秋ノ巻 闇見と歌合 7

 湯屋でさっぱりと汚れを落とした見越したちは、家へと帰宅した。


「帰ったぞ!」

「ただいま」

「ただいま帰りました」

「「「ただいまー!!」」」


 玄関で声を上げると、お六が首を伸ばして顔を出した。


「お帰りなんし。さっぱりしんしたか?」

「はい! とても良いお湯でした」


 一九はほくほくと嬉しそうに答える。


「それはようござりんした。食事の用意はできておりんす。荷物を置いてきなんし」


 一九たちは部屋に荷物を置いた後、居間に足を向けた。そこにはすでにぜんがそれぞれの定位置についていた。一九たちも席につく。


「おお! わしが頼んださつまいもご飯か! 食べるのを楽しみにしていたんじゃ!」

「えぇ。お前様が収穫してきたさつまいもで作りんした。たくさん食べておくんなしえ」

「それじゃあ、いただきます!!」

「「「いただきます!」」」


 見越の食事の挨拶に続き、みんなで挨拶をして箸を伸ばす。


「ねえさん! これっておいらたちが、しゅうかくしてきたやさい?」

「そうでありんすよ。おいしゅうござりんすか?」

「「「うんまーい!!」」」


 雑鬼たちの感想に、お六は優しい笑みを浮かべる。その横で、見越はさつまいもご飯を、豪快にかきこんでいた。


「お前様。もう少し味わって、食べてほしゅうござりんす」

「もご! もごもご!」

「飲み込んでから、話なんし!」


 お六に叱られ、見越はごくんっと、口の中の食べ物を飲み込んだ。


「うまいぞ、お六!」

「はいはい。お前様はいつも、そればかりでありんすね」

「うまいものはうまい。お六の作る料理は、みなうまい! 一九もそう思うだろう?」


 突然、見越に話を振られた一九だが、その言葉に同意するようにうなずく。


「はい。お六殿がお作りになられた料理は、美味しいものばかり。こんな美味しい食事を毎日食べられる見越殿は、幸せ者ですね」

「そうだろう、そうだろう。わははははっ!」


 見越は笑いながら、南瓜かぼちゃの煮物に箸で掴んで口に放り込んだ。

 和気藹々わきあいあいとした食事を終え、一九たちは食後の一服にお茶を飲んでいた。野菜の収穫と湯屋ではしゃぎ回っていた雑鬼たちは疲れたのか、部屋のすみで3匹は体を寄せあって眠っていた。そんな彼らを微笑ましそうに見ていた一九は、「あっ」と声を上げてあることを思い出した。


「そういえば、お盆の時の瓦版を持ってきていたのを忘れていました。今、取ってきますね」


 一九は小走りで部屋まで取りに行き、荷物の中から取り出して、居間に戻る。


「これです」


 一九は見越に差し出した。すると、お六と鎌鼬が「ぷっ」っとした。そこに描かれていた絵は、お六とのっぺらぼうのお鈴に怒られてしおれている、見越が描かれていたからだ。


「これはなかなかな傑作けっさくでありんすね!」

「ははっ! 頭領の間抜けな所が書かれてていい出来じゃん。他のご先祖たちのこととかもしっかり書いてあるし、今までで一番いいんじゃない?」

「えぇいい! 一九! なぜもっとわしのことを、威厳いげんがあるように書かなかった!」


 お六と鎌鼬が笑うので、見越が怒った声を上げるが、一九はにっこりと笑った。


「瓦版は事実をしっかりと伝えることが、大切なんですよ」

「うぬぬぅ。だが、人間たちはこれを創作ものだと思っているのだろう? ならもう少し威厳があるように書いてくれてもよいではないか」

「時には面白さを入れなくては、人気がなくなってしまうので。次、見越殿のことを書くときは、しっかりと威厳のある様に書かせていただきます」

「うむ。ぜひ、そうしてくれ!」


 見越の機嫌が直ったところで、一九は秋の行事について問いかけた。


「見越殿。ふみには、『闇見だ! 新月までに来い!!』と書かれておられましたが、闇見という行事は、どのような行事なのですか?」

「それはあちきが説明いたしんす」


 見越が口を開く前に、お六が一九に向き直る。


「闇見というのは、新月の暗い夜を鑑賞する行事でありんす」

「え? でも、新月ってことは、真っ暗闇ですよね?」

「えぇ。あちきたちは暗闇の中、宴を開くのでありんす。たしか、人間は満月をでるのでありんすよね? 中秋の名月でありんしたか? それの反対のことをすると、考えていただいて結構でありんす」


 一九は「なるほど」とうなずいた。


「人間は月見と言って、満月を愛でますが、妖怪の皆様は新月を愛でるわけですか。しかし、よく中秋の名月を知っていますね。皆様は人間の行事にうといかと思っていました」

「この間、蔵を掃除している時に、石燕せきえんさんからいただいた書物を見つけたのでありんす。その中に、人間の文化が書かれていて、それで知りんした」

「そうでしたか」


 お六の言う石燕というのは、『画図百鬼夜行』という妖怪の姿絵を描いた本を出版した鳥山石燕とりやませきえんのことで、昔、一九と同様に里に出入りしていた人間の一人だ。


「闇見で開かれる宴は、穴見の時のように大騒ぎをする宴ではのうて、静かな宴なのでありんすよ」

「なかには、歌合をするやつらもいるよ」

「歌合! それはずいぶんと雅な遊びですね。実に興味深い」


 鎌鼬の言葉に、一九は思わず手を叩いた。


「して一九。人間はその月見とやらの時に、どんなことをするんじゃ?」


 お茶を飲んで話を聞いていた見越が、一九に問いかける。


「そうですね。月見団子と秋野菜、それから背の高いすすきをお供えして、満月を愛でながら飲み食いを静かに楽しみます」

「月見団子とは、どういうものなのでありんすか?」


 料理好きのお六は身を乗り出す。


「月見団子は、要は白玉団子です。それを一口大に、まぁだいたいこれくらいの大きさですね」


 一九は人差し指と親指で丸を作って、大きさを示す。


「それで地方によりますが、基本的に15個作ります。そしてこの団子は、満月に見立てています」


「そして下段から5個、4個、3個、2個、1個と山の形のように積み、月のよく見える場所に、秋野菜とすすきと一緒にお供えします」

「すすきは、神様のしろ?」

「はい。月を愛でると同時に、豊穣ほうじょうの神様に豊作を祈る行事でもありますから」

「そこはこっちと、変わらないんだね。みんなで飲み食いの宴会もするけど、神様に向けてのお供えもするんだ。それから闇見団子をたくさん作る」

「闇見団子?」

「せっかくでありんすから、一九さんにも手伝ってもらいんしょう。お盆の時同様、あちきたちだけでは手が足らねえので」

「わかりました。お世話になっておりますし、取材のネタにもなりますので、ぜひやらせてください!」

「頼りになりやす」


 お六は一九のやる気に満ちた声に微笑む。

 

「それで、その闇見というのは、いつ行われるのですか?」

「明日だよ。本当に大忙しだから、覚悟しといたほうがいいよ」

「わ、わかりました。頑張ります。でも闇見がどんなものなのか、今から楽しみです」


 一九は冷や汗を流しつつも、満面の笑みで答えた。

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