冬ノ巻 役者顔見世と牡丹鍋 4
湯屋には、一九と鎌鼬以外に利用客はいなかった。互いに体を洗い終え、心地よい温度の湯船に浸かる。止まり木では、ふらり火がうとうととしていた。それほど静かだった。
「そういえば、鎌鼬殿とこうして2人でゆっくりするのは、初めてかもしれませんね」
「あぁそうかも。いつも頭領とか、雑鬼たちがいるもんね」
鎌鼬は湯船の
「仕事はどうなの? 順調?」
「はい。瓦版は毎度、飛ぶように売れてくれます。まぁ誰も事実を書いているとは、思っていないようですが」
「それはそうでしょ。大昔の人間ならいざ知らず、最近の人間なんて、俺たち妖怪の存在は信じないよ」
「でも、私の雇い主と友人は、三ツ目鴉を見せたら、妖怪の存在を信じてくれましたよ」
「ふ~ん。……ねぇ、一九はどうやって、俺たち妖怪が存在していると思う?」
「え? 前に教えてくれたように、人間と同じように子を作り、育てているのでは?」
一九は鎌鼬の言いたいことが理解できず、首を傾げた。
「それも正解のひとつ。でも、もう一つ、答えがあるんだ」
「もう一つの答え?」
「俺たち妖怪はね、一種の概念のようなものなんだ。誰かに語り継がれないと消えてしまう、そんな危うい存在なんだよ」
「えっ」
予想外の答えに一九は言葉を失った。鎌鼬の話は続く。
「雑鬼たちは、まるっきり同じ姿ではないけど、描かれたのは平安時代くらいなんだ」
「そんな大昔!? あ、だから見越殿たちよりも年上ということですか」
「そう。昔は、人間に悪さをするモノは、鬼や狐だって考えられていてね。雑鬼たちは小鬼として描かれた。それが形となって、あの姿になったんだ。だから一番年上ってわけ」
「でも、あの、ちょっと待ってください! 今の説明だとまるで、人間が妖怪を生み出したという風に聞こえるのですが……」
「そうだよ」
鎌鼬はしれっと答えた。
「平安時代、人間は人智を越えた存在を、あやかし、妖怪のせいにした。特にその時代は陰陽道ってものが流行っていて、いわゆる占いっていうのも強く信じられていたから余計だね。それから地獄絵図とかが流行ったせいもあるかな。
悪いことをしたら、死後は極楽に行けず地獄に堕ちる。そしてそんな地獄はこんな恐ろしい所なんだっていうのが広まった。地獄絵図は字で表現じゃなくて絵で表現されていたから、庶民にも多く広まったんだ」
「なるほど。だから多くの妖怪が生み出されたわけですか」
「そう。勿論、本当に人間を襲う悪い妖怪もいたよ。というか、人間がそういう風に思い込むから、恐ろしい存在になったんだけどね。ほら、人間でも菅原道真とか、平将門とかは怨霊扱いされてたでしょ?」
「えぇ。書物とかでも、語られていたりしますね。源氏物語でも生霊が出てきたりもありましたね」
「そうそう」
鎌鼬はぐーっと体を伸ばした。
「まぁとにかく、人間が俺たちを生み出し、俺たちの存在を支えている。逆に言えば、人間が俺たちを忘れれば、俺たち妖怪は消える運命なんだ。だからね、どういう形であれ、人間が俺たちのことを語り継いでくれればいいんだ。
一九の仕事は、人間たちに俺たちの営みを面白おかしく書いたものだけど、それは今まで人間たちの間で流行っていた
鎌鼬は「もう出ようか」と立ち上がった。
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