秋ノ巻 闇見と歌合 9

 一九は木魅から「今日もお疲れ様です」と言いながら野菜籠を受け取った。


「あの木魅さん。私の名前は一九です。いっきゅーさんだと、とんちのお坊さんになってしまいますので」

「わかりましたー。いっきゅーさん」


 一九は木魅と目線を合わせて、挨拶あいさつをしながらも名前に関して訂正ていせいするが、「わかりましたー」と言いながらも呼び方が変わらない。木魅の「いっきゅー」呼びは、確実に雑鬼たちのせいだろう。


「とーりょー、よんできたよ!」

「なんじゃ? もう宴の時間か?」


 雑鬼たち以上に泥だらけの見越を見て、一九と鎌鼬は深くため息をついた。


「……私は、野菜をお六殿に届けてきますね」

「うん。俺は先に、こいつら連れて湯屋に行ってる」

「なんじゃ? また湯屋に行くのか? 面倒じゃのぉ」


 猿鬼たちと同じことを言う見越に、鎌鼬がぴしゃりと言い放つ。


「姐さんに雷を落とされたいなら、そのまま戻れば?」

「うっ。そ、それは、嫌じゃ……」

「なら、とっとと行くよ。ったく、どうやったらそんなに汚れるのさ」


 鎌鼬は怒りながら、湯屋へと見越たちを連れて行った。

 一九は彼らを見送り、お六に野菜を届けるため、屋敷やしきへ戻る。


「野菜を持ってきました!」

「ありがとうござりんす」


 一九は野菜の籠を、お六に渡した。

「あの人たちは?」


「鎌鼬殿が、先に湯屋へ連れて行きました。これから私も合流します」

「わかりんした。お願いいたしんす」


 一九は急いで、湯屋へ向かった。

「なんだい! また来たのかい!!」


 湯屋の暖簾のれんを潜った一九を、姥が火が罵声ばせいとともに出迎える。


「こんにちは、姥が火さん。あなたも、本日の宴に参られるのですか?」

「当たり前のことを聞くんじゃないよ! もっと夜が深まったら、行くからね!!」

「そうですか。お待ちしていますね」


 そう言って、一九は姥が火の横を通り過ぎた。姥が火が後ろで何か言っていたが、相手をしていたらいつまでたっても終わらないことを、前回来たときに学んでいる。それよりも見越たちのほうが、気がかりだった。


「いい加減にしろよ、このクソガキ共!」


 洗い場から鎌鼬の怒鳴り声が聞こえてきた。案の定、雑鬼たちが遊び回って騒いでいるらしい。

 一九は急いで洗い場に向かい、走り回っていた雑鬼3匹を捕まえた。


「「「うわぁ!!」」」

「お前たち、鎌鼬殿を困らせてはいけませんよ」


 猿鬼たちを捕まえてくれた一九の姿を見た鎌鼬が、額に手を当てて深々とため息をつく。


「あぁ一九、助かったよ。そいつら、お願いできる?」

「はい。お任せください」


 鎌鼬は見越のもとへ歩いていった。


「いっきゅーがまた、あらってくれんのか?」

「そうですよ。早くしないと、宴に間に合いませんからね」

「まだ、じかんあるから、へいきだよ」

「そうだよ。もっとあそんでたかったのに」


 不満をこぼす雑鬼たちを、一九は優しくなだめながら洗ってやる。


「確かに、宴の開始まで時間はありますが、まだ準備が終わったわけではないのです。あなたたちも、収穫以外にお手伝いをすることがあるでしょう?」

「おいらたち、てつだっていいの?」

「え? どういう意味です?」


 猿鬼の問いかけに、一九は目をまたたく。すると蛇鬼と球鬼が教えてくれた。


「かまいたちは、てつだうなっていうんだ」

「だからおれたちは、いつもうたげのじかんまで、あそんでるんだ」


 3匹はどこか落ち込んだ声で話す。


「なるほど、そうでしたか。とりあえず、流しますよ」


 一九は声をかけて、雑鬼たちの泡をお湯で流す。

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