冬ノ巻 役者顔見世と牡丹鍋 19

 一九が1年を振り返るように、今までの行事を思い起こしてみる。


(妖怪の皆様が、人間と同じように行事を大切にしていて、でもその行事が人間と異なる所が多くて、その瓦版があんなに売れると思いませんでした。おかげで私は、作家として生きていけるようになりました)

「一九。何、にやにやしてるのさ?」


 表情の緩んだ一九を見て、鎌鼬は不思議そうに問いかける。


「この1年を思い返していたんです。執筆の仕事をすることになって、妖怪の皆様と出会い、里に出入りさせてもらって。そして一緒に一1年を過ごさせてもらって、とても幸せだったなぁっと」


 一九の懐かしむ声に、見越たちの眼差まなざしも昔を思い返すように、優しいものになる。


「わしらとしても、充実した1年だったぞ。また人間とこれほど深く関わりを持つことになるとは、思わなかったがな」

「その節は、突然の訪問、失礼いたしました」


 一九はぺこりと頭を下げた。


「思えば、一九は最初から度胸あったよね。俺たち妖怪に囲まれても怯えるどころか、目を輝かせちゃってさ」

「それだけ妖怪の皆様に出会えたのが、嬉しかったんです。憧れだったので」


 一九は照れたように、頬をかく。


「一九さんが初めて書いた行事は、穴見と万年桜でありんしたね」


 お六の言葉に、一九は思い出すように、目を閉じた。


「あの時食べたお六殿のお弁当は、いつも以上に特別感があって美味おいしかったです」

「それはそれは。ありがとうござりんす」

「それと、洞窟どうくつの穴を愛でるというのは、斬新ざんしんで面白いと思いました。そのあと見た万年桜も素晴らしかったです。ただ化け狸の腹鼓はらづつみに合わせて踊る桜には、驚きましたけど」


 一九は話を区切り、椀の中に入っていた猪肉を頬張ほおばる。


「その次に一九が来たのは夏で、五月の節句に雑草刺し。目玉は川開きとお盆かな」

「いっきゅーがもってきてくれた、すいかってやつ、すげぇうまかったな!」

「だれがわれるか、きょうそうしたよね」

「たねとばしも、おもしろかったな!」


 猿鬼、蛇鬼、球鬼も懐かしむように、会話に参加する。


「花火も見事でしたねぇ。真っ赤な花火に、青色の花火が上がるなんて思いませんでした」

「お盆のときは、一九のお父上も参られたな」


 見越が鍋の具材をお六によそってもらいながら、お盆の時のことを口に出す。


「えぇ。あの時は、まさか自分の父が来るなんて、思いもよりませんでした。いくら彼岸に渡った妖怪の方々に誘われたからって、普通は来ませんよ」


 お盆の準備を整え、迎え火をいたとき、見越のご先祖たちだけでなく、なぜか一九の父親である幾八いくはちまでやってきたのだ。


「そこは血筋じゃない? 一九だって、あるかわからない妖怪の里を探して、箱根まで来たんだからさ」

「それに、もしかしたら一九を心配して、来たのかもしれんぞ? 彼岸ひがんに渡ったモノたちは此岸しがんのモノたちがどうしているか、ある程度はわかるそうだ」

「そうなのですね。でも、私の父に限っては、絶対に面白がって来ただけですよ。昔から、父はそういう人でした。それこそ、人生を目一杯、楽しむ人でしたから」


 見越が歓迎かんげいしてくれたおかげで、一九の父親は宴会を楽しんだ後は、ちゃんと一九の母親のもと、幾八にとっては妻のもとへと旅立った。


「秋は闇見と歌合せでありんしたね。あの時は一九さんにも準備を手伝ってもらって、大変助かりんした。毎年、あれの準備は大変で」

「私も、あんなに団子をこねるとは、思っていませんでした。でも、とても美味しい闇見団子でしたね。ただ、いざ行事が始まったら真っ暗すぎて困りましたが。

 新月を愛でる行事なので当たり前なのに、その時になるまですっかり頭から失念していましたよ。ふらり火殿がいてくれたおかげで、なんとか皆様のことを書き表すことができました」

「それと、一九のんだ歌もよかったよね。物語のつむって感じ? 誰よりも上手かったんじゃない?」

「そうじゃな。皆もめておったわ」

「そ、そんなことありませんよ」


 鎌鼬と見越の評価に一九は照れて、それを隠すようにお椀の中身をかきこんだ。

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