秋ノ巻 闇見と歌合 12

 一九が落ち着いたのを見て、ふらり火は再び一九の前に降り立つ。


「それで、なんです?」

「あなたを光源に、宴の様子を書かせてください!」

「どういうことです?」


 ふらり火は、器用に炎で疑問の感情を表す。そんな彼に、一九は説明した。


「私は人間で夜目よめきません。ですが、私はこの闇見という妖怪たちの行事を、瓦版として書かなければならないのです」

「そうでしたです。でも暗闇の中で書くのは、人間の一九さんには不可能です。なので、僕が明かりにということです?」

「はい! どうかお願いできませんか!?」


 一九は手を組んで、ふらり火に身を乗り出すように頼み込む。


「まぁ、僕は構いませんです」

「ありがとうございます!!」


 一九は満面の笑みで、ふらり火に感謝した。

 一九は早速、ふらり火をつれて宴を楽しんでいる一団に近づいた。


「おい、ふらり火。お前の火は明るすぎるから向こうにおれと、おや?」


 文句を言おうとした妖怪は、ふらり火の隣に一九がいることに気づいて、言葉を止めた。


「こんばんは。いい夜ですね」

「なんだ、一九じゃないか」

「ふらり火を連れておったら、闇見を楽しめんじゃろ」


 彼らの言葉に、一九は苦笑しつつ否定した。


「私は人間ですので、真っ暗すぎて皆様が何をしているのか、まったく見えないのです。それでは瓦版が書けません」

「そうなのか。人間は不便じゃのぉ。ほれ、お前さんも飲め」

「ありがとうございます」


 一九は話しかけた妖怪からさかずきを受け取り、酒を口にする。


「一九は歌合の方は、参加したか?」

「いえ。まだです」

「なら行ってみるといい。あれこそ、闇見の醍醐味だいごみだからのぉ」

「そうなんですね。にしても、歌合をするなんて、ずいぶんと雅な遊びですね」

「一九! どこにおるのじゃ! いーーっく!!」


 突如とつじょ、すべての声をさえぎるように、一九の名前を叫ぶ見越の声が、宴の会場に響きわたる。


「わははははっ! 呼ばれておるぞ!」

「……ですね。行って参ります」


 一九はふらり火を連れて、叫んでいる見越のもとに向かう。


「一九はここにおりますよ、見越殿」

「おぉ! 大勢いすぎて見失っておったわ。お主も歌合に参加せい!」

「その前に、皆様の様子を書かせてください。ふらり火さん、もうちょっと近づいていただけますか?」

「はいはいです」


 一九は懐から矢立と手帳を取り出す。


『秋といえば、中秋の名月。月見団子に旬の野菜。すすきを供えて愛でるは満月。でもそれは、人間の風習なり。

 妖怪の彼らが好むは、すべてが闇に包まれた暗き夜。よって愛でるは新月なり。お供え団子は、新月に見立てた餡子あんこたっぷりの月見団子ならぬ闇見団子。

 新月を愛でながら、彼らが興じるは歌合。さあさあ、誰の歌が一番うまいのか。

 これが彼らの秋の行事でございます』


 も書いて、一九は満足そうにうなずく。


「書き終わったか? ならばゆくぞ。人間代表として、歌をむのだ!」

「そ、それは責任重大ですね」

「がんばってくださいです、一九さん」


 見越に腕を引かれ、ふらり火に応援されながら、一九も歌合に参加した。


 闇見の宴は、翌朝の日が昇る直前まで行われた。

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