秋ノ巻 闇見と歌合 5
お六の言葉に、見越は面倒臭そうな顔をして反論した。
「いつものように、体を布で拭けばよかろう。湯屋は面倒じゃ」
見越がそう言うと、お六がくわっと目を見開いて怒鳴った。
「あちきが嫌でありんす! そんな泥だらけの体で、家の中を歩くなんて言語道断!!」
「す、すまん」
お六の怒りの形相に、見越は首を縮めて謝った。
「着替えを持ってきんすので、そこで待っていてください。一九さんは、その野菜の籠を
「かしこまりました」
お六は首を戻し、一九は野菜籠を運ぶ前に、見越を見上げる。
「見越殿、私も湯屋にご一緒してもよいでしょうか?」
「おお! 勿論じゃ!」
「では、着替えを取ってきますね」
「俺もついでだし、入ろうかな」
鎌鼬も自分の家に着替えを取りに行き、その間、一九はたくさんの収穫した野菜が入った籠を厨へと運んだ。その後、自室から着替えを持って出たところで、お六に声をかけられた。
「一九さん。こちらもお願いいたしんす。うちの人と雑鬼たちの着替えでござりんす」
「はい。承りました」
お六から見越たちの着替えも受け取り、一九は玄関に戻った。
「お待たせいたしました」
「では、行くぞ」
「「「わーい!!」」」
家の外で鎌鼬と合流して、一同は湯屋へと向かう。雑鬼たちは、さすがに自分たちが泥だらけと自覚しているのか、一九によじ登ることはしなかった。
「ここだ」
「ずいぶんと立派な建物ですね」
見越のぼろ
「邪魔するぞ!」
「おや頭領! ようこそおいでくださいました! 奥方様に、身を清めろとお小言をもらったのかい!?」
番頭台にいたのは、老婆の顔をした
「ひぇっ」
ぼうぼうと燃える姥が火を見て、一九は思わず悲鳴を上げた。里を出入りするようになってたくさんの妖怪を見てきたが、常に燃えていて迫力のある顔だけが浮いている妖怪を見るのは初めてだった。
「ん? あんたは初めて見るね!
大声を出しながら近寄ってきた姥が火の炎が、一九の顔をなめる。
「ひょっ」
「あぁ!? なんだい! なんか文句あんのかい!?」
「おい、ばばあ! いっきゅーをいじめんな!」
一九が言葉を失っていると、足元にいた猿鬼が、姥が火に向かって叫んだ。
「ばばあは、かおがこわいんだから、ちかよったらだめ!」
「ばばあ! いっきゅーがびっくりしてるだろ!」
「ばばあを連呼するんじゃないよ! ちび共が!」
姥が火が怒ると、彼女の炎はごうっと勢いを増す。呆気に取られて言葉を失っている一九に、鎌鼬が紹介する
「一九。彼女は姥が火。湯屋の管理者。見ての通り、声がやたらでかい
「だれが癇癪ばあさんだい!」
鎌鼬の説明に、姥が火が怒るが、鎌鼬は耳を
一九は小さく息を吐き出して気持ちを落ち着けると、自己紹介をすることにした。
「大変失礼をいたしました。私が妖怪の皆様の一年行事を書かせていただいております、一九と申します。この里にも湯屋があると聞き、来させていただきました」
「ふん! ずいぶんとみすぼらしい人間だね!」
「「「うるせぇ、ばばあ!!」」」
「なんだってぇ!?」
終わらない姥が火と雑鬼たちのやりとりに、一九は何とも言えない顔で見越を見上げた。
「この場合、どうすればよいでしょうか?」
「放っておけ。風呂場はこっちじゃ」
言い合いを続ける姥が火たちを置いて、見越は奥の引き戸を開ける。そこは脱衣所になっていた。
「造りは、江戸の湯屋と変わりないですね」
「一九はよく行くのか?」
「はい。仕事に集中できない時などに。よい気分転換になるのですよ」
「なるほどのぉ。しかし、わしは面倒でなぁ」
見越はそう言いながら、泥だらけの着物を脱ぎ捨てる。
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