秋ノ巻 闇見と歌合 6

 一九と鎌鼬がふんどし姿になったところで、言い合いを終えた猿鬼たちがやってきた。


「さきにいくなんて、ひどいぞ!」

「おいてかないでよ!」

「そーだそーだ!」


 文句を言うだけ言うと、猿鬼は腰蓑こしみのを取って、もともと丸裸の蛇鬼と球鬼と一緒に、「わーい!」と、洗い場へと走っていった。


「転んでもしらないぞ」


 鎌鼬がそう注意した途端とたん、猿鬼がすべって転んだ。


「いてっ」

「言わんこっちゃない」


 鎌鼬は呆れたように言うが、一九はそれに苦笑しつつ猿鬼を抱えて起こしてやった。


「大丈夫ですか?」

「おう! それよりいっきゅー、しょうかいするぞ」


 猿鬼は洗い場の奥で、床や壁をぺろぺろとめている小さな人型の妖怪を指差した。


「このこは、あかなめっていうんだ」

「あらいばを、そうじしてくれてるんだぞ」

「どうも。垢嘗あかなめ、いいます」

「はじめまして。一九と申します」


 雑鬼たちに紹介された垢嘗が、ぺこりと一九に頭を下げるので、一九も会釈えしゃくを返した。


「よし! 一九よ、そなたの背中は、わしが流してやろう!」

「えぇ!? そんな恐れ多い!」

「問答無用じゃ! そこに座れ!」


 見越は一九を半ば無理やり、椅子いすに座らせる。


「頭領、これ、お使い、ください」


 垢嘗は見越に、湯が入ったおけ糠袋ぬかぶくろを差し出す。


「うむ。すまんな」

「見越殿、すみません」

「気にするでない。わしと一九の仲じゃろう」


 見越は普段の豪快ごうかいな動きとは裏腹に、丁寧ていねいな手つきで、優しく一九の背中を洗っていく。


「なら、頭領の背中は俺が流すよ」

「頼むぞ」

「ならば私は、お前たちを洗ってあげましょうかね」

「ほんとかー!?」

「あらってあらって!」

「やったー!」


 遊んでいた雑鬼たちが、一九の前に横に並ぶ。


「なんで横一列。まぁいいですけど」


 わくわくと楽しそうに背中を向ける雑鬼たちの背中を、一九は順番に洗ってやった。


「よし! これで良かろう」

「ありがとうございます。お前たち、流しますよ」


 見越は一九の背中を、鎌鼬は見越の背中を流し、一九は雑鬼たちの背中の汚れを洗い流してやった。


「湯船は、あちらに。熱かったら、ふらり火に、言って、ください。そいつが、温度調整、してますので」

「あいわかった」


 垢嘗に言われて湯船に近寄り、温度を確かめていると、ふわふわと火の鳥がやってきた。


「湯加減はいかがです?」

(すごい! 火の鳥がしゃべった!)


 火の鳥が人語をしゃべることは驚きだが、一九は恐怖よりも感動して目を輝かせた。恐怖ならば、湯屋に入ってすぐに出会った姥が火のほうが怖かったからだ。


「あなたが、ふらり火殿ですか? ちょうどよい湯加減です」

「よかったです。では、ゆっくりとお入りくださいです」


 そう言って、ふらり火はゆっくりと羽ばたいて、止まり木に止まる。


「いっきゅー。おれたち、おぼれちまうからよ」

「おけのなかにおゆをいれてー」

「そうしたら、おいらたちそのなかにはいるからさ」

「わかりました。桶は1人1つずつですか?」

「うん!」


 一九は猿鬼たちに言われた通り、3つの桶にお湯を入れてやり、それぞれ抱えてゆっくりと桶の中に入れてやる。


「ありがとな!」


 雑鬼たちはぷかぷかと湯船に浮かぶ。一九たちも体が冷える前に湯船に浸かることにした。


「ふぅ。やっぱりお風呂はいいですね」

「一九はお風呂好きなんだね」

「鎌鼬殿は、お好きではないんですか?」

逆上のぼせやすいからね。もうちょい温まったら、先に出るよ」


 鎌鼬は頭を振って、水気を飛ばす。


「ふろはきもちいけど」

「まいにちは、めんどうだよね」

「たまにはいるのが、いいんだよなー」


 雑鬼たちは、うっとりとしながらも、やはり面倒と思う気持ちのほうが強いのか、そんなことをこぼす。


「そうじゃな。たまにが一番じゃ」

「姐さんに言われないと、風呂に入らないくせに」

「面倒なんじゃ。仕方なかろう」


 一同は「あー」と力の抜けた声とともに息を吐き出した。

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