬼たちは、ご飯を食べ終えると眠ってしまった。そんな彼らに、お六は彼らに布団をかけてやる。その時、遠くの方でゴーン、ゴーンっと鐘の音が聞こえてきた。


「あ、除夜の鐘だ」


 鎌鼬の声に、一九は湯吞ゆのみを置いて、姿勢を正した。


「見越殿、お六殿、鎌鼬殿。今年1年、誠にお世話になりました。皆様のおかげで、私は物書きとして、生きていくことができました。来年もどうぞ、よろしくお願いいたします」


 一九は3人に向かって、手の平を床につけて深々と頭を下げた。


「なんじゃ? 来年も来るつもりか?」

「え!?」


 見越の言葉に、一九は驚いて顔を上げる。すると3人は意地悪そうな顔をしていた。


「冗談じゃ。いつでも来るといい」

「一九さんなら、歓迎でありんすよ」

「というか、舞台の台本作成の仕事は終わってないだろ? 仕事がある以上、一九が里に来るのは当たり前なんじゃない?」

「皆様……。ありがとうございます」

 3人の温かい言葉に、一九は笑顔を浮かべた。


 部屋に戻った一九は、ろうそくを灯し、文机の上に紙を広げて、筆を手に取った。


『年末といえば、煤払すすばらい。だけど妖怪たちには関係ない。道具をほっぽって、ごーろごろ。付喪神な道具たちも一緒に、ごーろごろ。

 寒い寒い冬の日、こんな時はみんなで鍋をつつきましょう。鍋といったら皆さんは何がお好み? 妖怪の里では牡丹鍋ぼたんなべが主流である。なにせ、主役の肉は山で大量に発生するのだから。

 襲い来るは巨大な猪。鎌鼬の鎌での牽制けんせいに、見越入道はなたで大奮闘。見事に仕留めて、お六が華麗かれいさばきます。それが済んだら、採れたて新鮮な野菜も一緒にぐつぐつぐつ。美味おいしいお鍋の完成だ。みんなで一緒にいただきます』


 文章を書き終え、一九は絵を描き始める。怪物猪と戦う見越。そしてみんなで鍋を囲んでいる場面。

 一九は完成した原稿を見つめ、満足そうにうなずいて、筆を置いた。その時、閉めている障子窓の向こうで丸いものが空から落ちてくるのに気づいた。


 窓を開けると、雪がはらりはらりと、空から静かに舞い降りてきていた。


「雪、ですか。どうりで寒いわけです」


 一九は半纏はんてんで体を包むようにして、外の景色をながめた。雪は静かに空から舞い降りて、辺りに雪化粧をほどこしていく。


「こういう時は、熱燗あつかんを片手に雪見酒なんかをしたいですねぇ」

「一九、起きてる?」

「あ、はい」


 鎌鼬が遠慮がちに声をかけてきたので、一九は返事をしてふすまを開けた。


「灯りがついてたから声をかけたんだけど、もう寝るとこ? ねえさんが雪見酒をしないかって、熱燗を用意してくれたんだけど、一九はどうする?」


 一九は目を輝かせた。


「ちょうど私も、考えていたところです!」

「鎌鼬、一九は起きておったか?」


 廊下の向こうから、見越がにゅ~っと首を伸ばしてきた。


「おお一九! 起きているなら早く来い! せっかくの熱燗が冷めるじゃろ!」


 鎌鼬は呆れたように、ため息をついた。


「頭領、少しは待つことを覚えなよ」

「今、行きますよ」


 戻っていく見越の首を追って、鎌鼬と一九も歩き出す。

 居間に入ると、お六が熱燗の他に、おつまみをいくつか用意してくれていた。


「あぁ一九さん。まだ起きていらしていてようござりんした」

「瓦版を書いていたら、雪が見えまして。せっかくなら雪見酒をしたいと思っていたところだったんです」

「それなら、今夜は朝まで飲み明かしんしょう」

「あはは。お手柔てやわらかにお願いします」


 一九が座ると、お六がおしゃくをしてくれた。一九は代わりにお六のさかずきを満たす。見越と鎌鼬はそれぞれ互いに、盃に酒をいれた。

 全員の盃が酒で満ちると、見越が音頭をとる。


「では、新年に乾杯!」

「「「乾杯!!」」」


 一九たちは、盃をかかげた。

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