秋ノ巻 闇見と歌合 4

 鎌鼬と共に訪れた畑は、初めて妖怪の里を案内された通り、里全体に食べ物が行き渡るほどの大きな畑だった。それこそ、端から端が見えないくらいだ。


「すごい立派ですね」

「最初に案内したときは、ここに大きな畑があるって言っただけで、見せてはいなかったもんね」

「こんなに大きいとは予想外でした。あ、あそこに見越殿がおられますね」


 ちょうど植えられている草むらの間から見越の体が見えた。


「とーりょー!」

「がんばれー!」

「もうちょっとー!」


 体が小さい猿鬼と蛇鬼と球鬼の姿は見えないものの、声が聞こえるということは、見越の近くにいるのだろう。彼らに応援されながら、見越が何かの大きな葉っぱを掴んでいた。


「何やってんだ?」

「何かの収穫、ですかね?」

「ふんぬわー!」


 一九たちが到着すると同時に、見越が土の中から巨大なさつまいもを豪快ごうかいに引き抜いた。


「「「やったー!!」」」

「頭領、すごいですー」

「さすがでさぁ!」


 雑鬼たちは飛び跳ねて喜んでおり、彼らのわきに、一九が初めて見る妖怪が2人いた。


「頭領」

「ん? おぉ! 鎌鼬に一九ではないか! 来ていたのだな」

「こんにちは、見越殿。先程、到着いたしまして、お六殿に言われてお迎えにあがりました」

「そうか。それはご苦労であった」


 見越は首に巻いていた布で、汗を拭った。鎌鼬は見越のそばにひかえる2人の妖怪を示す。


「一九、紹介するよ。この畑の管理をしている大きいのが山童で、雑鬼たちみたいに小さいのが木魅」

「お初にお目にかかります。一九と申します。妖怪の皆様の行事を書かせていただくため、里に出入りさせていただいております」


 そう言って、一九は2人に頭を下げた。


「あぁ、あんたが。おれは山童」

「猿鬼たちから話を聞いてるよー。おいらは木魅っていうんだー。山童の兄ちゃんと、畑仕事をしているのー」


 山童は、水辺にいる河童のような見た目をしているが、畑仕事で鍛えられているからか、見越に負けず劣らずの筋肉隆々きんにくりゅうりゅうだった。たいして木魅は、大根を持ったら、ほとんど体が隠れてしまい、大根を抱える小さい手足くらいしか見えない。雑鬼の中でも一番小さい、球鬼くらいの大きさしかないだろう。


「よろしくお願いいたします」

「おう。よろしくな」


 一九は山童と木魅と握手を交わす。


「いっきゅー!」

「みてみて!」

「おれたち、がんばったんだぞ!」


 猿鬼と蛇鬼と球鬼が、収穫した野菜を入れたかごを抱えて、一九のもとに走ってくる。よく見ると彼らは泥だらけだった。それだけ収穫に精を出していたのだろう。

 籠の中には、見越が収穫していた大きなさつまいもと一緒に、秋茄子あきなす南瓜かぼちゃなどの野菜が入っていた。


「たくさん収穫しましたね」

「こだまたちのやさいは、すっげぇうまいんだ!」

「かぼちゃは、とてもあまいんだよ!」

「いっきゅー、いっぱいたべろよ!」

「それはそれは。食べるのが今から楽しみです」


 一九は小さな彼らには重いだろうと、籠を持ってやった。


「では、戻るとするか」

「はい」


 一九は山童たちに頭を下げて、歩き出した見越たちに続いた。


「お六! 戻ったぞ!」

「ただいま戻りました」

「おかえりなさいまし、お前様、雑鬼たち。一九さんと鎌鼬、苦労かけんした」


 お六がくりやから首だけ伸ばして、一九たちを出迎えたが、美人な顔を突然しかめた。そして見越と雑鬼たちを上から下まで見やる。妻の冷たい視線に、見越はたじろいだ。


「な、なんじゃ、いったい」

「お前様、雑鬼たちも。そのまま湯屋に行きなんし」

「湯屋? 湯屋があるのですか⁉」

「あ。案内し忘れてた」


 鎌鼬も抜けている所があるのか、一九に案内していない所があったらしい。


「湯屋があるなら、早く案内してほしかったです!」

「悪かったって。でも、一九だって湯屋のこと言わなかったじゃん。いつも体を拭いて終わらしていたし」

「湯屋なんてないと思っていたからです! 湯屋があったなら、入りたかったですよ!」


 綺麗好きな一九は、切実に訴えた。だが反対に見越は、湯屋に行くのが嫌なようで、渋い顔をする。

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