冬ノ巻 役者顔見世と牡丹鍋 18

 見越はまっすぐに、一九を見つめた。


「お前はすばらしい作品を、生み出している。あの気難きむずかしい信楽が頼むほどだ。瓦版も人気なのだろう? だから一九はもっと自分に自信を持て」

「頭領の言う通りだよ、一九。俺たちですら、一九の書く瓦版は面白いと思うんだ。だから、人間たちのほうは、もっと面白いと思ってるはず。江戸にいる時は、自分で売ってるんでしょ? その時に、褒められたり、応援もされたりしてるんじゃない?」


 鎌鼬の言葉に、一九は小さくうなずいた。


「はい。確かに、褒めてくださる方もいて、次が出ることを楽しみにしてくれている方もいます。ただ……浄瑠璃作品を書いていた時、あまりにも自分の作品が評価されなかったので、私はどんなに瓦版が売れても自信を持てなかったんです。でも、そろそろ売れっ子作家だと、胸を張っても罰は当たりませんよね?」

「そうでありんすよ。もっと胸を張っても罰なんてあたりんせん。むしろ気弱な気分で書けば、文章にも表れちまいますよ?」

「そうですね。お六殿や皆様の言う通りですね。もっと自分に自信を持たねば、よりよいものを作ることはできませんね」


 一九の言葉に、皆がうなずく。そこへ、具材を自分の中に入れた付喪神の鍋が、くりやからでてきた。


「あぁ、出来上がったようでありんすね」


 お六は鍋の取っ手を布巾ふきんで掴んで持ち上げると、囲炉裏の自在鉤じざいかぎに引っ掛けた。そしてふたを取る。ふわりと部屋の中に、湯気とともに鍋の出汁だしの香りが広がる。


「ごっちそう! ごっちそう!」

「おっなべ、おっなべ」

「うまそうだな!」


 部屋のすみで遊んでいた雑鬼たちが、鍋をのぞもうとするので、一九が抱き上げて止めた。


「危ないですからね。ほら、席について」

「はーい」


 一九が雑鬼たちを構っている間に、お六は全員のわんに具材をよそう。雑鬼たちも席についたので、見越が手を合わせる。


「では、いただきます!」

「「「いただきます!」」」


 一同は一斉に、口の中に猪肉をはしで放り込んだ。


「んー、美味おいしいです! ほっぺたが落ちそうです」


 ぐつぐつと煮込まれ、柔らかくなった猪肉に、一九は思わず頬を押さえて堪能たんのうする。


「どうじゃ? うまいだろ」

「はい! 味が染みて、とても美味しいです。頑張って狩りに行ったかいがありました」

「怯えていただけのくせに」

「行ったことに、意味があるんです!」


 鎌鼬の馬鹿にしたような笑いに、一九は反論する。


「まぁよいではないか。冷めないうちに、どんどん食え」


 見越に言われて、一九は再び箸を動かした。


 温かい鍋を食べていると、体の芯から温まるのを感じ、一九はほうっとため息をついた。食事をしながら、彼は頭の中で、この一年を振り返る。


(なんだか今年は、怒濤どとうの1年でしたね。重三郎さんに奇抜な面白い作品を書けと言われた時は、どうしようかと思いましたが)


 事の発端ほったんは一九が蔦屋に、奇抜な小説を執筆するように言われたことだ。それから、一九は『箱根よりこっちに野暮と化物はいない』ということわざを頼りに、箱根にやってくるという無謀な旅をしてきた。そして諺の通り、まさか本当に妖怪の里が箱根の先にあって、一九は自分が出入りすることになるとは思ってもみなかった。

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