冬ノ巻 役者顔見世と牡丹鍋 5

 見越の家に帰ると、お六が出迎えてくれた。


「お帰りなんし。食事の用意はできてやすよ」

「ありがとうございます。荷物を置いたら、すぐ行きますね」


 荷物を置いて居間に行くと、見越と雑鬼たちが定位置に座っていた。


「一九、疲れは取れたか?」

「はい。ゆっくりできましたので」

「いっきゅーは、しごとをしすぎなんだよ」


 見越や猿鬼にまで心配され、一九は頭をかいた。


「私としては、そんなつもりは全くないのですが」

「一九の仕事好きは、死んでも治らないよ。それより早くご飯食べよ。お腹すいた」

「そうでありんすね。お前たち、こっちに来ておくんなし」


 お六は、ぱんぱんっと手を叩いて、くりやにいる付喪神つくもがみたちを呼ぶ。すると器に盛られた食事を乗せたぜんと、米櫃こめびつ杓文字しゃもじがやってきた。

 膳はそれぞれの前に来ると、ぴたりと動かなくなり、開いていた目を閉じて沈黙した。


「いつ見ても不思議で、かつ便利ですよねぇ。人間界にもいればいいのになぁ」

「ほら一九」

「ありが……」


 鎌鼬経由で渡された茶碗ちゃわんには、白飯がこれでもか、とあふれんばかりに盛られていた。


「一九さん。元気の源は食事でありんす。たくさん食べておくんなんしえ」

「あ、ありがとうございます」


 お六の言葉に、一九は苦笑した。


「では、いただきます!」

「「「いただきまーす!!」」」


 見越の挨拶に続いて、一九たちも挨拶をして、食事に手をつけた。軽い雑談を交わしつつ食事を済ませ、お茶で一服する。


「そういえば一九、熊手がどうとか言ってたけど、結局何なの? あと瓦版も見せてよ」

「あ! 持ってきます!」


 鎌鼬に言われて、一九は部屋の荷物から、秋の闇見のことを書いた瓦版と、小ぶりだが、豪華ごうか装飾そうしょくほどこされた熊手を風呂敷に包んだ状態で持ってきた。瓦版の隣に風呂敷を広げた。今まで見たことが無い物に、見越たちは興味深そうにのぞむ。


「人間たちの行事の1つで、とりいちというものがあるんです。江戸で有名なのは浅草寺の酉の市です。それでこの酉の市とは簡単に言うと、熊手や招き猫などの縁起物を購入して、1年の無事と来年の福を願うお祭りのようなものです。熊手には様々な装飾品を付けたりするんです。これには商売繁盛しょうばいはんじょうと翌年の幸福を願うという意味があります。まぁ、いろいろ言いましたが一言で言うと、熊手で枯れ葉をかき集めるように、翌年の幸福をかき集める、ということですね」

「へぇ。そういう意味があるんだね」


 一九の説明に、鎌鼬が感心したように言葉を漏らす。口にはしないが、見越たちも「うんうん」とうなずく。


「本当はもっと大きな物をお持ちしたかったのですが、旅の道中で雨に降られて汚れてしまうのも嫌だったので、小ぶりな物にしました。どこかにお飾りください」

「ありがとうござりんす」


 お六が一九から熊手を受け取った。そして、一九は見越に瓦版を見せた。


「そしてこちらが、秋の瓦版になります」

「宴を楽しむモノに、歌合せをするモノたちが描かれているが」

「一九の姿がないじゃん。せっかくあの時、歌合せに参加したのに」

「この瓦版の主役は妖怪の皆様です。ここに人間の私を書いたら無粋ぶすいというものですよ」

「そういうものか」


 見越と鎌鼬が納得している中で、一九は冬の行事の話を持ち出した。


「それで冬の行事は、どのような物があるのですか?」

「近々ある行事だと、役者顔見世がありんす」

「里にも芝居小屋があるのですか!? 鎌鼬殿、案内してもらってませんけど?」


 鎌鼬に里を案内された時に、湯屋があることも教えてもらえず、更に芝居小屋があることも聞かされていなかったので、一九は不満そうにじーっと鎌鼬を見つめる。すると彼は肩をすくめた。


「あそこは気まぐれで、ほぼ開いてない。真面目に開いてんのは、この時期くらいだよ」

「それはまた、随分ずいぶんと適当な芝居小屋ですね」

「行きたいなら明日、連れて行ってあげるよ。たしか演目があったはずだから」

「ぜひ、お願いします!」


 一九は満面の笑みで、返事をした。

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