冬ノ巻 役者顔見世と牡丹鍋 2

 浅草寺せんそうじとりいちは、売り子の呼び声や市にやってきた人々の話し声で、大きなにぎわいを見せていた。


「すっげぇ! 予想以上の人の数だな!」

「そうですね。それに熊手も、こんなにたくさんの種類があるんですね」


 商売繁盛しょうばいはんじょうや翌年の幸福を願う豪華ごうかかざりつけをされた熊手の大きさは、腕に抱えるほどの物から手に納まる程度の物まで多くの種類があった。

 二人はいろんな店をのぞきながら、人にぶつからないように注意して歩く。


「せっかくですし、重三郎さんのお店のさらなる繁盛を願って買いましょうかね。あ、妖怪の里にも持っていきたいですね」

「俺も、中くらいの大きさの物が欲しいな。来年も商売がうまくいくことを願ってな」


 一九たちが周囲を見回していると、「ちょっとそこのお二人!」と声をかけられた。


「うちの熊手を見てっておくれよ! いろいろあるよ!」


 二人は顔を見合わせ、売り子に呼ばれるがまま、店に近づいた。


「おぉ。本当にいろいろあるな」

「うちには小さいのもあるよ。土産にぴったりだ」


 一九は売り子が示した小さな熊手を手に取り、しげしげとながめた。


「この大きさであれば、旅に支障はなさそうですね」

「遠くにいる家族に届けるのかい? だったらそれは、おすすめだよ」

「ではこれと、そちらの大きいのをください」

「俺は、こいつをくれ」

「はい、まいどあり!」

 売り子は笑顔で商品を丁寧ていねいに包み、2人に手渡した。


 酉の市で納得のいく熊手を手に入れた2人は、帰路についた。


「いい買い物ができてよかったな」

「はい。大満足です」


 一九はほくほくとした笑顔で荷物を抱えなおした。そのうち、分かれ道にでた。


「んじゃ、俺はこっちだからよ」

「今日はありがとうございました。どうぞ、よいお年をお迎えください」

「一九もな。仕事はほどほどにしろよ。よいお年を」


 弥次郎は軽く手を振りながら、去って行った。一九はそんな弥次郎の姿を見送り、彼の背が見えなくなってから、店に帰るために足を動かした。


「ただいま戻りました」

「お帰り。あら一九。ずいぶんといい物を買ってきたじゃない」


 そろばんを弾いていた蔦屋が、一九の抱えている熊手を見て、顔をほころばせた。


「弥次郎さんに誘われて、浅草寺の酉の市に行ってきたんです。お店に飾ってください」

「ありがとう。そうさせてもらうわ。その小さいのは?」

「妖怪の里に持っていこうと思って」

「そう。なら早く部屋を片づけて行くことね」

「そうでした……」


 買い物が楽しくて、一九は部屋の片づけが終わっていないことを、すっかり失念していた。

 荷物を持って部屋に戻ると、買ってきた荷物を置く所がないほど、物が散乱している。一九は客観的に見ても、今の部屋の現状はまずいと思った。


「よしっ。早く片づけてしまいましょう」


 一九は気合を入れて、掃除を再開させた。

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