冬ノ巻 役者顔見世と牡丹鍋 3

 数日後。肩を落とした一九が、箱根の山を歩いていた。


「あんな豪快ごうかいに物を捨てなくても……。必要な物もあったかもしれないのに」


 一九は哀愁あいしゅうただようため息をついた。結局、1人で部屋を片づけることができず、蔦屋によって部屋にあった物を大量に物を捨てられたのだ。


「いっきゅー、なにぶつぶついってんだ?」

「どうしたの?」

「なんかあったのか?」


 迎えに来た猿鬼と蛇鬼と球鬼が、一九を見上げて首を傾げる。


「おや? お前たち、境界を越えてきてしまったんですか?」


 一九は雑鬼たちに視線を合わせるように、腰をかがめる。


「はあ? いっきゅー、だいじょうぶか?」

「一九が境界を越えて、来たんでしょ」


 雑鬼たちと一緒に迎えに来ていた鎌鼬が、呆れと心配を含んだ声で告げる。


「え? あ、そうでしたか。無意識に歩いていたので、気がつきませんでした……」

「一九、仕事のし過ぎで疲れてんじゃないの? 里についたら湯屋に行く?」

「そうですね。湯屋には、行きたいです」

「なら、とっとと行こう。ほら、風呂敷を持ってやるから貸しなよ」


 鎌鼬は一九の持っていた風呂敷を持って歩き出した。手が空いた代わりに、一九は蛇鬼と球鬼を左右の肩に乗せて、猿鬼を抱えると、鎌鼬の隣に並んだ。


「今度は何を持ってきたの? 食べ物にしちゃ、軽い気がするけど」

「今回は食べ物ではありません。持ってきたのは小ぶりの熊手です」

「熊手? 枯れ葉を集めるやつ? なんでそんなものを」

「いえいえ。そういう用途ようとのものではなくて。飾りがほどこされた縁起物えんぎものですよ。こちらでは、そういった物はないのですね。見越殿の家に着いたら、お見せします」

「ふーん。わかった」


 里に入り、見越の家に向かっていると、ぴゅーっと冷たい風が吹く。


「すっかり冬ですね。風が肌を刺すようです」

「確かに。俺も寒いの苦手なんだよねぇ」

「いっきゅー、ゆきふったら、あそぼうな!」

「ゆきだるまつくったり!」

「ゆきがっせんも!」

「お前たちは元気ですねぇ」


 見越の家に着き、一九は奥へ向けて声をかけた。


「一九です。お邪魔します」

「おぉ。よう来たな、一九! 毎度毎度、はるばると大変じゃな」


 見越とお六が、にゅるにゅると首を伸ばしてきて、一九を労う。


「あら一九さん。ずいぶんと疲れた顔をしてやすね」

「え? そうですか?」


 一九はぺたぺたと、自身の顔を触る。そんな一九を尻目に、鎌鼬は玄関に風呂敷を置く。


ねえさん、頭領。一九が湯屋に行きたいって言うから、これから行ってくるね」

「おぉそうか。なら荷物はここに置いておけ。わしが部屋まで運んでおいてやろう」

「いえ、荷物くらい自分で」

「遠慮しねえでおくんなんし。一九さんは、湯屋でゆっくりしてきておくんなし」

「えっと……それじゃあ、お言葉に甘えて。ありがとうございます」


 見越とお六の言葉に甘えることにして、一九は腕に抱えていた猿鬼を下ろして、荷物の中から着替えを取り出した。


「お前たちはどうします?」

「おいらたちは、あそんでくるー!」


 蛇鬼と球鬼は一九から飛び降りると、猿鬼と一緒に外に飛び出して行った。


「勝手なやつら。行こうか」


 鎌鼬と一九は、今度は湯屋に向けて歩き出した。

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