冬ノ巻 役者顔見世と牡丹鍋 6

 歌舞伎を観劇し終わった鎌鼬と一九は、芝居小屋の外に出た。


「いやぁ、とても面白かったです! 妖怪の皆様による怪談ものがられるとは思いませんでした。怖さ満点ですね!」

「あぁそう。楽しめたのなら、よかったよ」


 一九の興奮冷めやらぬ様子に、鎌鼬は引き気味であるが、ちゃんと返事をしてやる。

「ところで」


 一九はきょろきょろと辺りを見回した。


「ずいぶんと女性客が多いですね。江戸ではどちらかというと、半々くらいが多いのですが」

「たぶん、あいつ目当てだよ」

「あいつ?」


 一九が不思議そうに首を傾げるも、鎌鼬はとっとと背を向けてしまった。


「舞台は観たんだから、騒ぎになる前にもう帰るよ。一九はこの事を、瓦版にするんでしょ?」

「勿論です。せっかくのネタを活かすいい機会ですからね」


 歩き出した鎌鼬を追いかけるように、一九も足を動かす。


「にしても、舞台はやっぱりいいですねぇ。私もやりたかったなぁ」

「なに? 一九は役者になりたかったの?」


 一九は「いえいえ」と手を振る。


「私は舞台作者としてですよ。昔、浄瑠璃という、音曲語り物の一つをやっていたのですが、不人気で打ち切りばかり。仕事がなくて、野垂れ死にしそうになったことがありましてね」

「へぇ。一九でもそういうことあったんだ。一九の瓦版、面白いのにね」

「それは、皆様のおかげですよ」

「きゃー!」


 その時、女性の甲高い悲鳴が聞こえて、二人は思わず足を止めて振り返った。


玉藻之介たまものすけ様ー!」

「かっこいい!」

「すてき! こっち向いてー!」

 

 悲鳴は悲鳴でも、黄色い声援の悲鳴だった。

 女性妖怪たちに囲まれた中心には、派手な着物を着て、目鼻立ちをくっきりとさせた化粧を施した、狐妖怪の青年がいた。彼は周囲の女性たちに、にこやかな笑みを浮かべて手を振っている。


「げっ」

「げ?」


 狐妖怪の青年を見て、鎌鼬は苦虫を噛み潰したような顔をする。


「彼と、お知り合いなのですか?」

「……奴の名前は玉藻之介。芝居小屋の花形役者。でも、ただのいけ好かない狐野郎だよ」

「あぁ。先ほど観た舞台で、主役をやっていた方ですね」

「そう。面倒事はごめんだ。絡まれる前に帰るよ」


 先ほどよりも早足になった鎌鼬を、一九は慌てて追いかける。


「見つけた! そこの人間のあんた!」

「うわっ!」


 後ろから声と共に腕を引っ張られ、一九は倒れそうになりながらも振り返った。そこには、女性妖怪たちに囲まれていたはずの玉藻之介がいて、一九の腕を掴んでいた。


「あんたが、里に出入りしている人間だろ? 僕は玉藻之介。よろしく」

「はぁ。私は一九と申します。よろし」

「よろしくしないでいい!」


 一九の言葉を遮って、鎌鼬が二人の間に割って入る。玉藻之介は一九の腕を放した。


「あ、鎌鼬! 最近、僕と全然遊んでくれないじゃん。僕、寂しくて死んじゃいそ~」

「なら、そのまま死ね」


 すり寄ってくる玉藻之介を、鎌鼬は冷たく突き放す。

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