秋ノ巻 闇見と歌合 11

 時刻は深夜となった。続々と里のモノたちが、見越の屋敷やしきへと訪れ、新月の夜を楽しむ。

 人間は夜になれば篝火かがりびくが、ここは夜の世界の住人たちが住まう里。火など必要ない。ましてや今回の宴の目的は、新月を鑑賞すること。火など無粋ぶすいである。


 庭では早速、歌合が始まっており、歌を朗々ろうろうと詠み上げる声が聞こえてくる。そんな中、一九は大きな問題に直面して、頭を抱えていた。


「真っ暗すぎて、何も見えない!」


 この里唯一ゆいいつの人間である一九には、辺りが真っ暗闇すぎて手元すらも、見えなかった。


「いやぁ。今年もよい夜じゃ!」

「真っ暗闇は、やっぱり落ち着くのぉ!」


 妖怪たちは、夜目よめくため、暗闇の中でも盃を交わして、笑い合っている。その声を聞きながら、一九は絶望に打ちひしがれ、地面にひざをついてうなだれた。


「これでは宴の様子が、書けないではありませんか……」

「いっきゅー、げんきだせよ」

「ぼくたちが、うたげのしょうさいを、おしえてあげるから」

「そうだぜ? そのためにおれたちが、いるんだからよ」

「その優しさが、心にしみます」

 雑鬼たちになぐさめられ、一九は顔をおおう。そのとき、一九のそばがふいに明るくなった。

「あ! ふらりびと、ばばあ!」

「そうだ、ばばあがいるよ!」

「ふらりびと、ばばあが、あかりになるぞ!」


 一九が顔を上げると、目の前に姥が火の顔があった。


「うわぁ!?」

「なんだい! 人様の顔を見て悲鳴を上げるんじゃないよ!!」


 姥が火がつばを飛ばす勢いで文句を言う。


「よく来たな、ばばあ!」

「ばばあでもやくにたつよ!」

「ばばあ! いいところにきた!」

「ばばあを連呼するんじゃないって言ってるだろうが!」


 雑鬼たちが「ばばあ」を連呼し、彼女の怒りの矛先ほこさきが彼らに向き、追いかけっこを始めてしまった。

 炎をまとった宙を浮く老婆の顔は、暗闇も相まって、明るい湯屋で会う時より怖さが増す。さらに小さな雑鬼たちを追いかける様は、飛んでいる勢いが速く最早もはや、火の玉のようだ。周りは面白可笑しく笑っているが、一九は何とも言えない気分で見つめていた。そんな一九の前に、ふらり火が降り立つ。


「こんばんはです。一九さん」

「こんばんは、ふらり火さん。……なんだか、落ち込んでいませんか?」


 湯屋で見たときよりも、幾分いくぶんか火の勢いが小さいことに、一九は心配そうに問いかける。


「気にしないでくださいです。闇見のときは、いつもみんなに邪険じゃけんにされるんです。『闇を鑑賞するのに、明かりは不要だ!』と言われるんです」


「はぁー」とふらり火は、ため息をつく。するとますます火の勢いがなくなる。だが、一九は目を輝かせた。


「ふらり火さん!」

「わわぁ!」


 一九が自分を掴もうとしているのに気づいたふらり火は、一九の手が届かない所まで一気に炎の羽で飛び上がる。


「危ないです! 僕は火の怪異かいいで、熱を持ってるんです! 素手すでで触るなんて、自ら火に手を突っ込むのと同じです!」

「あ、あぁすみません。うっかり、興奮してしまって」


 一九はふらり火に謝る。

 ふらり火はふよふよと、一九の顔の高さまで戻る。

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