冬ノ巻 役者顔見世と牡丹鍋 7

 玉藻之介は頭の耳を垂れさせて、不満そうに、どこか寂しそうに口をとがらせた。


「そんなこと冷たいこと言うなよ~。俺たち幼馴染じゃんか」

「え!? 幼馴染なんですか?」

「腐れ縁なだけだよ。で? 一九に何の用?」

「実は頼みがあってさ」

「頼み?」


 鎌鼬の背中越しに一九は顔を出して、不思議そうな声で問い返す。


「あんたの瓦版、頭領に頼んで読ませてもらったよ。まぁ僕たちにとっては、当たり前の日常だけど、人間はあれが面白いんだね」

「妖怪の皆様と人間では、価値観が異なりますので。行事も似ているようで、違う部分も多くありますし」

「ふーん。そうなんだ。で、物書きのあんたに、お願いしたいことがあってさ」

「早く用件を言えよ。まどろっこしい」


 鎌鼬はいらついたように、片足で地面をぺしぺし叩きながら、玉藻之介を急かす。すると玉藻之介が、やれやれという風に両手を肩の位置まで上げて頭を振る。


「鎌鼬。どんな時でも心に余裕を持たなくちゃだめだよ。そうじゃないと、女の子に振り向いてもらえないよ?」

「一九、帰るよ」

「わー! 待って待って! 悪かったって!」


 一九の腕を引いて、鎌鼬が歩き出そうとすると、玉藻之介が一九の反対の腕を掴んだ。


「まだ用件、言ってないって!」

「お前が言おうとしないんだろ! 一九は忙しいの。お前に構ってる暇はない!」

「なんで鎌鼬が決めつけてんだよ! 話くらい聞いてくれてもいいじゃん!」

「いたたたたっ! 痛い! 引っ張らないでください!」


 互いが一九を引っ張り合うので、当事者の一九は悲鳴を上げた。


「「あ」」


 鎌鼬と玉藻之介は、同時に一九の腕を放した。ようやく自由になれた一九は、ふうっと息をついた。


「それで、ご用件とは何ですか? というか、私にできることなのですか?」

「あんたが物書きだから頼むんだよ。僕、十八番おはこの舞台が欲しいんだ。だから書いてよ」

「……はい?」


 一九は思わず、口をぽかんと開ける。


「僕たちの舞台って、人間がやるのと同じなんだよね。観ててわかったでしょ?」

「えぇ。今回の四谷怪談よつやかいだんなんて、まさにそうでしたね。迫力の度合いは、かなり違いましたが。それで玉藻之介殿は、人間がやる舞台とは異なるものをしたい、ということですか?」

「僕は役者だ。だから僕にしかできない舞台を、僕にしかできない役を演じたいんだ!」

「あなたにしか、できない舞台に役、ですか……」


 一九は小さく唸りながら、改めて玉藻之介をまじまじと見つめる。

 頭には白い狐の耳があり、顔は化粧映けしょうばえがする整った顔立ち。そして、九本の尻尾がゆらゆらと揺れている。いかにも、人間が想像する狐の妖怪である。


「ですが、突然、そのようなことを言われましても……。それに専属の作家がいるのでは?」

「それがいないから、あんたに頼んでるんじゃない。いいから、物は試しで書いてみてよ! 採用するかどうかわかんないけど、ちゃんと書いてくれた手間賃は払ってあげるから!」

「なんで頼む側のお前が、偉そうにしてんだよ!」


 玉藻之介の態度に、鎌鼬が怒るが、玉藻之介は意に返さない。


「だって僕は仕事をあげるんだよ? 逆に感謝してもらわなきゃ。それとも、できないの?」


 挑発するような言い方に、流石の一九もかちんっときた。


「いいでしょう! そこまで言われたら、私も引き下がれません! 引き受けてさしあげます!」


 一九は強く言い切った。すると、玉藻之介は満面の笑みを浮かべた。


「よかった! 演出については考えなくていいから。まぁ気楽に書いてよ」

「わかりました」

「それじゃ、よろしくね~」


 玉藻之介は、軽く手を振って帰っていった。

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